諦めたらそこで ◆UbXiS6g9Mc


緑谷出久と別れた出雲風子と皮下真は、島の北西部に位置する病院を目的地として移動をしていた。
しかしその歩みは遅い。その理由は、

「誰かいませんかー!? 私の名前は出雲風子です! 私はここから脱出するための仲間を探していますー!」
「いやー、緊張感がねーなー。どこから”敵”が襲ってくるかわからないのによ」

風子が他の参加者を探すと言って、島の北部へ大きく迂回するルートを選んだからだった。
この殺し合いを打破するため、信頼できる協力者を探すという方針は皮下も賛成していた。
しかし誰に襲われるかわからないというのに大声でそこら中を練り歩くような真似をするのは大馬鹿野郎がすることだと、皮下は怪訝に顔を顰める。
緑谷出久で出会った刀鍛冶の里では風子も声を潜めて慎重に動いていたというのに、いきなりどうしてこんなことをと皮下は呆れた様子で尋ねた。

「えーっとですね、これは私の推論なんですが、そもそもこのあたりには皮下さんの言う”敵”はいないと思うんです」

風子は自分の考えを述べていく。
曰く、ポイントを集めようとする好戦的な参加者は、既に島の中心部や重要な拠点になりうる施設へと移動しているだろう。
これが最後の一人を目指すルールだったならば、余計な戦闘を避けようと考える者は人の少ない僻地に逃げ込むかもしれない。
だが今回の殺し合いのルールだと獲得できるポイントには限りがあり、容易にポイントに換わるだろう弱者ほど序盤に舞台から退場していく。
故に近くに目立った施設もない島の最端部には積極的な参加者は残っておらず、戦闘を避けようとする非好戦的な参加者が逃げ込んでいる可能性のほうが高い――それが風子の論だった。

「なるほどな。それも一理ある。だが逆に、そういう逃げていく弱者を狩ろうって姑息な考えの奴が来てる可能性だってあるだろうよ」
「そのときはそのときです。――それでも私は、戦いたくない人を、逃げ出したいと思っている人を見捨てたくない。
 私も昔、逃げ出したことがあります。誰にも頼れずに引きこもって……誰かが助けてくれないかと、ずっと思ってた」

出雲風子の否定能力である不運。その発動条件は、風子が行為を抱いた人間との物理的接触。
風子が大切に思い、近くにいたいと願う人間ほど不運に見舞われ――彼女のために伸ばされた救いの手を掴み返すことすら許されない、神が与えた残酷な能力。
その能力は風子を孤独にした。誰にも頼れず、近寄れず、ただ時間だけが過ぎていく無為の時間。
唯一の心の支えになってくれていた作品の連載が終わったとき、彼女は自らの命を絶つことに決めた。
あの日、あの時。出雲風子は死ぬはずだった。あの不死(アンデッド)と出会うことがなければ――

「私は助けてもらえました。だから私も助けたい。あの日の私のように一人で我慢して苦しんでいる誰かがいるなら、貴方は一人じゃないって伝えたい。そのために私は声を上げます」
「……ハァ。甘いぜ、甘すぎる。とんだ甘ちゃんの考えだ。だが――そんな嬢ちゃんに使われてやると決めたのも俺だったな。
 いいさ、自分の頭でちゃんと考えて決めたなら、あとは自分の責任でやりたいようにやりな。こんな死にぞこないでよけりゃ、付き合ってやるよ」

風子の瞳の奥に在る火。目的が潰え、熱を喪った皮下には、その火が眩しく映る。
その火がいつまで煌々とした輝きを保てるのか、それをこの目で確かめるのも悪くない。
そう思っていたのも束の間――突如始まった羂索による定時放送。告げられたのは。
出雲風子の熱の始まり。生きる理由。呼ばれるはずがない、死ぬはずがない者の名前。

 ◇

(……さて、さっきからピクリとも動かなくなっちまったわけだが)

羂索による経過報告が終わって十数分。
出雲風子はその場を一歩も動かずに立ち尽くし、皮下真は彼女のそばに黙って立ち続けていた。
幸いにも(?)、皮下の宿敵ともいえる夜桜家の面々の名前が呼ばれることはなかった。
とはいえ、夜桜家が生きていようと死んでいようと皮下にとって関係はない。彼らとの関係はもう終わったもの。
向こうはこちらを警戒しているかもしれないが、こちらとしては面倒なことになるくらいなら顔を合わさず最後まで事を進めたいくらいだ。
よって皮下の興味は別の名前へと移っている。羂索によって告げられた名前の一つ。風子との情報交換でも出てきた名前。

不死者アンディ。
人の寿命を遙かに超えた年月を生き、自らの死に場所を探していた男。
かつて出雲風子を救った男。いずれ出雲風子に殺されるはずだった男。
そしておそらくは、出雲風子にとって誰よりも大切な男。その男の名前が呼ばれたのだ。

(あの男の言葉に嘘はない。本当に死んだんだと、俺たちの魂が理解しちまってる。
 だけど嬢ちゃんはそれを信じられない……いや、信じたくない。
 自分の魂と感情が矛盾を起こして何も考えられなくなってる……ってツラしてやがるな)

皮下の推測通りだった。風子は今、人生において一二を争うほどに混乱していた。
死を否定する能力者、アンディ。死ぬはずがない不死(アンデッド)。
その彼が――死んだという。
最初にその名前が呼ばれたとき、ありえない、と思った。
今までアンディが死ぬような負傷をするところを、何百回と見てきた。
その全てにおいて、彼は死を否定し、風子に向かってニカッと笑ってみせた。
俺を殺せるのは、お前の不運だけだ――そう言って、だから私はアンディの永い人生を終わらせるのは自分なんだと思っていた。

