――聖夜(2)――
染谷先輩の家の雀荘を貸し切って、麻雀部のクリスマスパーティーが開かれた。
クラッカーを鳴らして、乾杯をして、ケーキを食べて、麻雀もして。
すごく楽しい時間だった。
いろいろなことを忘れるくらい楽しかった。
だけど、そのパーティーも終わりが近づいてきた頃、急に寂しさが募った。
「染谷せんぱーい。タコスはもうないのかー?」
優希ちゃんが声をあげ、染谷先輩がやれやれと呆れ顔をする。
「あんたぁ、まだ食べる気か?」
「当たり前だじぇ!イブにタコスは決まってるんだじょ!」
「そう…言われても、さっきので最後じゃ。」
「えー!?これじゃ、私は明日まで持たないじょ。」
今日はこのまま染谷先輩の家にお世話になる事になっている。
染谷先輩の家に泊まるのは、あの日以来だな…。
なんて思ったら、余計泣きたくなった。
きっと数ヶ月前の私なら、今日の日を心から楽しめたんだろうな。
「はいはい。じゃあ、私がちょっと買ってくるわ。」
部長が染谷先輩と優希ちゃんを制してひらひら手を振りながら笑った。
いつもなら京ちゃんに頼むのにな、って思ってたら部長は私の手をとっていた。
「一緒に行ってくれるわね?」
* * *
「い、やだ……。嫌だ!やだ!」
何を言い出してるの?何言ってるの?
わからない。菫の言ったこと理解できない。
「照!照…!聞いて。」
菫は私を抱きしめる力を強くした。
聞きたくないと拒否をする。
「私が…、私が悪いんだ、照。お前が原村の変化にいらついてたのには気付いてた。でも、さっき私はわかったよ。あのときのいらつきは原村に対してじゃないんだって。」
「あれは変わらない自分自身への怒りだったんじゃないか…?」
「……お前は本当は妹のことが、好きなんだろう…?」
でも耳にそれは入ってきていて、妹という単語は私にスイッチを入れる。
「私に妹なんていないんだっ!私は……!妹なんか…!」
感情が爆発する。
咲を拒否して安心した自分に気付いた時以来な気がした。
「お前は、怖がってるだけなんだ。」
「何を怖がってるって言うんだ!?」
興奮してる自分にも、菫の言葉は冷たく、鋭く走った。
「……妹に、会うことを。」
「違う…!私に妹は……!」
「もういいんだ。」
菫の口調は優しくて、今までにないくらい心地よかった。
なぜか心が落ち着いてきて、素直に菫の話を聞けた。
「お前と妹の間に何があったかなんてわからない。だけど……、きっとこのままじゃいけないんだ。照のためにも。妹のためにも。」
「ごめんな、照。私は照のこと好きなのに。照の幸せを考えたことなんてなかったんだ…。ごめん。」
なんでだろう。
抑えていた涙がこみ上げて、私はもう何も聞こえなくなって、何も言えなくなっていた。
ただ、菫の温かさに身を任せ、声をあげて泣いた。
こんなに素直に泣いたのは東京に来て初めて、そんな気がした。
* * *
時間が時間だったので、私達は近くのコンビニに向かうことにした。
タコスを売っているかは分からないけど。
「あ、雨。」
外に出ると雨が降っていた。
せっかくのイブなのに、なんで神様は雨を降らせたんだろう。
そんなことを考えながら傘を広げた。
「……咲。これ…。」
歩き始めて少しすると、部長が近寄ってきて私の右手に何かを握らせた。
何かなんて見なくてもわかってしまった。
「ごめん、咲…。私、何もできなくて。」
部長はいつもの部長らしくなかった。
責任を感じているのかもしれない。
部長が感じる必要ないのに…。
「いや、そんなことないです。こっちこそ、部長に沢山迷惑かけちゃってごめんなさい。」
暗くて部長の表情は見えない。
だから、きっと部長も私の表情が見えないかもしれない。
でも、私はなるべく自分の中で一番の笑顔を作った。
「これ、拾ってくれてありがとうございました。」
右手には確かにあの時のマスコットがある。
傘を肩にかけて、ポケットにあるマスコットとともにぎゅっと握りしめてみた。
そうすると、頭の中に和ちゃんと私の思い出が溢れて、涙が出そうになった。
「これ…。私にとって、かけがえのない宝物です。だから、これからも大切にします。」
宣言するように部長に言った。
やっぱり堪え切れなくて、涙が頬を伝っていった。
雨は嫌い、でも、今だけは雨に感謝しよう。
涙を隠してくれるから。
それから部長は何も言わなかった。
私も涙をこらえるのに必死で、何も言わず時間が過ぎた。
コンビニに入る時には、部長はいつものように笑っていた。
でも、私と目が合った時、一瞬だけだけど、それは崩れた。
さすがというか、このコンビニにはタコスがあって、私達はそれと他に適当におやつを買って外に出た。
やっぱり雨は降り続けていた。
「あら、もうこんな時間ね。」
部長は時計を見て呟いた。
きっともうイブが終わり、クリスマスとなるのだろう。
せっかくのクリスマスなんだから何か奇跡でも起こしてよ。
って空を見た。
でも、雨が落ちてくるだけだった。
「行きましょう。」
部長に促され、私も歩き出す。
「――――さん……。」
……何か聞こえた。
「――――さん……」
ほらまた。
部長には聞こえてないのか、どんどん歩いて行ってしまう。
でも、私はそれが気になり立ち止まり、ぐるりと周りを見渡した。
「うそ……。」
いや、そんなことない。
これは神様が見せてくれる幻だ。
今度ははっきりと聞こえた。
「咲さん!!」
それと同時に持っていた傘は飛んで行った。
雨が冷たく私達に降りつける。
まるで、あの時と同じよう…。
幻なんかじゃなかった。
「咲さん…。ごめんなさい。咲さん。私、咲さんを傷つけて…」
「ううん。和ちゃん…。和ちゃん…!」
もう何も考えられなかった。
私は和ちゃんを抱き返して、和ちゃんの名前を呼び続けた。
* * *
二人でどれくらいそうしていたのかな。
私は和ちゃんのくしゃみの音で落ち着いてきた。
あ、和ちゃんの体、冷たい。
そんなことに今更気付く。
大丈夫かな?って思って和ちゃんの顔を見ようと少し体を離した。
えっ?
