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男が魔法を使って、 ナニが悪いっ!! 第一章 - (2011/07/24 (日) 17:42:02) のソース

***男が魔法を使って、 ナニが悪いっ!! 
第一章 ~初めての奇跡~




 この日、僕の目が覚めたのは日の光のためじゃなく、一人の女の子の声によるものだった。
「おはようございますユウキさん」
「……」
 今、何時なんだろう。とりあえず眠たい。
 まだ閉じていたいと懇願するまぶたに鞭打つように手でこすりながら時計を手元に手繰り寄せる。
「……六時」
 なんてことだ。アラームが鳴るまであと三十分もあるじゃないか。そんなわけで僕は再びベッドにもぐりこんで……
「ユウキさん朝ですよ!」
 もぐりこめなかった。というかいきなり布団を引っぺがすのは非常に肌寒く感じるのでやめてほしい。
 観念した僕が目を開けると、特に悪びれた様子がないニコニコ笑顔の天使が布団を持って立っている。僕の記憶に間違いがないのならその天使は。
「……あれ……エナ!?」
「はい!」
 やっぱりエナだった。いやそんなことより聞かないといけないことがある。すばやくベッドから起き上がって僕はエナに質問を投げかける。
「どうしていきなり僕の目の前からいなくなったんだ?」
「それは、私の魔力が関係してるんですけど……」
「魔力って……魔法の力の源、でいいのかな」
「そうです。 そしてその魔力というのは私たちの存在を支える根本的なものでもあります」
「存在を支える……?」
「私たちの体は確かに人間と同じような素対ではありますが、もう一つ重要なのが魔力なのです。 これは私たちの肉体の全体にまで及んでいて全ての部位にまで影響を及ぼします」
 朝っぱらから結構な難しい話が飛び出してきたものだ。僕はなんとか覚醒したばかりの脳を活動させてエナの話に集中する。
「具体的にはそれって、どういうこと……?」
「つまり私たちの体は魔力によって作られているといっても過言ではないんです。だから魔力をたくさん持っている大天使様などは私とは違って大きな――人間で言うところの大人のような体なんです」
 ていうことは力を持っている人はそれ相応の体でいるってことなのかなと、僕がおおよその考えをまとめている途中であることに気が付いた。
「え、それじゃ反対に魔力がなくなっていったら……?」
「そうなってしまえば今の体は保てなくなってしまいますから、完全に失われてしまったら……」
「き、消える……」
 その一言に、ただ首を縦に振ることでその答えを示した。
 けど、本当にそうであるなら昨夜のエナのあの状態は……
「そ、そうだ、それよりもエ、エナは大丈夫なのか!?」
「あ、ごめんなさい……それは単純に眠たかったので一度天界に……」
 それを聞いて、僕の足から体を支える力は瞬間的に失われ、当然のように体はぐらっとよろけた。よくテレビで芸人とかがズッコケるけど、いわゆるその状態になった。正直ちょっとでも心配した僕はいったい何なんだ。
「てっきり君が危ないのかと思ったじゃないか!」
「ご、ごめんなさい。あの時は魔力の保持が大変だったので、つい……」
「え……」
「どうも人間界というのは天界とは違って魔力が豊富にあるわけではないみたいで、それで体を保つことに力を使いすぎたら眠くなっちゃいました……」
 えへへ、と笑いながら困ったように頭を抱える彼女を見て、僕はとりあえずため息をついた。
「はぁ……」
 彼女の身に結構重要な問題が発生していたことと、そのことに対する彼女の態度とのギャップが、僕には少し理解できなくて。行き場のない文句や不安は言葉じゃなくてため息として吐き出された。
 天界の住人というのは自分の存在が危ぶまれても大した問題としては認識しない人たちなんだろうか。それとも、単にエナという天使がそういう性格なのか。
「それで、その問題は解決したの? でないと人間界じゃまともに過ごせないだろうし」
 案外、必要なときだけ出てきてそれ以外のときは天界で過ごす。なんていう天使ライフなのかもしれないけど。
 それに対するエナの返答はこうだった。
