アンカリア雑学



ドワーフは実在するか?


ドワーフ

ドワーフは本当に実在するのだろうか?

ドワーフ族に関する噂や言い伝えは、世界中で絶えることなくささやかれている。数え切れないほどの伝承、歌、詩、でっちあげの「事実」などが伝えられ、本にも記されてきた。湖の底深くに潜み、年に数回その醜い頭を湖面に現すといわれる魔物と、ドワーフ族は似ているといえよう。誰もが心の底からその存在を信じてはいないが、もし本当だったら、と考える。だから人々は彼の地を訪ね、魔物の絵が描かれたマグカップを買い、マグカップは親戚へのお土産となり、最終的には棚でほこりを被るようになるのである。
さて、ドワーフは本当に実在するのだろうか?それとも、子供たちを怖がらすための作り話で、その話が尾を引いただけだろうか?本書では、この疑問を解消する。噂の謎を解き明かし、事実だけを述べるのだ。

発祥と初期の文献

ドワーフの存在に関しては、二つの歴史的な出所があるといわれている。両方とも同じくらい古く、同じ地域の発祥である。
まず、旧暦1500年ごろのものといわれる、「ヘイルストーンの調べ」と呼ばれる古代の文章や詩を集めた書物が存在する。現存するページはほとんどないが、次のような節がある。

長いひげと槌を持った小さな男、
鉄を力いっぱい強く叩く。
鎖で出来た服と兜をまとい、
誰もいなくなるまで食べ続ける。
ふくれた腹、まるい鼻、
よろよろするまでビールを飲む。

この詩、そしてこの書物全ては、古代エルトレア語で書かれている。そのため、その解釈と翻訳は様々である。多くの歴史家がその翻訳の正確性について疑問を投じてきたが、納得のいく代替訳が提示されてきたわけでもない。そのため、このページはドワーフに関する最初の記述であると認識されている。しかし、仮に翻訳が正しかったとしても、この詩がドワーフについての詩であるという確証はない。人間が住む村の宿屋を訪ねてみれば、この記述に合うような人間をいくらでも見つけることができるだろう。

新暦242年ごろの「ヘイルストーン・スカイディスク」の発見は、ドワーフの存在を信じるものたちに拍車をかけた。この奇妙で不可解な人工物は、銅と真ちゅうのリベットで作られており、研究者を長年の間悩ませ続けた。ついに、歴史家で学者でもあるディナイケンが複数のリベットを一定の順番で接続することで次の模様を導き出した。

これは科学的な大発見だった。今までドワーフ論を真っ向から否定していた人たちでさえ、ヘイルストーン・スカイディスクがその地域でのドワーフの実在性を示す証拠の一つになりうることを認めざるを得なかった。



伝承や言い伝え

「ご飯を食べよう。そんなに嫌がると、ドワーフが来て首根っこをつかまれるぞ」
   幼少時に聴かされる伝統的な唄

ドワーフに関する神話や言い伝え、学説などは数多く存在する。誰一人として実際にドワーフを見た人がいないという事実だけでは、誰も納得しない。その逆に、一般の人々はその事実があるが故に、ドワーフをどちらかというと不思議でファンタジーなものと考えるようだ。ドワーフが人間の家に夜やって来て、大量のビールを飲み陽気に歌いながら家の掃除をしてくれる言い伝えは数多く存在する。その他の地域では、謎のドワーフによる教団が、国を追われた貴族の女性たちを受け入れ、面倒を見ているといった話も聞かれる。さらには、「ドワーフ」が子供たちへのお仕置きのための道具として広く使われていたという言い伝えも存在する。北部の地域では、悪い子はドワーフに食べられてしまうと子供たちに教え込んだといわれる。また南部では、乳児の歯が抜け落ちると、ドワーフがやってきてそれを拾い、ダイアモンドに変えてしまうといった軽妙な話を用いたりもしたといわれる。

ドワーフの技術は我々の飽くなき想像力をかき立てる絶好のテーマである。ドワーフはとても複雑な機械を造ることができるといわれている。ドワーフ族の技術的、機械的な能力はとても進歩しているといわれ、空を飛ぶ機械さえも造ることができるといわれている。こういった話が、一般の人々の間で語られるドワーフに関する話の矛盾を証明していると言えるだろう。

ドワーフと鍛冶技術には切っても切れない関係がある。一般的に、ドワーフ鋼はこの世で最も硬く、最も頑丈な金属であるといわれている。ドワーフの金床で打たれ、ルーンや魔法の印で飾られた剣は、剣術をたしなむものであれば誰でも一度はあこがれる究極の武器である。ドワーフが打った剣は、ハイエルフが持つ剣よりも優れていると信じる者も多い。

