68-115「佐々木さんのキョンな日常 春咲小町」

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  ”高校生活の二年間は、モラトリアムよ、キョン。それは学生の特権なんだ。”  中学時代、そんなことを俺に言っていた同級生がいた。しかし、あとになって考えてみると、それは 俺には当てはまるが、あいつには当てはまらないような気がした。何せ、あいつは県内一の進学校に入学した のだから。毎日、勉強、勉強じゃなかろうか。あいつと、俺とじゃ頭の作りからして違うと思っている(そう 言うと、あいつは笑って否定したが)が、あの進学校じゃ、そんな日常が待ち構えているんだろうな。  そんなことを考えていると、不思議な感慨に囚われる。つい、ひと月前まで、俺とあいつは同じ学校で重なり合う ときを過ごしていた。そして、別の学校に進学して、俺たちは別々の道を歩き始めたのだ。  「やれやれ」  これから俺が3年間通うことになる高校へ続く坂道を見たとき、俺は思わずため息をつき、口癖になっている言葉を つぶやき、これから3年間、毎日朝っぱらからハイキングをせにゃならんのかと思うと、いささか気分が落ち込んだ。  坂道を上り、新しい学び舎の校門をくぐった時、俺の顔は新入生特有の期待と不安に満ちた表情ではなく、そんな感情 とは無縁の、ただ暗い表情をしていた。  「キョン、どうした。なんで君はそんな顔をしているんだい。」  一瞬、俺は自分の目と耳を疑った。  目の前にいる人物、ここにいるはずがない、俺の中学時代の同級生は、あの頃と変わらない、こいつ特有の微笑みを浮かべ て、俺の前に立っていた。  「佐々木、なんでお前がここにいる。」  お前は県内一の進学校に入学したんじゃなかったのか?  「確かに受験はしたよ。そして合格した。だけど、僕はこちらも受験していたことを、キョン、君は忘れていたようだね。」  だけど、あの時お前は滑り止めだと俺に言っていなかったか?お前に滑り止めなんかいらんだろ、と俺は言ったが。  「よく覚えておいてくれていたようだね。だけど、あのあと僕はこうも言った。人生何があるかわからない。先のことなど、 予測不可能だがある程度の備えは必要だ、てね。そして、僕は北高に合格した。そして、僕には二つの選択枝ができた。そして僕は こちらを選んだわけさ。」  しかし、何かもったいないような気がするんだが。  「県内一の進学校に行かなかったことかい?そうでもないよ。北高にも進学クラスはある。確かに高校3年間は重要な時期かもしれ ないが、それで人生の全てが決まるわけじゃない。もちろん積み重ねは大事だがね。それにここに進学したのは僕だけじゃない。 国木田君もここに来ているよ。」  なんてこった。我が母校の誇る天才頭脳1,2位が二人とも入学してくるとは。天才は何を考えているのか、よくわからん。  「ああ、それと先にクラス表が貼り出してあったんで確認してきたが、キョン。君と僕、それに国木田くんはクラスメ-トになる。 1年5組だ。とりあえず、これから一年間、よろしく頼むよ、親友。」  「よろしく、な」  別々の道を歩き出したと思った同級生は、しばらくはまた俺と重なり合う時間を過ごすことになったようだ。  「さあ、そろそろ行こうか、キョン。もうすぐ式が始まる。高校生活をはじめる儀式だよ。いくらなんでも、最初から遅れるのは ご遠慮したいからね。」  「始めが肝心、てことか。」  「その通りだよ。」  坂道を上がってきた疲れはどこへやら、俺と佐々木は式が行われる体育館へ向かって駆け出していた。  北高には同じ中学の出身の奴がかなり入学していたので、いきなり知らないところに入った転校生のような気分 をあじわなくて済んだが、当然、そいつらは佐々木のことも知っているので、佐々木の姿を見ると、全く先ほどの 俺と同じような気持ちになり、驚いた表情をしていた。