ニギメダナ-柒話『崔呉』


 シンドン鉄道に揺られて約半日。
セジュ先輩は奇跡的に一等車両から生還し、我々はチャグ駅に降り立った。
 私はチャグへは数回行ったことがあるが、どれも幼い頃なのであまり覚えていない。
だが実は数ヶ月前に来たばかりなのである。来た と言うよりは 通った が正しい表現となる。
深く読んでいる読者諸君はもうお分かりであろう。
そう、実家があるチェグ南部の村からグブンゲオ上等学校へ向かう途中である。
だがしかし、その時私は列車の中で熟睡していたのだった。
             ◆
 チャグはナムシン王国東部に位置する大都市である。
我らがナムシン王国が産業革命を果たした後、他大陸間との貿易で栄えた巨大な港町だ。
現在では国の直轄都市となり、電気・ガス・水道の全てが整っている。
このような近代的な完全都市に、さらに温泉がわいているのだ。
そのため、周辺地域からの観光客も多く、港から上陸してくる外国からの賓客なども
チャグの温泉を利用している。
 それらの温泉産業のおかげで市の収入は高いため、直轄市でありながら
国からの援助をほとんど受けていない都市なのだ。
 市民への福祉や教育なども整っており、障害者・高齢者・失業者などの社会的弱者でも
市民であれば最低限、いや、それ以上の生活が保障されている。
 生活水準や就学率、成人識字率などは首都のセグナンに次いで二位である。
そのため周辺地域からの人口流出が絶えず、現在では過疎化が目立ち始めている。
もちろん私の家庭のような貧乏農民では金がないため、地価やら物価が高いチャグで
暮らすというのは難しい。いつかは金を貯めてチャグに移り住みたいものである。
             ◆
 チャグに着いてから我々は温泉に入ることにした。
とにかく安い宿を探し回ったのだが、さすがのチャグ。なかなか見つからない。
ほとんど高級ホテルである。これ以上セジュ先輩に金をかけさせるわけにはいかないと
とにかく探し回った。
 やっと見つけたのはもう日暮れである。まさに灯台もと暗し。
その宿は駅からすぐ近くの旧市街地にあった。
 チャグがまだ小さな漁村だった頃の建物を市はちゃんと残しておいているのだ。
国の直轄市となってから、国からそれらの建物の解体命令が下ったが、市はそれを拒否し
大切に守ったのだという。
 その旧市街の片隅にその宿はあった。ぼろぼろの木造三階建て。
経営中なのかどうなのかよく分からないほど薄れた「旅籠」の看板。
引き戸を開けたら一応、電灯が点いてた。そしてカウンターには一人の老婆。
恐る恐るサグ先輩が話しかけてみると、
「五名様ですね。空き部屋は三階の303号室となります」
「あ、あの、いくらですか。宿泊料金は」
「一泊お一人様500ジンで御座いますね。そこの紙に書いて御座います」
壁の色と同化していて気付かなかったが、壁に紙が貼ってあった。
どうやらこれが宿泊料金表らしい。そこには「食事なし」と書かれていた。
そしてサグ先輩が言った。
「まあ、食事なしでも500ジンはかなり安い。ここに決めた」
 そうして我々はこの宿に泊まることになった。あの日は部屋に荷物を置いた後、
外で夜食を食べた。確か海鮮丼だったと思う。夜食を食べた後はすぐに宿へ戻り、寝床へ入った。
             ◆
 もちろんその日は、次の日あんな事に遭遇するなど思ってもいなかったはずである。




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最終更新:2011年05月09日 23:08