約250年前、ウルサク・モキシー近くのトウモロコシ畑に円形の謎の模様が現れた。当時広まった噂では、その模様の正体は、酔っ払って道がわからなくなったドワーフが造ったものではないかといわれた。

より信頼性の高い研究者筋の話では、ドワーフは確かに実在したが今は絶滅してしまったという。巨大な隕石がドワーフの鉱山を直撃し、鉱山が陥没してしまったというのがよくいわれている絶滅の原因である。そのほかにも、気候変動によって食べ物が少なくなったことが原因という説もある。科学者にとっては、煙のように消えてしまった種族が絶滅した原因を突き止めるのは、その種族が実際に存在していたかどうかを証明することよりも遥かに困難だろう。

ドワーフは実在するか?

長年にわたる私の研究と調査の中で、私はドワーフが実在していたことを証明する確かな証拠に遭遇したことは一度もない。ウルサクで見つかった骨の一部のような発見や手がかりは全て、捏造や誤った解釈であることが証明されている。古代の書物を参照してみても最終的な結論には至らなかった。そのため、この理論に関する私のアプローチは依然として懐疑的である。もしドワーフが実在したなら、どこに住んでいたのか? 彼らはどうやって他の種族から身を隠し、どこに隠れていたのか? 一種族全体を隠せるような長大な洞窟や鉱山など存在しえるのだろうか?

ドワーフを目撃したという人をよく見かける。だが、よく調べてみると、そのような目撃証言の信憑性は、目撃者が飲んでいたお酒の量と密接に関連していることが多い。それゆえ、目撃証言の多くは信頼に値しない。少なくとも、私はそう思う。


常勝のギャンブラー


常勝のギャンブラー

老いたるハズガンソン 著

ゲームに勝つために必要なのは、次の三つだけだ。

-ルールの理解
-冴えた頭
-運

しかし、テーブルの上にずっしりと置かれたお金を前にし、借金取立て屋を後ろにして、予測不可能な運に頼ることができる人がいるだろうか? 何らかの手段で相手が手札にどのカードを持っているかを知ったりできるほうが、賢いのではないだろうか?

成功する(もしくは必死な)ギャンブラーは、特殊な技術や道具を持つべきである(それらが得られる効果に対して相応の価格である場合に限る)。特にカードゲームをプレイする際に有用なのが、悪い手を後から良くするためにカードを隠しておくことのできる、袖の長い服を着ることである。五枚目のエースを出すなど、つまらないミスを犯して捕まらないようにすること! そんなときに役立つのが足の速い馬である。馬を選ぶときは、けちけちしないこと。有名なギャンブラーである「指なしのジョナ」は次のように述べている。「もしこの単純な知恵にもう少し注意を払っていれば、今頃は鼻をかくのに人を呼んだりしていなかっただろう。」

初心者は村で行われる小さめのゲームから始め、慎重に行動するべきである。また、最初のラウンドでは負けておくことをお勧めする。たまにルールについて質問したり、慣れないシャッフルをしたりすることで、相手に自分があたかも初心者であるように印象付けよう。もし勝つようなことがあれば、気前よく振る舞おう。みなにワインでもサービスすれば、その後のゲームでより勝ちやすくなるだろう。自分が飲みすぎないように注意すること。

この程度の場でなら、誰もが手先の器用さを鍛錬することができる。旅先で一般的なのはどのような種類のカードやダイスかを調べ、同じ種類のものを大量に購入しておこう。そのうちの半分は一切触れず、怪しまれたときに提出するために残しておこう。残りの半分のカードの背には小さな印をつける。購入するカードはなるべく模様が多いものにしたほうがよい。そういったカードは南の地方では一般的に使われており、模様で印が見えにくくなるためだ。印はできるだけ隠したほうがよいが、小さすぎてもだめだ。目を凝らしすぎて怪しまれる可能性がある。6メートルほど離れたところから馬とバケツを見分けられないくらい目が悪ければ、カードに印をつけるのは諦めたほうがよい。