「あのときは普通の等身大サイズで来たのが悪かったんです! なので……えい!」
 その掛け声と共にエナの体が昨夜のように発光し始める。そして数秒がたつと
「あ、あれ……エナ?」
 以前と同じように、エナの姿は消えてしまっていた。
「ちょ、な、なんで」
 まさか失敗したんじゃあるまいな。正直エナならやりかねないような気がする。
 僕が彼女の存在が消えてしまったんじゃないかと心配したそのときだった。
「ユウキさん、ここですよ」
 声が、聞こえた。それも相当近い。というか、近すぎる。しかも右耳だけ。
 僕は、ゆっくりと、顔を右に向けて、じーっと、ソレを見た。
「あの……そんなにジロジロと見られるのは恥ずかしいですよ?」
 そこにはちょっとだけ赤面したエナがいた。ただし、その大きさはずいぶんと縮小されてはいたが。大体、ちっちゃなフィギュア程度。恐らく三十センチもないと思う。
「つまり、保持するのに必要な魔力を減らすためにミニマム化したと」
 要するにさっき消えたように見えたのは、小さくなったことで僕の視界から外れたためだろう。というか、この子に驚かされすぎだろう、僕。
「でも仕方がない……仕方がないんだ……」
「あの、どうしましたか?」
「いや、なんでもないよ。うん、なんでもない」
 いつのまにか口に出していたようだ。だがしかししょうがないじゃないか。エナには、そう、よちよちと歩く子供みたいな危なっかしさがあるのだ。
いたって普通な高校生男子としては保護しなきゃならない気持ちというのが沸いてくるものだろう。というか、こんなこと考えてる場合じゃない。
「それよりも、昨日は話が途中だったよね?」
「あ、お話していて忘れてましたけどそうでしたね」
「魔法使いが人間界から選ばれる。僕が聞いたのはここまで。そして聞きたい」
 エナが消えてから、僕はずっと考えていた。どうしてなのかと。
 お風呂に入っているときも、ご飯を食べているときも、そしてベッドに潜り込んだときも。ずっと思っていた。
 どうしてなんだと。
「どうして、僕に?」
 足が速いわけでも。頭が良いわけでも。手先が器用なわけでも。人より抜き出て優秀なわけでもない。
 こんな、どこにでもいるような、平均でしかない僕に。
「……どうして?」
 そう、僕は、ヒーローじゃない。僕より優れた人なんて、いくらだっているはずなのに。
 そんな僕の疑問に、エナは答えた。
「……運命って、信じますか?」
「うん、めい……?」
 よく運命的な、という使われ方をする、あの運命のことだろうか。確かにエナとの出会いも運命的ではあったけど。
 僕としては運命はあるような気がするけど、でも僕の行動が神様によって定められているとは、正直信じがたい。
「因果、ともいえるんですけど……ともかく、セイラ様によれば、ユウキさんにはそういう運命がある、と……」
 なるほど。
 つまり、僕にはそういう運命があると、決まっていると。
「ははは……」
「……どうしました?」
 エナが少し困惑している。まぁそうだろう。目の前の人間が前触れもなく笑い出したら誰だって困惑する。正直変だろう。
 だけど、だってそうだろう? ある日目の前に現れた少女から、僕は魔法使いになるためにいると、そんな風に宣告されたら。
 ここまでくると笑うしかないだろう。
「僕に、そんな運命が……? あるわけないだろ……? 僕は普通の高校生だぞ? 超能力があるだとか裏の世界に通じているだとか宇宙人と知り合いだとかそんなものあるわけがない! 僕は普通の一般人でしかないんだっ!」
 一気にしゃべったことで、僕の息は完全にあがってしまって。情けなく肩を上下させて大きく呼吸することしかできなかった。
 たぶん、これまでの僕の人生でここまで叫ぶことは滅多にないだろう。
 その証拠に、僕の母さんが、階段を上ってここまでやってくる音が聞こえてきた。
 それから物の数秒もせずに、母さんは部屋に入ってくる。
「優希? 大きな声が聞こえたけど大丈夫なの?」
「ご、ごめん……ちょっと友達と喧嘩しちゃってさ」
 そう言って、机にあった携帯電話を手にとって母さんに見せた。もちろん、嘘だ。
