『範馬勇次郎の有意義な余生~サッカー編』
(キャラ)範馬勇次郎、ザナーク・アバロニク
“ヒグマ対策だ、特別警報だなんだって。こっちとらやってられるかって話なんだよ”
“行政から出動要請がくりゃあ、自前の軽トラ出して山入ってな。命がけで引き金引いて、……それで手元に残るのなんて千円ちょいだ。なんだその政策? 自動販売機以下じゃねぇかよ”
“だから、俺ら地元の猟師はみんな心の底から嫌ってるね。この時期にわざわざ丸腰で山に入るバカどもを”
“あ、記者さん。これ本当に書いてくれよ? 文末の括弧の中にでもさ、『山に登るなバカ共』って。頼んだぜ? へへへへ……”
“……悪い悪い。俺も愚痴はここまでだ。あんたがわざわざ東京から新幹線乗って聞きにきたのは……これだもんな”
“──『ヒグマの首吊り死体』”
“「命を大事に」の看板の前、青木ヶ原の樹海でよ。俺も最初は自分の目ぇ疑ったよ”
“人間が首吊るのは分かる。だがヒグマは絶対に吊らねぇ。吊る理由がねぇからだ”
“ヒグマを素手で殺せる奴がいるって。……まぁ、百歩譲ってそこはいい”
“だがな、”
“なんで、そんな化け物が……わざわざロープなんか使って、自殺に偽装する必要があったんだ?”
【範馬勇次郎の有意義な余生】
『~サッカー編』
………
……
…
◆
深夜一時。
静まり返った住宅街。
三十五年ローンッ、勤続二十八年ッ、課長補佐ッ。
年二回のささやかな家族旅行を愉しむ、妻一人、子二人の四人家族ッ。
その程度の人生でようやく辿り着く、現代日本における平均的幸福の終着駅。
──『一軒の戸建て』。
「……チィッ、この程度か。やむを得まい。──」
「──腹が減っては……戦ができぬ…………。……俺は別にハラペコじゃねえが……、」
そんな小市民のリビングにて、卓上に並んだ、
……あまりにも、あまりにも貧相な食事に…………、
「ここで満たさねば明朝の肉体……五臓六腑がうるさくて敵わんッッッ」
──一人の鬼は、哭(な)いた…………ッッ。
無論、鬼に涙は似合わない。
地獄とは、咽び泣く暇すら与えられず、剥き出しの暴力が飛来する場所だからだ。
地上最強の生物──範馬勇次郎。
明らか、この殺し合いを加速させるためだけに放り込まれた災害指定生命体が今、その掌に握るは、武器でも他者の首でもない。
勇次郎は、一膳の箸を手に取ると、──一閃。
──味噌汁が、震えた。
「……減塩か……」
風ではない。地震でもない。
ただ、味噌汁の水面が揺れただけである。
──だが居合わせた者がいたならば、誰一人として、それを偶然とは思わなかっただろう。
「いただきますッッ……!!」
範馬勇次郎が……『捕食(あさごはん)』を開始したのだッッッ────。
──ズズッ
「……ふぅ。……しかし、やはり減塩か…………」
汁の底でふやけた一筋のちぢれわかめ。
それを強靭な顎で咀嚼し、喉奥を湿らせた鬼は、隠し切れぬ不満を漏らす。
地上最強の歯ぎしり、その記念すべき第一の犠牲は、食品棚に眠っていた──市販のインスタント味噌汁であった。
範馬勇次郎。
身長一九〇センチ超ッ。
体重百キロ超ッ。
筋肉量──不明。測定不能。測定器破損の可能性大ッ。
その規格外の巨躯を維持する男であるが、驚くべきことに、『調理』において雑さは微塵も存在しない。
湯量──、正確。
攪拌──、完璧。
袋の裏面に小さく記された規定量を、一滴たりとも狂わず再現。
固まった味噌が完全に『溶解(と)ける』まで、寸分の狂いもなく丁寧に、繊細にかき混ぜていたのだ。
鬼は知っている。
どれほど強大な暴力も、下準備を怠れば鈍ることを……。
──が、……いかんせん、味が薄いッッ。
「……減塩かァ……」
沈黙。のち、巨躯が動く。
その太い指先が掴んだのは、化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)。
それを……躊躇なく投入ッ。
常人ならば致死量を疑い、一週間は懊悩するであろう分量を……わずか一秒でッッ。