ただ、奇妙なことに何故かそいつらは俺の方にも視線を向け、 その後うなずいたり、ニヤニヤと笑っていた。はて、俺の顔に何かついているのか?  一年五組の教室に入った後、お決まりの担任紹介が有り(岡部と名乗った若い青年教師はハンドボ-ル部の顧問を しているそうだが、これは言外に入部希望者を募集していると考えても良さそうだ。入る気はさらさらないが。)、 そのあとはひとりひとりの自己紹介となった。これも何事もなく無事に終わり、俺の新しい高校生活が始まったわけだ。  ところで、、、、  俺は中学時代、仲間から本名で呼ばれたことがあまりない。間抜けなニックネームである「キョン」と呼ばれることの 方が多かった。高校に入り、そんな状況も変わるだろうと思っていたが、初日に佐々木と国木田が「キョン」のニックネーム で俺を呼び続けた為、結局高校でも俺は「キョン」と呼ばれることになってしまった。人生思い通りにはいかないものだ。  「君の言う通りだね。人生は思い通りにはいかないものだよ。」  学校からの帰り道、「キョン」のニックネームを高校でも引き続き定着させた犯人は、さもおかしそうに、クックっと笑いな がらそう言った。  「まあ、君がこのあだ名を気に入っていないのは、先刻承知なんだが。だけど、僕は君をその名で呼ぶことを気に入っているんでね。」  お前に呼ばれるのは一向にに構わんさ。  「ありがとう、キョン。」  暫くすると、俺の家の前についた。  「上がっていくか?」  「お邪魔させてもらうよ。しばらく君の家には来ていなかったが。最後にお邪魔したのはいつだっかな。」  北高を受験する前の日、お前に試験のポイントと心構えを教えてもらった時だな。  「結構時間が過ぎてるね。」  だからと言って、たいして家の中はかわってないさ。まあ、こたつとか冬物衣料とか、そんなものは片付けてあるが。  息子の入学式に出席するための完全武装を解除していた俺の母親は、佐々木の顔を見ると、俺にはほとんど見せたことがないような笑顔で 佐々木を歓迎した。俺が一緒のクラスになったことを話すと、「佐々木さん、息子をよろしくお願い。」と、頭まで下げる始末である。  「君の母上は本当に息子思いなんだね。」  まあ、ありがたいと思うが、少しばかり恥ずかしい。  俺のベットに腰掛けながら、佐々木は母親が入れてくれたジュ-スに口を付ける。  「とりあえず、キョン。今日から高校生としての人生が始まったわけだが、さて、君はこれからどういう高校生活を送るつもりだい?」  佐々木の言葉に、俺はどう返答すればいいのか考えこむ。  モラトリアム―高校生活の二年間はそれだと、佐々木は言った。中学時代、俺は二年間遊び呆けていた。それが楽しかったのは 否定しようのない事実だし、いい思い出もある。俺自身を分析すれば、俺はとても勤労意欲に満ちた人間とは言えない。悠先のこと を考えるより、今を楽しんでおけばいいと考える傾向にある。言い訳かもしれんが、中学3年生になり、そんな正確が災いして 俺は成績が急降下。堪忍袋の緒が切れた母親によって、俺は塾に放り込まれ、そこで佐々木と初めて言葉を交わしたのだ。なんとか成績 も持ち直し、俺はなんとか北高に入学することができた。それは半分は佐々木のおかげである。わからないところがあれば、俺に佐々木は 丁寧にわかりやすく教えてくれた。頭が大して良くない俺でも理解できるのは、こいつの教え方がうまいからだ。  だが―そこで、俺はまた考えこむ。中学時代のことを俺は繰り返すのか?その可能性はないとはいえない。だけど、それではあまりにも 進歩がない。  「佐々木、正直にいえばまだわからない。まだ始まったばかりだしな。お前も知っての通り、俺はそんなにやる気に溢れた人間じゃない。 だけど、中学生の時代は終わったんだ。今までと同じようなことを繰り返すつもりはない。何のために高校に入学したのか、て話になるからな。」  佐々木は俺の言葉を聞いて、一瞬驚いたような表情をして、思わずこちらがドキッとするような笑顔を浮かべた。  