 だが母さんはそれで納得したらしく、特に深く聞くことはなかった。
「……何もないのなら、それでいいわ。もう七時過ぎてるから、早く下りてご飯食べなさい?」
 それだけ言うと母さんはそのまま下へと降りていった。
 気づけば、時計はすでに七時二十分ほどになっていた。話に夢中になっていたみたいだ。
 そういえば、エナはどこに行ったのだろう。
「あの、ユウキさん……」
 ベッドから出てきたエナがおずおずと僕に話しかける。あの一瞬でなんとか潜り込めたのだろう。
「えと、その、ごめん。いきなり、あんな風に怒鳴っちゃって、ほんと、ごめん」
 今の様子を他人が見たら誰だって最低と思うに違いない。相手には悪意などこれっぽっちもなかったのだ。
 ただ僕が、現実に対して、理解することを拒否しただけなのだから。
「ほんとに、ごめん」
「あの……大丈夫ですよユウキさん。ただ、ちょっとだけびっくりしちゃいました……えへへ」
 少しだけ困りながらも、笑ってくれるエナに、感謝するのと同時に、良い子なんだなって、僕は思った。
 けど、そんなことを素直に伝えられない僕は、照れ隠し気味に言葉を続けた。
「と、とにかく、僕は普通の人間だし、いきなり魔法使いになってって言われても、すぐには答えられないよ」
 なるかどうかはわからない。
 そんな不明確な答えを出して、僕の中では一応の区切りがついていた。
 事はきっと急を要するものだろうし、いるかはわからないけど、他の候補たちに回されるんじゃないだろうか。なるかどうかわからない奴をうだうだ待つよりは、よっぽど可能性はある。そうなればきっと、僕に持ちかけられていた話は、少なくとも僕が生きている間に来ることはないだろう。
 そう思って僕は、エナとの永劫の別れを感じていた。だが。
「そうですか……あ、でもセイラ様から、しばらくはユウキさんのそばにいるようにって言われてますから、大丈夫ですよ」
 おい。
 神様というのはあれか。僕の予想をことごとく無視してくれるみたいだな。狙ってるのかと言いたいくらいだ。
 というかちょっと待て、おい。
「あの、僕これから学校なんだけど」
「あ、大丈夫です! 私こう見えても隠れるのは得意ですよ!」
「付いてくること前提かよ。むしろ家の中で隠れていてくれよ。というかそもそも天界にいてくれよ。そっちの方が苦労しないだろう?」
「ユウキさんにくっついていろっていうことでしたので。あと、天界に帰るのもそれはそれで苦労があるんですよ?」
 学校にまで来ることは確定事項らしい。これはたぶん何を言っても無駄だろう。きっと。
 こうして、僕の普通の高校生としての暮らしは急激な終わりを迎えていた。
 そして、普通の魔法使いとしての始まりが、すぐそこに迫っていることなど、僕は。
 知る由もなかったんだ。


 通学路というのは、僕が知る上でだが限りなく日常そのものだ。通勤するサラリーマンや電気店の前を掃き掃除する店員、同じように通学する中学生にゴミを捨てに行く主婦。同じように日常を生きる人たちを見かけるこの通学路は、とても日常的に日常だった。
「人間界を覗くたびに思うんですけど、人間は朝になるととても慌しいですよね」
「……息苦しいとは思うけどできればカバンの中から首だけ出すのは遠慮してほしいな」
「いえ、呼吸は問題ないんですけど……むしろ私の方こそ未熟で……」
 自分で言いながら、しょんぼりとした様子でカバンの中に引っ込んでいくエナ。
「いや、いいよ別に。だって人間界には元々魔力が少ないんだろ? 仕方がないよ」
「ううう……セイラ様だったら簡単にできちゃうんだろうな……」
 さて、なぜエナが落ち込んでいるかというと、話は登校する前の僕の部屋でのことだ。


「先ほども言いましたけど、こう見えても隠れるのは本当に得意なんですよ?」
 朝食を済ませて制服に着替えた僕は部屋に戻ってきた。というのも、カバンに必要なものを入れるためにだけど。
 そこで僕を待ち構えていたのはある種憎たらしいほどに純粋な笑顔を向ける天使の姿だった。もちろん、姿はさっきと変わらず、ちっちゃなままだった。
「……結構間が空いてるにも関わらずそこから?」
「え、何か問題がありましたか?」