──サラサラ……
「うむ。これで良い」
健康食品。
減塩。
生活習慣病対策。
そんな現代栄養学の努力を踏みにじりながら、鬼は二口目へと啜る。
肝臓への攻撃すらも堪能しつつ、鬼は次なる獲物へと狙いを定めるのだったッッッ────。
──はむっ、
──ゴリッ…、ギュリッ……、モニュリッ……
────ングッッ…………
「ほう……悪くねぇ。刃牙の野郎に炊かせると、いつも洗剤臭ェんだがなァ……」
勇次郎は、範馬の血を引く愚息を引き合いに出しつつ、次は炊き立てのご飯へと牙を剥いた。
咀嚼音だけが響く。
仮に居合わせた者がいたならば、「その場の空気が一瞬薄くなった」と証言したことだろう。
アツアツ、ハフハフ。
おまけに知らない人さまの新米。
──そんなもの、地球上のあらゆる法とルールから逸脱した鬼に関係あろうかッッ!
日頃、コニャックの焼酎割りを嗜む鬼の舌に、たかが水蒸気など、喉元過ぎずとも真水と化すッ。
バリ、バリバリッ────
ググググ……
咀嚼ッ。
一般成人……平均十五回。
老人……二十回。
範馬勇次郎──これにて三十六回目ッ。
残さず。余さず。逃がさず。
米粒は既に原型も無い。
デンプンの芯の奥底に潜む「甘味」すらも徹底的に、鬼は噛みしめるッ。
「……うむ」
満足の吐息。次なる標的は──納豆。
粘りを箸でほどいた後、海苔をご飯へ乗っけたかと思えば。鰹節、醤油、それらを渾然一体へと和えた小鉢へと狙いを定める。
──バリッ、
──バリバリバリッ、
──ングッ……。
……飲み込まれた。
それは消化ではない、範馬勇次郎という小宇宙への『編入』である。
栄養は血となり、血は肉となり、
────肉は、さらなる『鬼』となる。
────ゴクンッッッ。
「ふう……」
冷えた麦茶で一旦、その灼熱の喉を潤した勇次郎。
その瞬間、心なしか……地上最強の生物にあるまじき、あまりにも無防備な「口元の緩み」が垣間見えたッッッ。
「……美味ぇ。チップだな、これは」
なお、極めてどうでもいい情報だが範馬勇次郎、意外にもおかずと米を別々に食す派である。
「……フッ、笑わせる。──」
「味噌汁……、米……、一品共…………。……ここに鮭の一切れでもありゃァ、より全体の締まりは良かったが……それはどうでもいい。──」
「──野菜も摂らずに、これほどまでの塩分の塊を並べ立て、それを『理想の朝食』などと呼ぶとは……。日本人という生物は、つくづく面白い。──」
「──健康を語りながら塩を齧る。長生きを願いながら酒を飲む。矛盾を習慣と呼んでいる。……健康志向?──」
「──笑わせるなッッッ!!──」
「────遥か昔の武士(もののふ)は、生きるために食ったんじゃねえ。いついかなる時も、完璧に死ぬために食ったんだッ」
不意であった。
鰹節の和え物を口にした途端、常人離れした独自の思想(フィロソフィー)を独りごちる勇次郎。
カツオとは不飽和脂肪酸(DHA・EPA)を豊富に含み、脳細胞の活性化にはうってつけとされる、現代栄養学の優等生。
だが、まさか鬼の鉄壁とも言える脳関門が、たかが魚の脂肪酸ごときを通すはずもない。
では、この持論披露は一体、何がトリガーであったのか。
出された食事が鬼の舌に合わなかったのか。やはり最初の味噌汁の薄さに、未だ不満を抱いているのか。
あるいは、この静まり返った円卓が原因か。
鬼の放つ圧倒的なプレッシャーに怯えることもなく、部屋の中で一人、淡々と鳴り続ける時計の秒針に嫌気がさしたのか。
それは誰にも分からない。
ただ一つ確かなことがある。
地上最強の生物は今……、少しだけ喋りたかった──。
食事開始から、かれこれ数分経つ。
ふと、おもむろに立ち上がり、冷蔵庫へと向かう勇次郎。
そこで、彼が手にしたものは、
「……しかし、やはり納豆には──コイツが欠かせんッ」
────卵《最強の栄養完全食》ッッッ。
時刻は深夜一時十九分。
漢の『理想の朝食』は、まだまだこれしきでは満足せぬ様子である…………ッッッ!!!