目が悪いプレイヤーは別に絶望しなくともよい。ダイスを使ったゲームで思う存分「運」を発揮できるからだ。ダイスに付ける印は、長い間大工ギルドの専売特許となっていたが、その秘密が明らかになって以来、彼らに大枚をはたいて秘密を購入しなくてすむようになった。出したい面の反対側の面の点に穴を開け、穴を鉛で埋めて、再び点を塗ればよい。地域によってはゲーム開始前にダイスを交換したり、またはダイスが改造されていないかチェックするために順番に回したりするのが一般的なこともあるので、十分注意しよう。手先が器用なプレイヤーの場合、改造したダイスは袖の裏に隠し、通常のダイスを交換に差し出すことも可能だ。手先が器用ではないプレイヤーは、ダイスを横において代わりにダガーを取り出そう。酒場でゲームをプレイしてさえいなければ、すぐに殺されるようなことはないだろう。

もし地元の農夫を簡単にだませるようになったら、次の町に移動しよう。その前に、儲けを山分けできる口の堅いパートナーを探すことを考えたほうがよい。この決断を軽々しく行うべきではないことは、強調するまでもないだろう。常に他人は悪であると考えよう。なぜなら、相手も必ず同じ事を考えているからだ。

最後に、上記を実践する上で、対戦相手に払うべき注意について説明しよう。あなたと同じような服装で同じような行動をする人には注意しよう。きっと彼らは同業者である。また、いわゆる「フェアプレイヤー同好会」という公正なギャンブルを狂信的に信じる集団には注意するべきだ。独特の厳格な顔つきとカードやダイスに祈る様を見ればすぐに判別できる。もし不幸にも彼らと遭遇するようなことがあれば、前述の馬に乗ってすぐさま逃げたほうが利口だろう。もし彼らについてもっと知りたければ、指なしジョナを訪ねればよい。


貴族のたぶらかし方:女性編


貴族のたぶらかし方

女性編

「白馬の王子様シンドローム」

田舎に住み、農業の手伝いや家畜の世話に従事する若い女性にはほとんど選択肢がない。もっともそのような女性は、もし貴族が黄金の刺しゅう入りの綺麗な服を見にまとい、白馬に乗ったり、馬車で女性を連れまわしたりしているのを目にしなければ、そのような世界があることに気づきさえしないかもしれない。若い女性なら誰しもが、山羊の世話をしているときそのような貴族を遠目に見かけると、貴族と結婚するすばらしい人生を夢見るものであるが、その夢がかなうのは非常に稀なことである。それでも田舎の退屈な暮らしに別れを告げる決心をした女性がいるとすれば、相手が誰で、どこで出会えて、どのようにアプローチすればよいか、という三つのことだけ考えればよい。

1.相手は誰か?

この質問に対する答えは、あなたがどこまで野心家であるか次第で変化する。もしあなたが器量の悪い顔をした女性でなければ、選択肢の幅はとても広い。妻と離婚した年老いた貴族や、太っていてさほど目立たない貴族、まだ若くてハンサムな男でもいいだろう。それぞれメリットは異なる。年老いた貴族であれば長生きはしないだろうが、その子孫が遺産相続を狙ってライバルをけ落とそうとする陰謀に巻き込まれる可能性がある。このような状況下では、あなたが毒殺や暗殺されることも十分に考えられる。目立たない貴族は長生きはするだろうが、最も無難な選択で、何よりも酒場で偶然出会う確率が高い。しかし、そのような貴族はあまりお金を持っていないことが多い。もちろんお金のことは気にしないのであれば、たくさん贈り物をくれ、目を閉じるのをためらうくらい美しく若い貴族を選ぶのもありだろう。

2.出会いの場所は?

田舎の女性であれば誰でも、狩りの前後に貴族たちがどこの酒場で酒を飲み、過去の偉業についての話に花を咲かせているか知っているものである。一見すると、酒場は貴族と出会うための最良の場所に思えるが、実はそうではない。酒場にいる女性はみんな同じ目的を持って集まっており、貴族もそれを知っている。貴族は自由に好みの女性を選ぶことができてしまうため、もしあなた自身が選ぶ側に回りたいのであれば、この方法は好ましくない。

それよりも貴族が狩りをしている森に行き、あたかも足をくじいたかのように装うほうが遥かに良い。凶暴な動物に襲われたとでも言えば、貴族の同情を誘いやすい。これらの狂言の細かな演出は、役者としての才能と想像力次第である。一番大切なのは、無力感を出しながらも、頭が悪そうには振る舞わないことである。もし、運よくあなたが質素ではあるが健全な家族の出であるなら(小さな農場を保有していればなお良い)、その貴族に馬で家まで連れ帰ってもらうようお願いするべきである。貴族というものは、大抵は家督のために血で血を争ってきたような家族の出である。友好的な家族と、机に置かれているナイフが暗殺のために使われるようなことがない落ち着いた家は、多くの貴族の心をなごませる。もし、あなたが山羊や豚といっしょに馬小屋に住んでいる場合は、厳格な父親をでっちあげ、実家には近づけないようにするのが賢明である。

3.どのようにアプローチすればよいか?