その瞬間、和ちゃんの体は私の方に倒れこんできた。
驚きながら、受け止めた。
和ちゃんの体は冷たくて震えている。
雨、いつから降ってたんだろう?
もしかして和ちゃんはこの雨の中ずっと探していてくれたの?
「和ちゃん!!」
大きな声で呼ぶと、和ちゃんはうっすら目をあけた。
「咲……さん…。わ、たし……」
何かを言おうとし、でも、途中で目も口も閉じられてしまった。
「和ちゃん!!」
次は呼んでも目をあけなかった。
慌てて顔を覗きこんだ。
そこには雨でも隠しきれないくらいの涙があった。
* * *
パパーン!
和ちゃんを背負い、なんとか染谷先輩の家に帰ってきた私はクラッカーで迎えられた。
なんとか顔をあげると、みんな笑ってた。
今の私達の姿を見て、固まったけど。
きっと途中でいなくなった部長は早めに帰ってみんなに教えてくれたんだ。
それは嬉しい。
でも、今はそれどころじゃない。
「あ、あの!和ちゃんが!和ちゃんが……!」
部長と染谷先輩たちの動きは速かった。
すぐに寝室に和ちゃんと私を連れていき、染谷先輩はバスタオルと着替えを持ってきてくれた。
「咲もさっさと脱いで。」と部長は私に言って、隣で優希ちゃんと和ちゃんを脱がしていた。
京ちゃんは雀荘の方で、私達が濡らしてしまった床の掃除。
「あの……、和ちゃん、大丈夫ですか?」
「たぶん体が冷えたせいだと思う。だから、きっと大丈夫よ。」
部長はそう言って頭をなでてくれた。
それだけで少し安心することができる。
染谷先輩の持ってきた服に着替えると、染谷先輩は布団を敷いて私を招いた。
「さっきエアコンつけたけぇ、まだ部屋が暖かくならないから、布団に入りんさい。」
布団に入ると染谷先輩は微笑んだ。
そして隣にも布団を敷きだす。
「これでよしと。」
そして隣には和ちゃんが寝かされる。
「咲ちゃんも体、冷えちゃってるんだからちゃんと寝ないとだめだじょ。」
優希ちゃんが和ちゃんを見てる私を見ていった。
「のどちゃんは大丈夫だじぇ!だから、そんな顔しないでほしいじょ。」
そして笑った。
おやすみ、とそれぞれ言ってみんなは部屋を出ていった。
少ししてから京ちゃんが部屋にやってきた。
「大丈夫か?咲。」
そう言って私と和ちゃんを見比べる。
私が「大丈夫だよ。」って答えると京ちゃんは「ん」と言ってしゃがんだ。
「和は真面目で責任感の強い奴だから……、きっと、今回のこと気にしちゃってると思うんだ。俺はお前がそういうの気にしないこと知ってるけどさ、和はやっぱり自分を責めちゃうと思うんだ。だからさ、咲。和を安心させてやれよ。」
「私にできるかな?」
「お前だからできるんだ。お前にしかできないことだからさ。」
なんか急に京ちゃんが大人になっちゃった気がした。
「ま、そんなわけだから頑張れ。」
「京ちゃんも来年は彼女とクリスマス過ごせるように頑張りなよ。」
だから茶化すように言うと、京ちゃんは小さく「ばかやろ。」って呟いた。
でも、すぐ笑って「じゃあ、おやすみ。」と言って出ていった。
自分で言って気付いた。
コンビニを出た時0時回ってて、クリスマスだったんだ。
『せっかくのクリスマスなんだから何か奇跡でも起こしてよ。』
あの時なんとなく呟いた言葉を神様は見逃さなかったんだ。
隣に眠る和ちゃんの頬には涙が伝っていた。
眠りながら、泣いてるんだ……。
手を伸ばしてそれを拭った。
指についた和ちゃんの涙を舐めてみた。
「和ちゃん、私ね……。」
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最終更新:2010年02月19日 01:14