「キョン、君は少し成長したようだね。今の言葉は意外だったよ。」  俺自身もそう思う。自分の口からあんな言葉が出るとは思わなかった。  「北高に入って良かったよ。君の成長を間近で観察できる。楽しみが一つ増えたよ。」  おいおい、お前は俺の親かよ。  そんな会話を交わしていると、俺の部屋の扉が勢いよく開かれ、我が妹が部屋中に響き渡る大声で「キョン君遊ぼ―」と言いながら入ってきた。  「あれ、佐々木のお姉ちゃん。」  佐々木がうちに来たとき、何度か妹と遊んでくれたことがあり、それ以来、妹は佐々木にすっかりなついている。  「遊びにきてくれたの?」  「今日は学校の帰りに寄っただけ。それから、キョン君とまた同じ学校に行くことになったから、これからも遊びに来るからね。」  「本当に?よかった。いっぱい遊ぼうね。」  嬉しそうな妹の頭を佐々木は撫でる。妹はもう小学5年生なんだが、無邪気に喜んでいる。  「ねえ、佐々木お姉ちゃん、一緒に晩御飯食べて行かない?今日はカレ-なんだよ。」  「ありがたいけど、もうすぐ帰るよ。また来るから。」  妹に返答する佐々木の表情はとても優しい。こいつの独特の喋り方で、男子生徒からは変な女扱いされることもあるが、佐々木は普通の女の子なのだ。  ”あ、”  「佐々木、遠慮は要らん。食べていってくれ。どうせ、余ってしばらく連続して食うハメになる。一緒に食べよう。御飯はたくさんあるから。」  少し強引だったかもしれないが、佐々木は「じゃあ、お言葉に甘えて」と言ってくれて、佐々木は夕食をうちで食べることになった。  母親は大喜びで、少し遅れて帰ってきた父親も加わって、いつもより賑やかな夕食となった。  日もとっくに沈み、夜空には星が浮かんでいた。その下を自転車を押しながら、佐々木と並んで歩いていると、中学時代の塾通いを思い出す。  夕食のあと、俺は佐々木を家まで送り届けることにした。  「相変わらず、妹さんは元気だね。」  小学生だからな。しかし、俺もあんなだったかね。よく覚えてないが。佐々木にもあんな時があったのかな、と時々考えるが。  暫くすると、佐々木の家の前についた。  「ご馳走さま。キョン。それに家まで送ってくれて。すまないね。」  いいってことよ。食べて行けと言ったのは俺の方だし。  「それじゃ、キョン。また明日、学校で。」  「ああ、じゃあな。」        、、、、、、、、、、、、、、、  俺に手を振り、佐々木は鍵を取り出し、人の気配のない真っ暗な自分の家に入っていった。  佐々木の家族は、佐々木とそれと佐々木の母親、二人だけの家族だ。佐々木の両親は、佐々木が中学生に上がる前に離婚した。佐々木は母親に引き取られ それから佐々木は家ではひとりでいる時間の方が多い。母親はやり手のビジネスウ-マンらしく、日本どころか世界中をまたにかけて活躍してるらしい。佐々木 から聞かされた時、俺には何か遠い世界の話のように思えて、いまいち現実感がなかったが。今日の入学式に一応佐々木の母親は来ていたのだが、すぐに姿が 見えなくなった。海外での仕事があるのでその打ち合わせのためだと佐々木は言っていたが。  妹が夕食を食べていかない、と佐々木に言った時、俺はそのことを思い出し、そのまま佐々木を返すのは今日というこの日にいいことだとは思わなかった。  普段だったらしないような、強引に事を進めたのはそのせいだ。だけど、たまにはいいじゃないか。そうだろ、親友。  俺は自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ出していた。振り返って佐々木の家を見ると、小さな明かりが点いているのが見えた。それを見て、俺はペダルを漕ぐ足に力を入れた。  春の夜風は少し冷たく感じられたが、それが妙に心地よかった。

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