簡素さ、素朴さ、誠実さ、これら三つを兼ねそろえた女性は貴族の社交界には存在しない。もしこれらの性質を兼ねそろえていたり、もしくはそう見せかけたりすることができるなら、宮殿での生活への道はそう遠くはない。ただ、演じるにしてもやりすぎはよくない。あまりに誠実で無垢な女性が、自分と結ばれることでこれから汚い貴族の世界に耐えていかなければならないと思ってしまい、その女性に恋をするのをためらってしまうかもしれないからだ。それ以外にも必要な素質はいくつかある。まず、すべての賞賛は貴族である彼に向けられたものであると思い、もしその彼に褒められた場合は、頬を赤めたほうがよい。鏡やきれいな水面の前で、頬を赤らめる練習をしよう。ようやく宮殿までたどり着けたら、さらに注意しなければいけないことがある。もし侮辱されても(そしてそれに気づいたとしても)、常に笑顔でいよう。田舎者だと陰口を叩かれても、穏やかに頭を下げよう。メイドや召使いはその家のことを誰よりも知っているので、仲良く接するべし。貴族社会とは蛇の穴のようなものである。そこで生き残れるのは蛇だけだが、獲物を狙って一瞬だけ飛び込むマングースもいる。

貴族社会にあこがれる全ての女性は、蛇になりたいか、マングースになりたいかを選択しなければならない。


貴族のたぶらかし方:男性編


貴族のたぶらかし方

男性編

「そなたの目は空に輝く星のようだ」

豚や鶏と共に育った農家の男性全てが、そのまま一生を終えるわけではない。今まで数多くの男性が、貴族生活を夢見て意気揚々と宮殿や城に乗り込んだ。だが、このような場所は、他人を利用して力をつけ金持ちになってきたアンカリアの人々、すなわち貴族のために存在する。

大理石の床を歩き、黄金の食器を使って食事をするのはとてもすばらしいだろう。だが、農家の男性が貴族の生活を垣間見ることができるのは、馬上の貴族が全速力で横を駆け抜け、舞い上がった砂埃を飲まされるときだけである。幸運なことに、農家の若い男性、いや、高みを目指す全ての男性には、貴族の女性と知り合いになり、場合によっては恋に落ちることができるようなトリックがいくつか存在する。

1.貴族の女性と出会うためには

ワイン農家の娘マーサと違って、貴族の女性とワイン醸造所で出会うことはないだろう。そういった女性は皆、父親が狩りを楽しみ、政治についての話に花を咲かせている一方で、音楽を聞いたりメイドと冗談を言ったりして落ち着ける静かな場所を好むものである。もしあなたが求婚を考えているのなら、忘れてはいけないことがある。若い貴族の女性が最も嫌うのは恐ろしい疫病でも戦争でもなく、退屈である。その心を射止めるためには、彼女を楽しませなければならない。

一番初めは、彼女のそばに数回現れて、貴族の男が一生やらないような骨の折れる仕事(木を切ったり、漁の網を手入れしたりなど)をするだけで十分だろう。そういった仕事をしていれば、体を冷やすために自然と上着を脱いで上半身を露出することができる(たとえ雨でもやるべし)。胸と腕にオイルを塗っておいてもよいだろう。

彼女の退屈具合にも寄るが、二回ほど偶然出会うことができれば、彼女の方からあなたにアプローチしてくるに違いない。多くの男性がこの瞬間が訪れると緊張するが、今から本書に記す内容を頭に入れておけば、心配する必要はない。

2.どうやって貴族の女性に話しかけるか

彼女にこちらから挨拶してはいけない。相手から話しかけてくるのを待とう。それに対する返事は可能なかぎり短くし、ジョークは入れずに、侮辱と取られるような表現は避け、自分のことを多く語り過ぎないようにしたほうがよい。あなたのことを知らなければ知らないほど、あなたへの興味は深まるのだ。大体の目安として、100語の質問に対して10語で答えるようにするとよい。これは難しく聞こえるかもしれないが、あなた自身の意見には実はほとんど意味がない。貴族の女性は注目をあびることに慣れすぎたせいで、他人の意見に耳を貸さないのだ。