 いや、まぁそれはないけど。常識というか当然のことというか、所詮は僕の中でのことにしか過ぎないけれど。
 ともかく彼女にこれだけの自信があるということはきっと何かしらの対策でも用意してあるんだろう例えば
「透明になれたりする、のかな。その様子だと」
「もちろんです!魔力の応用ですからユウキさんもやろうと思えばできると思いますよ」
「僕が魔法使いになれば、の話だけどね。そろそろ学校に行かなくちゃ行けないし早速やってみてくれないか」
「はい!」
 元気よく彼女が答えるとそのままスッと両の手を胸の前で組み合わせる。そうして目を閉じて神様に祈るように――実際祈っているのかもしれない――彼女は何事かを呟き始めた。
なぜ、何事か、なんていうあいまいな表現を使っているのかというと、僕にはその呪文と思われるものが全くさっぱり聞き取れないっていうか。初めて外国人と話をしたときの状況というか。聞こえてるのに聞こえてないというか。うん、ちょっと落ち着こうか僕。
 僕が思うに人間の声の大きさはある程度口の大きさに比例しているものだと、思っていたんですがありのまま今起こってることを説明すると。
 口を大きく開けて呪文を唱えているはずなのに全然声が聞こえてこない。ときどき、ノイズのような音が漏れるくらいで、あとは何も聞こえてはこない。まるで、僕だけプールの底に沈められたように。そこだけが別世界のように。いや、というよりこれは、むしろ。
 エナの周りに防音の空気の壁があるみたいな、そんな感じ。
「……えへへ、どうですかっユウキさん!」
「えと」
 なぜ僕はエナからこんなにも得意げな顔を向けられているのか。誰か解答を持っているなら即刻持ってきてください。僕にはわかりません。
 なんで彼女は特に"何も起こってない"のにあんなに胸を張って堂々としているんですか。
「……何にも変わってないよ?」
「やだなーユウキさん、もしかして人間界でよくある冗談ですかー?」
 そう言いながらそろりそろりと僕の背後に回ろうとしている様子は、なんか悲しいほどに滑稽で。恐らく僕を驚かそうと企んでいるのだろうが、見えている状態でそれをやられても別になんとも思わないのが現実で。
「えい」
 僕のデコピンという名の右手人差し指の強襲によって、彼女の企みはあっけなく――そもそも企みとして成立していないが――崩れ去った。
「あうっ!? あ、あれ? まさかユウキさんすでに解析魔法を会得済みなんですか!?」
 彼女の的外れな突っ込みは無視して、ただ単純な真実を、さっさとわからせなければ。というかそんなことしてるうちに登校時間が近づいてるし。
「さっきも言ったけど、僕は今まで何にも知らなかったただの人間だよ。君が何にも変わってないだけだよ」
「そ、そんな、確かにかけたと思ったのに……も、もう一度!」


「あれから結局十回もするとは思わなかったけどね」
「ううう……」
 そんなこんなで、エナはカバンに隠しながら僕は学校に通うことになってしまった。呪文自体は簡素なものだったようで、一応短時間で済んだことが唯一の救いか。
 原因をエナに聞いてみると、そもそも人から見えなくなる呪文というのは、自身の体の周囲に魔力を貼り付けることで透化する、というもので。現在、自分の体を保つ魔力のバランスの調整で四苦八苦している状態だから上手くできないのだと言った。人間界にある程度慣れれば、少しは魔法も使えるようになるかもしれないとは言っているが、このままだとただ居候が一人増えただけのような気がする。まぁ、その知識力は有用かもしれないが。
 このままずっとエナにしょんぼりされても僕としては心苦しいところもあるので、とにかく違う方へ話を振って気をそらすことに決めた。
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「は、はい、なんですか?」
「エナは何か呪文を言っていたみたいだけど、僕にはほとんど聞こえなかった。聞こえたとしてもノイズのような、意味不明の音だったし、それはなぜなんだ?」






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