………
……
…
◆
河川敷。
濁った夜空へと、悠然と立ち昇る一筋の煙。
──電子タバコが吐き出す……濃厚なるニコチンの風……ッッ。
「……フゥ。『体には悪い』……。この程度で死ねるなら苦労せん」
禁煙中のオーガである。
専用のタバコスティックを機器に装填したかと思えば、
──その強靭な指先で本体ごと“ギュリ…”と雑作もなく捻り潰し……ッ、超高圧による分子摩擦……ッ、すなわち『謎の化学反応』によって内部を瞬間発火ッ。
以上を以て『煙草を吸う』という、いかなる高等霊長類すらも思いつかぬ異次元の芸当で、自身のニコチン欲を強引に解消していた。
なくせばサラリーマンは半日を棒に振るその本体も、常識などとっくの昔に撲殺済みの鬼にとっては、吸い殻一本同等のゴミに過ぎないのだ……ッッ。
「フゥ~~~~……ッ」
夜風が吹く。
吹き荒れる自然風が、勇次郎の逆立つ赤髪に絡んでは、その圧倒的な存在感の前に……なす術もなく『無』となり消え去る。
「……」
そして──沈黙。
それは、彼という男において極めて珍しい現象であった。
範馬勇次郎は語る。怒鳴る。殴る。蹂躙する。そして、傲然と笑う。
……だが、黙ることは劇的に少ない。
月光に照らされたその横顔は、どこかほんの少しだけ……鬱屈とした陰りを帯びているように見えた。
「……フン、煙。──」
「──バカと煙は高いところを好むという。だがなァ、高いところへ登らん限り、決して見えん景色というのも確かに存在する。──」
「──知性を犠牲にして達観するか……、あるいは、濁った水底でトンボの羽化を嘲笑うヤゴで有り続けるか……。……今の俺には、そんな贅沢な思考に付き合う気すら起きん。──」
「──しかしッ……この『バトル・ロワイヤル』……ッッ! ……このオーガの『死に場所』としては、決して悪くねぇッッッ!!」
一歩進むたび、その意気揚々とした声が水たまりへと溶けていく。
……思えば、先ほどの『健康志向』への嘲笑も、『もののふの死生観』への言及も、全ては伏線だったものだ。
範馬勇次郎──唯一無二の漢。
地下最大トーナメントを捻り潰したところから始まり、規格外のアフリカゾウ、蘇った原始人、天下無双の宮本武蔵、そして、史上最大の親子喧嘩。
果ては自らの圧倒的な男性ホルモン値の暴力によって、世界そのものを「雌(メス)」へと超越せしめ、暴れ回ってきたその人生。
“我以外、皆異性也──”
広すぎる世界だった。
そして同時に……彼にはあまりにも狭すぎたのだ。
「…………ィッッッ」
そうなると、彼にとってこれ以上ない都合の良い舞台こそが、この『バトル・ロワイヤル(勇次郎の墓場)』に他ならない。
無論、鬼は奇跡など信じてはいない。
この限定された戦場に、自分を殺し尽くせるだけの人間が、果たして実在するなどとは……毛頭考えていない。
ただし、参加券を与えられた以上、行使することこそが流儀となる────。
「フゥ……。……少し眠いな」
マーダーウルフ──。
戦うために、自ら「餓狼」へとランクを下げた男。範馬勇次郎。
微風のやまぬ闇夜の最中、未だ見ぬ『死に場所』を求めて、鬼はただ静かに、孤独に、絶対の大地を踏み締め続けた……。
さて、ここで我々は振り返らねばならない。
ここまで勇次郎が孤独を噛み締めて歩んできた河川敷を、もう一度、刮目せねばならないのだ。
────異様に、『風』が吹いていたのである。
「おいッ! 人の話を無視するたァ、いい度胸じゃねぇかオッサン!!」
「……むッ。…………なんだ、貴様──」
「おっし!! 振り返ったなァァァァァァァァァッ!!! これが『グレートマックスなオレ』のォォォォォッッッ、極上の挨拶だァァァ──────────!!!!」
「ぬッッ!!? ──が、あッッッ!!!」
刹那──ッッ、
──GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAALッッッ…………!!