最初の密会は、こじんまりとした静かでロマンティックな場所で行うべし。木々に囲まれた小さな湖のような場所に連れていき、あなたのような庶民が想像もしなかったような秘密の場所を知っていることに驚かせるのだ。ただ、あなた以外の庶民を決して彼女に近づけてはいけない。豚飼いのマラカスは良い友だちではあろうが、決して彼女に紹介してはいけない。また、彼女があなたの両親に会いたいと言っても断り続けること。小さなかごの中に捨てられていたところを拾われたとか、両親に捨てられ狼に育てられたなどと嘘をつくのも有効だろう。

3.招待を受け取るまで

最初の密会で、彼女の財産や生活に興味を示すことなく、彼女の鑑定に合格することができただろうか? お金への執着を一切捨てることで、あなたが俗物には興味がないと信じ、森の中の簡素なコテージに住むことを好むような人であると思い込んでくれるようになる。すぐにでも、彼女はダイヤの原石のようなあなたを友達に紹介したくてたまらなくなるだろう。このときこそ、彼女にお世辞を言うチャンスである。お世辞は小出しにし、自然なことを褒めるようにしよう。決して、牛のベティーの目と彼女の目を比較して褒めたりしないように。

これらのシンプルなアドバイスに従うだけで、宮殿の門はあなたのために開かれたも同然である。そうすれば、これから先の一生で、家畜小屋の裏に生い茂る蚊で溢れかえった森で一夜を過ごすようなことは二度となくなるだろう。


オーク語初心者講座


オーク語初心者講座

前置き

「アンカリア共通語」の最新巻をご購入いただきありがとうございます。本書ではオーク語を取り扱い、読者の皆様に明快かつ理解しやすい形でオーク語をご紹介させていただきます。
より高度なオーク語を学ばれたい方には「中級者のためのオーク語-飲み会での合唱から結婚のプロポーズまで」を、オーク語のエキスパートになりたい方には「オーク語での討論-侮辱と悪口概論」をお勧めいたします。これらの書籍は、羊皮紙と巻物のお店でお買い求めいただけます。
私どもの記者は、現在姉妹書となる「オーク語文法の全て」(5ページから成り、たくさんの絵と十分なメモ書きスペースを備えています)の新版を執筆中で、次のガロン月には出版予定です。


オーク語の基礎

オーク語には数千年の歴史があり、他の多くの言語のように多種多様な方言と地方ごとのバラエティが存在する。オーク言語学の専門家ですら、この地方ごとのバラエティを全て把握しきることは不可能だろう。かつて非オーク人の学者、マスターリンガサディアスがこの多様な方言を分析し、まとめようと試みたのが2500年前である。だが悲しいことに、彼はこの大仕事に40年間の月日を費やしたが、遂に成し遂げることはできなかった。オーク語の難解な迷宮に足を踏み入れれば踏み入れるほど、憂鬱が彼の魂をむしばんでいったのだ。ついにある朝、サディアスは彼の家の屋根裏で死体となって発見された。マスターリンガは絶望の淵で腹を切り、研究者としての一生に終止符を打ったのである。彼の書見台で見つかったメモには、次のように書かれていたという。「この方言がどの方言か全くわからない・・・だが、もうどうでもいい! 静かにしろ! もう私に話しかけないでくれ! お前たちみんなだ!」
彼の人生をかけた仕事の産物である350枚の手書きの文書は、残念なことに次の年の火事で全て焼けてしまった。

本書では、ハイオーク語、または古ウルグア語とも呼ばれる言語に焦点を当てている。最も純粋なオーク語と呼ばれるこの言語は、今日ではほとんど使用されていないが、ほぼ全ての種族と部族のオークはこの言語を理解できる。オーク語を学ぶものであれば、すぐにオーク言語の多様性に喜びを感じ、まず間違いなく、いままでにない言語的な可能性に享楽するだろう。

オーク語には、オークの特異な生体構造に起因する多くの特有な発音が存在し、オーク語を学ぶものには、本書に付属しているような前歯の入れ歯を使うよう教えられる(または、入れ歯の代わりにコルクで代用することもできる)。入れ歯は、オーク語を正しく発音するためには必要不可欠である。きっと読者の皆様にも気に入っていただけるだろう。オーク語で言えば、次のようになる。「Hataz Dura!」

1.グラガッシュとの会話
彼の名はグラガッシュ。彼は本書を通じて読者にオーク語の基礎を教えてくれるぞ。まずはこのオークの友達に「こんにちは」と言ってみよう。

あなたの言語では:
  こんにちは、グラガッシュ。調子はどうだい?

