『真剣勝負』
(キャラ)イゾウ、桐ヶ谷和人
深夜の渋谷は、静寂に満ちていた。
いや、正確には静寂ではない。遠くでサイレンが鳴るわけでも、酔客が笑い声をあげるわけでもない。ただ、人の気配というものが、根こそぎ消えている。そういう種類の、不気味な静けさだった。
桐ヶ谷和人は、スクランブル交差点の真ん中に立ち尽くしていた。
見慣れたはずの渋谷だ。109のビルも、巨大なスクリーンも、蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線も、全部ある。だが何かが根本的にズレている。街灯は煌々と灯いているのに、コンビニの自動ドアは沈黙している。信号は青と赤を繰り返しているのに、走る車が一台もない。
まるで精巧なセットだ、とキリトは思った。
——いや、待て。落ち着け。
深呼吸をひとつ。SAOに囚われたあの日から、パニックに陥りそうになったとき、まず息を整えることを覚えた。現状把握が先だ。感情は後でいい。
首に触れると、固い感触があった。金属製の輪。外そうとしても、びくともしない。
嫌な予感が、胃の底に落ちた。
足元にデイパックが置いてある。しゃがんでジッパーを開けると、中から出てきたのは、一本の剣だった。
手に取った瞬間、思わず息を呑む。
黒い刀身。片手で振るえる絶妙な重量バランス。柄の握り心地。
エリュシデータに、よく似てる。
SAOで愛用した片手剣に、構造がそっくりだった。まるで自分に合わせて用意されたかのように。
バーチャルではない。
この首輪は、ゲームのギミックじゃない。この剣の重さは、コントローラーの振動フィードバックじゃない。さっき転んで擦りむいた手のひらの痛みはヒリヒリと、確かにそこにある。
現実だ。本物の、殺し合いだ。
SAOでも、ALOでも何度も死線を潜り抜けてきた。だが、あれらはすべて仮想世界の話だ。どれほど恐ろしくても、どれほどリアルに感じても、現実の自分の肉体はナーブギアのベッドで生きていた。
今は違う。
ここで死んだら、本当に死ぬ。
——わかってる。でも、だからって誰かを殺せるか?
剣を握る手に、力が入る。答えは出ない。出せない。
そのとき。
背後から、足音が聞こえた。
草履の音だった。
コツ、コツ、コツ、と。焦りのかけらもない、一定のリズム。しかしキリトの全身が、その音を聞いた瞬間に硬直した。
——強い。
振り返る前から、わかった。SAOの最前線で培った感覚が、警報を鳴らしている。フロアボスに挑む直前に感じるあの圧迫感に似ている。いや、あれよりも——もっと、生々しい。
振り返ると、男が立っていた。
着流し姿。腰に一振りの刀。年の頃は三十前後だろうか、涼しげな目元に、どこか虚ろな光を湛えている。笑っているのか、いないのか、判然としない表情で、スクランブル交差点をゆっくりと歩いてくる。
「お前も参加者か」
男が言った。問いかけというより、独り言に近い響きだった。
「……そうみたいだ」
キリトは剣を右手に、自然体で答えた。逃げるべきか——頭の片隅で考えながら、しかし足が動かない。男から目を離すことを、本能が拒否していた。
男はキリトの返答を聞いているのかいないのか、視線を交差点の看板へ向けたまま、ぽつりと言った。
「江雪が渇いておる。血を吸わせてやらねばな」
刀の柄に、男の手が添えられる。
男が初めてキリトを正面から見た。その目に、じわりと光が灯る。飢えた獣のような——いや、もっと純粋な何かだ。渇望、とでも言うべきか。
キリトは剣を正面に構えた。SAOで何千回と繰り返してきたフォーム。体重の乗せ方、重心の位置、視線の置き場——体が自然に、最適解を取る。
男が、小さく息を吐いた。
「ほう」
本心からの言葉だと、わかった。値踏みではなく、純粋な観察眼から出た評価。
——この人は、本物だ。
そう直感した、その瞬間。
男が動いた。
速い、と思う間もなかった。
思考が追いつくより先に、キリトの視界が横に流れた。
——あ。
それだけだった。
地面が近づいてくる。自分が倒れているのだと、随分と遅れて理解した。胸から、熱いものが溢れている。剣は、手の中にない。いつ手放したのか、わからない。
スクランブル交差点のアスファルトに頬が触れた。冷たかった。
視界の端に、男の草履が見える。止まっている。
痛く、ない。
不思議と、痛みはなかった。ただ、急速に体から力が抜けていく感覚だけがある。
これが、現実の——
浮かびかけた思考が、そこで途切れた。
桐ヶ谷和人の意識は、静かに、消えた。
【桐ヶ谷和人@ソードアート・オンライン 死亡確認】
イゾウは刀を一振りして、血を払った。
「……期待外れだ」
呟きは、誰に向けるでもない。
イゾウは踵を返した。
江雪はまだ渇いている。この程度では、足りない。
この島には他にも参加者がいるはずだ。できれば次は——もっと、歯ごたえのある相手がいい。
草履の音が、夜の渋谷に遠ざかっていく。
コツ、コツ、コツ、と。
焦りのかけらもない、一定のリズムで。
【イゾウ@アカメが斬る】
[状態]:戦意旺盛・満足感なし
[装備]:江雪
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:江雪に血を与え続ける。
1:より強い相手を求めて島を徘徊する。
2:報酬には関心が薄い。
最終更新:2026年06月24日 23:44