“無視はいけない”と警告していた以上、『その相手』が最初からそこに存在していたのは確かだろう。
しかし、地上最強の生物にその存在を強制的に、肉体レベルで認知いたらしめたのは、今、この瞬間……ッッ!
『超巨大な超台風(カテゴリー5)』……。
そのすべての破壊エネルギーが一点に凝縮された【サッカーボール(銀河からの宝球)】が、鬼の鍛え抜かれた腹筋へと一直線に突き刺さるッッ!
アスファルト、周囲の建物、果てはその空間に漂っていた酸素分子から、──無論、勇次郎までッ。
数秒の轟音ッ。
数十秒の爆音ッ。
数十万秒かけても排出しきれぬほどの衝撃波ッ。
スタジアムを埋め尽くす数万人の大歓声が、無観客の静寂に鳴り響くッッッ。
グレートに、マックスに、世界のすべてを破壊し尽くす渾身のシュートが……完全にブチ込まれたのだ……ッッ!
「ハッハァァァ!! どうだオッサン!! オレ流のサッカーってのはよォ!! グレートなんだぜェェェェェッッッ!!!!」
かくして、大型台風に食い散らかされた跡地のごとき惨状と化した河川敷。
ようやくその超回転の勢いを止めたサッカーボールが、ポン、ポン、ポン……と寂しく弾んだかと思えば、──その到達点には一人のストライカーのスパイクがある。
つま先で軽々ボールを蹴り上げた少年。
彼こそが──、
「待たせたな! 銀河一の荒くれ者、ここに降臨っ! 誰が呼んだか、ザナーク・アバロニク様のお通りだ!!!!」
──範馬勇次郎という『地球上の異物』など、モスキートを殺すよりも容易い。
────未来の時空が産み落とした、『超人』なのだッッッッ!!!!
死風。砕玉。
その逆立つ紺の髪は、夜空を超え、遥か銀河を見上げる。
日焼けしたその頑強な肌は、数多の時空(フィールド)を駆け抜けてきた熱射の記憶を色濃く物語る。
何より、その身に纏う『ユニフォーム』という記号は、彼の豪快極まる表情には……まるで、あまりにも似合わない……ッッ!
地上最強の生物を奇襲せしめた少年──ザナーク・アバロニク。
彼を解説するにあたり、言葉など多くを必要としないだろう。
何故なら、
「……フン、オレについて知りたいだと? 小市民が興味を持つには過ぎた話だが、特別に教えてやろう。──」
「──オレは、これまで誰の手も借りず、嵐が吹き荒れる断崖でたった一人、化身の荒ぶる力をねじ伏せてきた。あの時の空を見ろ……オレの力に恐れをなして、雷鳴さえもひれ伏していたぜ!──」
「──技? 『ディザスターブレイク』のことか? あれは単なるシュートじゃない。オレ様の溢れ出るエネルギーが、あまりにも巨大すぎて形を成しただけの現象だ!──」
「──わかるか? オレ様という存在は、過去、現在、そして未来を含めてもただオレ様一つ!!!──」
「──聞こえたかァ!! 分かったか主催者ァアア!!! トランプゲームの大富豪は貧乏人も金持ちも平等にプレイできる!!! 小市民共に合わせて、このオレを徹底弱体化させることだなァアア!!!!」
ほっといても、『オレ様の力の凄まじさ』を縦横無尽に、大声で語り尽くしてくれるからだッッッ。
入場料無料の独演会(リサイタル)ッッ。
荒くれ者がもたらす、神の慈悲ッッ。
そして、何ら前触れもなく、意味もなく放たれる『闇の追撃』──ッッッ。
「『ディザスターブレイク』ゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
──ッ!