オーク語では:
  Artak Gragash.etok?

グラガッシュの返事:
  Tirtak! Naturok?
(最高だよ。君はどうだい?)

ここでオーク語の特徴について見てみよう。「artak」という語の末尾の「k」は、軟口蓋音で無声の「k」である。しかし、疑問文で使われている「etok」という語の末尾の「k」は、もっと柔らかく喉から出す音で、「ch」と「g」の音が組み合わさったような音である。

注意:
挨拶は、オーク文化においては非常に複雑である。年齢、地位、会話の目的などに応じて細かなルールに沿った挨拶を行わなければ、挑発、侮辱などの意ととられてしまうことがある。この段階では、読者は基本的なオーク語の挨拶をするのが無難だろう。相手にとってはそれでも侮辱だと思われてしまうことがあるが、それでもオーク語と慣習への無知さを露呈することで、暴力的な結末だけは避けることができるだろう。


無事グラガッシュとの挨拶が済んだ。会話を続けてみよう。

あなたの言語では:
 鶏肉料理を一緒に食べませんか?

オーク語では:
 Nghuash su kruag topa ni?

グラガッシュの返事:
 Larguok tasniz ni egul!
(他に用事があるんだ。ごめんね!)


オーク語の文法には、代名詞は二種類しか存在しない。

「私」=ni
「私」以外=su

場合によっては、人称代名詞である「su」は、より正確な表現と置き換えられたり、補足されたりすることがある。オーク語に精通している演説者に中には、より曖昧な発言をするために、そのようなニュアンスを意図的に省いて話すものもいる。

注意:自身のオーク語の習得具合をテストしたい場合、人称代名詞を変形させないほうがよいだろう。不必要であったり、間違ったりした呼び方をした結果、暴力的な方法で抗議される可能性がある。その結果、重傷を負ったりバラバラにされたりしても、責任は負えない。


狩り


狩り

狩りとは、アンカリアにおける最も高貴な趣味の一つだろう。大自然に一人で対峙し、獰猛な動物と戦い、狩った獲物を村に持ち帰ってその肉を食らうのだ。狩りとは常にこうであり、未来永劫変わらないだろう。

狩りは基本的に一人で行うものだが、それでも多少なりとも仲間の助けはあったほうがよい。長期間狩りで村を離れ、ようやく狩った獲物がリス一匹だったり、何も獲れなかったりしたときはとても恥ずかしい。

狩りを成功に導くために最も重要なのは、正しい服装と装備である。あえて冠が似合うような派手な服装とキッチンナイフを持って森に入っていくような狩人は、熊の格好の餌食になり(熊も混乱するかもしれない)、村には二度と戻れないだろう。森では木と同系統の緑色や茶色の服装を着るのがベストである。もし自分の服装に自信がなければ、身近な女性に聞いてみよう。ファッションについては常に女性が一歩先を行くものである。

また、石けんで自分の身体を洗わないことと、香水をつけないことも大切だ。鹿は森の動物からバラの香りをしないことを知っている。身体は水だけを使って洗うとよい。

正しい服装の次は、正しい武器だ。選ぶべきは遠距離武器である。野生の動物にひっそりと忍びより、刃を使って狩ることができるような狩人はめったにいない。熊や狼を狩る場合は、香水の匂いを嗅いで興奮して襲いかかってきた場合を除き、近距離での狩りはなるべく避けたほうがよい。
メインで使用する遠距離武器に加え、補助用にナイフを持ったほうがよいが、ナイフが自分に突き刺さるような場所に装備しないこと。木が密集した森では弓矢はとても良いチョイスだが、クロスボウも強力なので悪くはない。スリングショットを使う場合は前後に開けたスペースを必要とするため、林や草原、山でのみ使用するべきだ。特に山では石を無限に現地で補充できるため、スリングショットが非常に有用である。出かけるときに袋いっぱいの石を持っていくのは色々と大変だ。開かれた場所では槍もまた有効であるが、長いので狩りには向かないかもしれない。スローイングナイフは小型の動物を狩るのには有効だが、当てるのに技術を必要とし、大型の動物には効果的なダメージが与えられない。もし猪や鹿がナイフを刺したまま走り去ってしまうと、また新たにナイフを買い直すのにお金がかかってしまう。多くの狩人が、確実に獲物をしとめるために、刃や矢の先に毒を塗るのがはたして有効かどうか頭を悩ませる。ただし、アンカリアの墓地は、誤って刃を指で直接触って命を落とした狩人で溢れていることを忘れてはいけない。そして、毒に侵された獲物を食べようとした勇気ある家族の話が酒場での話のタネになっていることも。