(……アンディが私のいないところで死ぬはずがない)

だけど私の魂は、アンディの死を告げた男の言葉に嘘はないと言ってくる。
私たち参加者と、この殺し合いを開いたあの男との間に結ばれた”縛り”によって、紛れもない真実なのだということを突きつけられる。

「おい、嬢ちゃん。俺には焦る理由もないからいくらでもゆっくりしていいけどよ、アンタはそれでいいのかい?」

皮下の呼びかけに対しても、風子は答えられない。それほどまでにアンディは大きな存在だった。
何よりも、ここで風子がアンディの死まで認めてしまったら、その死の運命は二度と覆すことができなくなってしまうような気がして――
バチン!と、快音が響いた。風子の両掌が彼女の頬を叩いた音だった。
グルグルと渦巻いたままどんどん落ち込んでいきそうになっていた思考を、無理矢理リセットした。
立ち止まる暇なんかない。やらなきゃいけないことしか、今動かないといけないことしか、私にはないんだと風子は息を吐く。

「……皮下さん。今から私が話すこと、聞いててください。突拍子もないことや変なことも言うかもしれないけど。
 今のうちに全部誰かに聞いてもらわないと、私の中に抱えたままだと動けなくなっちゃいそうだから」
「こう見えて聞き上手の皮下さんだ。いいぜ、何でも言ってみな」

「私が知ってるアンディなら、どんなことがあっても絶対に死なない……だからアンディは、何か特別な手段で殺されたんだと思います。
 それがどんな手段なのかはわからない。あのツギハギ頭が言ってた『死なないはずの者も死ぬような制限』が影響しているのかもしれないし、皮下さんのように私が知らない世界の能力を使ったのかもしれない。
 私たちはそんな力を持った人たちと戦わなくちゃいけないかもしれない。……もう、十人以上の人が死んでいます。
 誰かを殺すことを厭わない人が――自分が生き残るために他者を殺す人が、少なからずいる」

風子は拳を握った。力を込める。

「私はそれを許せない。だから、止めます。それが私の、絶対に諦めたくないこの島での目的。
 決めました。言葉にしました。皮下さん、改めてこの私の目的のために、力を貸してください。お願いします」
「……あいよ」

皮下は肩をすくめた。大切な人の死を知った風子は、そこで立ち止まってしまうのではないか――
それがただの杞憂だったことを知る。風子の奥で燃える火は、まだ灯ったままだった。

「そして、これからの方針なんですが。協力者を募る。敵対者を止める。この二つを基本にして――アンディの死体を探す、を追加したいと思います」
「……弔いたい気持ちはわからなくもねぇが、そりゃちょっと感傷的すぎやしないか? 優先度を考えるなら――」
「感傷は――あります。でもそれ以上の理由もあります。アンディの能力は死を否定し、遠ざける。
 だからアンディは、本当なら『死に続けることがない』……『死んでも生き返る』はずなんです。
 アンディの身体は今も復活しようとしているはず。だけどそれを制限によって邪魔されている状態なんじゃないかって。
 だから逆にその制限さえ取り払うことができれば、アンディはまた生き返る。私たちを助けてくれるはずです。
 アンディの身体を見つけ、彼にかけられた制限を解いて、生き返らせる――これが私の三つ目の方針です」
「――なるほど、理屈は通らないこともないな。だけどそのアンディってやつは、マジで死んだことなんてないんだろ?
 その否定能力とやらが一度受け入れた死まで否定してくれるかどうかは、神様でもないとわからないんじゃねえのか?」

本来ならば否定者が死亡した場合、否定能力は喪失し次の器に宿ることになる。それが理(ルール)だった。
だが、否定能力の根幹にあるのは、世界の認識。能力者が世界を、理をどう認識するかによって、能力の定義も範囲も無限大に広がっていく。

「アンディだったら生き返ります。大丈夫。約束しましたから」

アンディが死を受け入れるはずがない。
アンディなら風子以外から与えられた死は、否定し続けるはずだ。風子はそう確信している。

「約束……か。ま、俺が何を言っても野暮か」

観念したように風子の言葉を受け入れる皮下だった。
そもそも彼自身、一度死んだはずの身が生き返ったもの――
ならばアンディがルールをねじ曲げて生き返ることを否定するなど、出来るはずもないのだから。

(それに……この嬢ちゃんにそこまで想われるアンディがどんなヤツなのか、俺も見たくなってきたからな)

「ん? 皮下さん、何か言いました?」
「いーや、なんにも。ほれ、前見て歩きな怪我するぞ」


【A-3/市街地/1日目・早朝】

【出雲風子@アンデッドアンラック】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ナイフ、ランダム支給品0~2
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:協力者とアンディの肉体を探す。
2:好戦的な参加者は止める。
3:皮下さんにも協力してもらう。死んでほしくはない。
[備考]
※参戦時期は最低でもUNDER側に向かった後
※緑谷出久からヒーロー社会、および敵連合とその個性の内容のことを知りました。
※氷月という殺し合いに乗った者がいることを知りました。


【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:必死こいて生きる理由もない。が…
1:とりあえず西側の病院へ向かい、そこを拠点に参加者を集める。
2:死滅跳躍に加担するつもりはない。
3:風子に同行する。アンディとやらが気になる。
4:夜桜の連中は…会いたくねえなー。百パー揉めるもんなー。
[備考]
※死亡後からの参戦です。
※緑谷出久からヒーロー社会、および敵連合とその個性の内容のことを知りました。
※氷月という殺し合いに乗った者がいることを知りました。


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THE DEVILS AVATAR 投下順 理解から最も遠い感情
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ひび割れは案外すぐ近く 出雲風子 [[]]
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最終更新:2025年08月11日 22:46