──GOAAAL……ッ!!!
闇のエネルギーを纏わせた強烈弾道が、すでに障害物の存在しない河川敷へ放たれ、……数キロメートル先でようやくその破壊の勢いを止める。
彼にとってPKホイッスルは、敵に対する実質的な『処刑宣告(マーダー)』も同然。
また彼にとって、PK戦とはゴールキーパーとの高度な心理戦など微塵も存在しない。
ただ、ボールを……。
ゴールマウスへ……。
敵の肉体ごと『ブチ込むだけ』の、退屈な単純作業。
──すなわち、合法的な『キーパー殺し』……ッッ。
「……ヘッ、強そうなやつを泣かせてよォ、ソイツの葬式でオレは美味い寿司を食うッ!! このゲーム、ハナっからオレのモンだぜっ!!! ハッハッハッハァア!!!」
傲然たる高笑い。
ザナークはただ己を全宇宙へ知らしめるため、闇夜奥に転がったサッカーボールへ、静かに歩みを始めるのだった…………。
────その【時】である。
◆
“えぇ、マグニチュード9.0。発生時刻は午前一時五十分二十六秒です”
“震源深度その他は伏せますがね……まぁ、言ってしまえば『南海トラフ』ですよ”
“私も三十年以上この仕事をやってます。最初にモニター見た時は機械の故障かと思ったくらいですよ”
“当然、観測室は大騒ぎでした。警報だ避難だ通信だとね”
“もっとも……その頃には誰もが理解してましたよ。意味がないって。もう祈るしかない。だから局長なんてね、お茶飲んでました。『まぁ死ぬ時は死ぬ』って、私も同意見でした”
“だからこそなんですよ。……この話、本当に口外しないでくださいよ?”
“南海トラフは起きたんです。確実にあの時、本来なら人類滅亡してたんですよ”
“──地面の奥底で、「ィイイッ」って『何か』が声をだしたような、あの時に…………”
………
……
…
◆
「な!? なんだその目はオッサン!? 何者だ!? オイッ!!!」
狼狽。そして、一瞬のみの焦燥。
自らを『グレートマックス』と称して憚らない未来の超人が、生まれて初めて見せた剥き出しの動揺。──まさに異様な光景であった。
三十秒前、この殺し合いの会場(バトル・フィールド)は大きく揺れた。
それはまるで地震のような……否、地震そのものである。
我々の知る、闊歩するだけで地鳴りが響いた、……あの地上最強生物はもういない。
空気など微塵も読まず、純然たる自然災害がその場に顕現しようとしていたのだ。
「……チッ、まあいい。オレ様への歓迎ダンスにしちゃあ、随分とショボい演出じゃねェか!! オイ!!!」
そして二十秒前。
ザナークのわずか数歩前方、完全なる闇の中から『声』が響いた。
漆黒に紛れてその全貌は確認できない。
ただ「……やめんかッッッ」というシンプル極まる四文字の言霊だけが、大気ごと地表へ深く突き刺さっていた。
「……だから無視するんじゃねェェェェェッ!!! 小市民っ!!!」
そして十秒前。
いかなる間抜けであっても、コンマ一秒で己の「死」を予見するであろうその『怒声』を真に受けて、大地が震えた。
こればかりは、断じて地震ではない。──『地球(テラ)』が、その歴史上初めて感じた恐怖である。
『日本列島大陸プレート』は、「ヒィイイッ!!!」と情けない悲鳴をあげ、
──ビッグバン以降唯一、地球はこの時、三秒ほどだけ完全失神した。
そしてゼロ秒前。
──すなわち、現在。
「こんなハッタリでオレ様がビビると思ったのかよ!! ユージローだか知らねぇが、オレの……、最強であるこのオレのサッカーボールを返しッ──」
「その通りだ、球蹴りのガキ」
「……あ?」
ザナークの眼前。そこに佇むのは────『鬼』。
粉砕され、消えてなくなったはずの範馬勇次郎が、あろうことかそのボールを「小脇に抱えた状態」でそこに立っていたのだ……ッ。
それも、実に……退屈そうに、呆れ果てた様子で……ッッ!