弓矢を持って森に入ったら、まず動物の足跡がたくさん見つかる水飲み場を探そう。どの足跡がどの動物のものかわからない場合は、「あなたの力で狩れそうな大きさの蹄を持つ動物は、あなたを返り討ちにする大きさの爪も持っている」という原則をまず頭に置いておこう。望みどおりの足跡がある水飲み場を見つけたら、そこを拠点にする。獲物を待ち伏せる場合、風向きには注意すること。香水のあるなしに関わらず、獲物が来るだろう方向に自分の匂いが流れないようにする。獲物が水飲み場に現れるまで数時間かかることもある。獲物が現れても、まずは落ち着いて浅く呼吸をしよう。弓はほとんど音も立てずに扱うことができるが、一度でも矢から逃げ切ったことのある獲物なら、弓の弦のわずかな音でも聞き取ってしまうだろう。もし全てがうまくいけば一矢目で鹿を倒せるだろうが、もし一矢で仕留めきれなかった場合は追って早く仕留めるのが狩人の情けである。もし無事獲物を仕留められたら、まずその傷を泥か包帯でふさごう。当然森を抜けて獲物を村まで運ぶ必要があるが、血が熊や狼を引き寄せることがある。もし熊や狼が獲物ならこの忠告は無意味だが、その場合は最初から大勢で狩りに向かうこと。

これらの全てのアドバイスに気をつければ、無事獲物を抱えて村に戻れるだろう。そして何よりも、狩りの武勇伝を酒場で語って村人たちを楽しませる(もしくは退屈させる)ことができるのだ。


釣りと漁


釣りと漁

魚を捕るにはどうすればよいか? これは少年少女が村の池で、光り輝くうろこを目にしたときに共通して抱く疑問である。針をつけたり釣り竿を作るのは簡単なことだが、最初に立ちはだかる関門が餌である。針だけでも十分か? それとも、ミミズや血のついた肉をぶら下げたほうがよいか?往々にして後者のほうが釣りに適していることが多いが、村の池で血に引き寄せられる魚に遭遇することはまずないだろう。もし血のついた肉が池での釣りで大活躍するような場合は、池で子供たちを泳がせないよう村に忠告するべきだろう。

まず基本として、餌は釣り針を包み込み、水の中を動くものでなければいけない。魚の中には植物を食べる種類もいれば、蚊や小さな魚、カニを食べたりする種類もいる。少し経験を積めば、すぐにどの魚がどの餌に食いつきやすく、またどの池や海でどういった魚を捕れるかわかるようになるだろう。釣り竿を引くタイミングもわかるようになり、針を魚の口から外すために竿を引くのではなく、針を魚の口に貫通させるために竿を引くコツをつかめるだろう。さらに、いっしょに釣りをはじめた多くの仲間が釣りに飽き、代わりに羊の世話をしたり、革職人の仕事を見に行ったりし始めるようになるだろう。もし、池のボートに一人きりで乗り、羽や小石を駆使して疑似餌を作ることを心から楽しめるのであれば、釣りを本業とすることを真剣に考えてよいかもしれない。

アンカリアには大小様々な釣りギルドがある。ギルドには、海辺での漁業に専念するグループと、大きな湖で釣りを行うグループがある。ギルドのメンバーは、特定の色のものを身に付けることで、自分がギルドに参加していること、そして特定の海や湖で釣りを行うことを許されていることを他人に示す。特に、都市の近くなど魅力的な漁場では、複数のギルドで縄張り争いがあることも珍しくない。場合によっては、敵対するギルドの船に囲まれることもあるかもしれない。海で漁をするときは、大抵はボートから網や網かごを投げる形式が一般的だ。網の使い方はすぐに覚えることができるだろうが、どこに良い漁場があり、そこではどんな魚が捕れるのかを覚えるには時間がかかるだろう。熟練の漁師に師事するのであれば、ギルドの漁場の把握、天気の予測、そして船の操舵技術を習得するまでに一年もかからないだろう。

川や湖で釣りをする人の多くは同業者を嫌い、お互いを信用しないものだが、海では共通の問題やトラブルに対峙するため、軍隊の仲間意識のようなものが芽生えることが多い。特にヤーデ海で漁をするものは、危険な浅瀬海域や急な天候の変化に対応するためにそれが必須となる。漁師であれば誰でも、いつかは誰か他人の船に命を救われる可能性があることをよく理解している。

