理解から最も遠い感情 ◆7XQw1Mr6P.
吾輩はなぜ■■しているのだろうか。
・・・
海星(ヒトデ)が、陸を歩く。
奇怪な光景だった。それは確かに、二本の足で地を歩んでいた。
歩行に用いられる二足の他、胴の両脇で緩慢ながらもしっかりと振られる左右の足はまるで腕のように見える。
上に伸びた残る一足は進行方向へ向けられているため、どうやらきちんと前を見て歩いているらしい。
海星といわれ、海で岩礁にへばりついているイメージを思い浮かべる者にもれなく混乱を与える、そんな光景。
あるいは、もしや、と思う者がいるかもしれない。
とある世界においては、己をヒトと信じすぎたために"勢い"でヒトの言語を解するようになったと宣う海星がいる。
世界で最も偉大な海と呼ばれる海域に生まれ、遥か海の底にある王国で一財築いた奇特な海星。
"ソレ"の存在を知る者が見れば、さほど不気味な存在でもない、のかもしれない。
同郷か。同類か。
同じ理屈か。同じ存在か。
人は未知を畏れるが、もしやと思う心当たりがあるならば話は違う。
だが、彼は"ソレ"とは違う。
生まれた世界が違う。
種が違う。
常識が違う。
魂の位階が違う。
海星―――ではない。
その正体は全盛の力を失い矮小な体躯に甘んじる、しかして恐るべき存在。
―――それは真に、恐るるべき存在。
邪神の一柱、『狂乱』のナプタークは独り、森の中を歩いていた。
短い足を器用に使い、起伏の激しい森の中を進む。
行く手を塞ぐ倒木を避け、突破が困難な茂みを回り込み。
視線はただ真っすぐに、前だけを見つめて歩いている。
ただし実際のところ、ナプタークに目的地があるわけでは無い。
ただ漫然と足を動かし、夢遊病患者の如く彷徨っているに過ぎなかった。
行く手を塞ぐ倒木は無意識に避けて。
突破が困難な茨の茂みを無意味に回り込んで。
ナプタークの口内に秘められた瞳は行く先を見つめてはおらず、ただ目の前の景色をぼんやりと映すばかり。
視線の先に見定めるものも無く。
彼は今、歩くために歩いていた。
ナプタークが思いを馳せるのは、ほんの数分前の記憶。
ただしそれは、先ほど目の当たりにしたトガヒミコによる凶行ではなく。
その直後に聞こえてきた第一回放送について。
より正確に言えば、放送内容においてナプタークの関心を引いたのはたった一つ。
宿敵の死。それのみだった。
「―――……『破滅』のマグ=メヌエクが、死んだ」
この短い時間に何度も何度もつぶやいてみた言葉を、また口に出してみる。
まったくもって、塵芥ほどの現実味も無い。
ナプタークは、あれを「死なないモノ」だと思っていた。
マグ=メヌエク。
邪神の第一柱。
破壊の権化。
傲岸なる暴君。
殺しても死なないような、ふてぶてしき不遜の者。
それがましてや。
「人の手によって、滅ぼされた」
主催の男の言葉を信じるなら。
放送の内容を信じるなら。
そういうことになる。
その現実を受け止めたナプタークの心は、酷く凪いでいた。
波風一つ立たない水面のように動きも起伏も微弱で、しかしそれは心の平穏を意味するものでは無い。
さざなみの一つ、あぶくの一つも起こらないのは、水が濁り切っていているからだ。
粘っこい感情が満たされた心の器は、外部から刺激を受けたとて目に見える反応を示さない。
心の器に満ちる、粘性の強い感情の正体。
それは死者への悼みや、惜しみ、ましてや悲しみなどではなく。
邪神の胸中、気落ちの原因はその生涯で一度も味わったことの無い感情。
その感情の名は、失望。
『狂乱』のナプタークは、『破滅』のマグ=メヌエクに失望を抱いていた。
その源泉は諦念、諦観からのもの。
己が執着の落ち着ける場所として、最も心の冷たい領域。
あるいは決して手放すまいと誓った執念を手放す、かつての自分との矛盾の許容。
宿敵の打倒の機会を永遠に失ったことを悟ったことで。
己が存在を相手より上位に持ちあげる行為を"勝利"とするならば、『狂乱』は『破滅』を上回ることが出来ないのだと、受け止めてしまったことで。
ここに格付けが為された。
『狂乱』のナプタークは、『破滅』のマグ=メヌエクに勝てない存在なのであると。
邪神としての席次ではない。
それは強いていうならば、魂の位階、ヒエラルキー、名状し難き位置エネルギーの問題。
尊厳の問題だった。
魂と誇りについての問題だった。
長きにわたる敗北の歴史を、ナプタークは後悔していない。
憎々しき怨敵と見据えども、その存在を軽んじたことなど一度も無い。
この身よりも高次に位置する存在であると、認めていたからこその挑戦なればこそ。
手が届かないなればこそ、その存在は眩く光り網膜を焼く。
この感情に憧憬と名をつけるのは矜持に障る。
この感情に尊敬と名をつけるのは羞恥が過ぎる。
相手に劣る己を恥じる現在を認めず。
相手に勝る己を誇れる未来を求める。
憧れたからこそ、その存在への超克を己に誓った。宿敵と呼んだ。
だが、宿敵は滅ぼされた。
超克の機会を永遠に失われたあと残されたのは、見上げていた星を与り知らぬ間に堕とされた、哀れな『狂乱』だけ。
己が認めた存在は、打倒を誓った眩き目標は、取るに足らない存在へと貶められた。
あぁ、そうかと。
朝日の差し込む森に一人、ナプタークは歩みを止めた。
木陰の中でうつむく邪神は、孤独に一つの解を得る。
根本から誤っていたことを知る。
間違えていたのは最初からだったことを、思い知る。
邪神、上位存在、混沌の神々、恐るべきもの―――なにするものぞ。
"――――――あぁ、吾輩が信じていたものは、その程度の……"
ナプタークは足を進める。
その足取りに、今度は明確な目的があった。
向かう先は、殺し合いの場へ。
死臭と殺気が強く匂いたつ殺し合いの渦中へ。
狂気の沙汰の中へ再び歩いてゆく。
彼こそは『狂乱』のナプターク。
人の、人間の、命の、他者の―――
―――世界の無価値さを思い出しつつある、恐るべき邪神。
・・・
吾輩はなぜ失望しているのだろうか。
――――――憧れを抱いていたから。
【B-6/森/1日目・早朝】
【ナプターク@破壊神マグちゃん】
[状態]:失望
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3 天王寺松衛門@鬼滅の刃
[思考・状況]
基本方針:願い云々に興味はないので早く帰りたい。
0:???
1:『狂乱』は『破滅』に勝てない、金輪際……
最終更新:2025年08月11日 22:22