「カルボラン酸……王水……マジック酸……。常々、この世にはあらゆる物質をドロドロに溶かし尽くす『世界最強』の酸が存在すると、科学者どもは宣う。──」
「──しかし俺は思うわけだ。……世界最強……結構なことだが、それはあくまで『酸というカテゴリーの中』だけに限定された話。──」
「──ならばよォ、それら劇物を、涼しい顔をして内側に保管し続ける……『ビーカー』は強くねぇのか、ってなァ?」
「あ……? 理科の授業なんか受ける気はねェェェェぜッ!! 四の五の言わずにボールを返せ!! じゃねぇと、オレは──」
「よいかッッッ!!!」
「ッ!!」
その鼓膜を破らんばかりの怒号に、ザナークは大陸プレートとは違い、決して恐怖で逃げ出しはしなかった。
それでも……いや、『野生の勘』が察知したからこそ、本能的に黙らざるを得なかったのだ。
無論、オーガとて銀河の破壊を生身に受けたのだ。無傷なはずがない。
顔面には無数の裂傷が走り、屈強な胴体はズタズタに裂かれ、かつて世界を震撼させた彼の右腕は……驚くべきことに、根元から消失している。
──しかし、遺された左手には、未だ確かにあのサッカーボールが握られ続けているッッ!
血反吐を吐き捨て、今や存在しない右手で鼻をこする仕草を見せた──範馬勇次郎。
たとえどれほどの月日が流れ、
今やどれほど嘲笑の域に達する『伝説』を残そうとも、
この男の絶対真理は変わらない……ッ。
世界に、時代に、抗い続ける…………ッ!
鬼がそのボールを、さながら熟練のゴールキーパーのごとく、中天に輝く満月へと掲げたその瞬間──。
「貴様は己を最強などと自惚れているようだが……。真に強きモノとは、常に灯台下暗し」
「だからァァァ!! 授業はいらねェつってんだッ──」
「天災の暴力を、真正面から受け止め続けてなお、その形を保ち続けている……この『サッカーボールの強さ』を忘れるなよッッッ!!!────フンッッッ!!!!」
──勇次郎の背中に浮かぶオーガは、静かに笑った─────ッッ…………。
パンッ──。
………
……
…
【範馬勇次郎@刃牙らへん】
[状態]:健康(全身裂傷、右腕消失)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:俺を殺せる、至高の『墓石職人(漢)』を探すッッ。
1:この殺し合いで魂を埋める。
2:……その代わりただでは死なん。これまでの『範馬勇次郎』という暴力を、歴史の特等席へ披露させてもらうぞ。
3:サッカー……。腹ごなしにはやはり、童心に帰れるスポーツだッ!
4:主催者を始末。俺が死なない限り、明日はないと思えッッッ!!
5:女子供はくだらん。一度だけ見逃す。
6:男(つわもの)とは一戦交える。……つまらん戦いをするヤツに情けはかけねぇ。文字通り、俺の『メス』にしてやる。
【ザナーク・アバロニク@イナズマイレブンGO クロノ・ストーン】
[状態]:やや困惑
[装備]:サッカーボール
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:全時空へ、オレ様が一番『グレートマックス』であることを知らしめるっ!
1:クソッ!! あの化け物オヤジ、どこ行きやがった!!
2:……気に入らねぇ。気に入るわけがねェエエッ!!!
3:オレの『サッカーボール』を……よくも、よくも……ッ!!!!
※ザナークのサッカーボールは、勇次郎のオーラで激しいストレスを感じ、黒い部分十二個全てが脱毛しました。
最終更新:2026年06月21日 17:39