最後に、この世には全ての漁師や釣り人から崇拝されるアンカリアの漁の達人と呼ばれる人たちがいる。彼らはギルドに属さず、また縄張り争いに参加することもなく、その独立を示すために白のスカーフを見に付けている。彼らが師と崇めるのは、別の達人だけである。達人を呼ぶのは、あらゆる網を引きちぎり、ボートをひれの一振りで転覆させてしまうような巨大な魚を相手にするときである。漁の達人が戦いに使用するのは一本の銛だけだ。彼らの人生は常に死と隣り合わせだが、自身の技に絶対の自信を持っている。達人の一人となることは、全ての釣り人や漁師にとっての夢なのだ。


罠の美学


罠の美学

狩りとは上品で高貴なものと思われがちだが、雨が降る森の中で数日過ごし、びしょびしょで風邪をひいて獲物もなしに村に戻った経験のある者であれば誰でも、その表現が必ずしも正確ではないことを知っているだろう。そこで有効に使いたいのが罠である。シュラウドスパイダーの糸と尖った足で作った罠を使えば、危険と退屈に耐えなければならないような狩りとは決別できる。

もちろん、ハンティングビジネスをより効率的に行うために、数多くの狩人が最終的には罠を仕掛けるというアイデアにたどり着くものである。しかし、もしそれら全てが簡単に設置できるのであれば、槍の落とし穴に落ちたり、釣り縄に捕まって足から逆さに木から吊されたりすることなしに森から出ることが困難になる。だが幸いなことに、罠とは複雑なものである。罠に関する様々な技術は罠師ギルドが教えてくれるが、メンバーはみなえり抜きの罠師で、難しい入会試験に合格しなければいけない。例えば、ドライアドのモニターリザードといった薄気味悪い動物を、生きた状態で捕まえるなどの試験である。もしこういった試験を怖いと感じないのであれば、毛皮商人もしくは酒場の客にこのギルドについて尋ねてみるとよい。大きな町や評判の良い狩場の近くであれば、きっと見つかるだろう。

無事入会試験に合格すれば、訓練が開始される。一人前の罠師になるには、才能や向学心次第では最大7年の年月が必要になるといわれている。実際にギルドで何が学べるかは定かではないが、噂では最初の年には釣り縄の作成と設置の練習だけを行うそうだ。リスや兎はこの方法で捕まえる。次に、網を木と木の間に設置し、地上にある仕掛けによって作動する罠を練習する。釣り縄とこの網の罠があれば、大半の生きている動物を狩ることができる。実習生は、罠に捕まってけがをした動物は全て殺し、それ以外は逃がすものだといわれている。

この技術を習得すると、実習生はより危険な罠の練習に移行する。先を尖らせた丸太で埋め尽くされた落とし穴を作るのは重労働だが、これを使えば、グループで、もしくは自身への危険をかえりみないと狩れないような大型の動物を狩ることができるようになる。この罠で最も重要なのは、落とし穴を隠す素材である。動物をだますためには、落とし穴は巧妙に隠されていてかつ頑丈に見えなければならないが、動物が上を歩いたときにきちんと崩れるよう固すぎてもだめである。また、兎が通った際に崩れてしまっては意味がないため、軽すぎてもだめである。動物が穴の中央に差し掛かったときに崩れるのがベストで、もし早すぎたり遅すぎたりした場合は、動物が穴に落ちず逃げられてしまう可能性が高まる。優れた罠師は、シカの群れが通っても崩れないが、成熟した牝ジカが一歩踏み入れるだけで崩れるくらいの正確さで罠を設置するものである。

これらの罠は、当然ながらほとんどの場所では設置することはできない。人が住むエリアでは、柵状に横並びに配置された何本もの槍が地中や木の上から飛び出す、いわゆる槍トラップのような罠が禁止されているように、これらの罠の設置も厳しく禁止されている。これらの罠は肉食動物を狩る際には一般的に使用するため、多くの狩人が罠の近くにキャンプし、近くを通りかかった人たちに罠について注意するようにしている。だがもちろん、中には酒場で時間をつぶし、神様の慈悲が旅人を罠から遠ざけるだろうことに全てを託すような狩人もいる。もしこのような罠師に出会うことがあったら、森を抜ける際に近道を通らないことを勧める・・・



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最終更新:2011年08月15日 13:10