佐々木曰く、エンターテイメント症候群。
つまりは日々を過ごす日常の世界と、あるはずのない架空の物語の境目がわからなくなる、そんな定義だったと記憶しているが、実際は定かではない。
なんせ佐々木の創った造語であって実際には広辞苑などには乗っていない。試験に出るわけでもないし軽く聞き流した程度の発言だったからだ。
そんな造語を作り出す佐々木と、架空の物語について話していたときの話をしようと思う。
「いわゆる架空の物語が現実に起こることはないというのは理解した」
満足そうな微笑みを見せる佐々木。
「僕の作り出した新しい言葉をすんなりと受け入れてもらえたようだ。キョンの聞き手としての素質はその柔らかい頭からきているのかな」
俺の聞き手としての資質なんぞどうでもいい。俺としては虚空の世界に興味がないわけでもない。
「それはともかくとしてだ。キョン、キミの症状を改善すべく、非日常への小旅行に行ってみる気はないかい?」
少しおどけた顔で聞いてくる。当然のことながら俺は問うた。もちろん、何故か、と何を、だ。
「夏という時期であることと今の会話にフィットするお誘いをクラスメイトから受けててね」
俺には何にもお誘いはなかったがな。お誘いがない俺は行ってもいいのだろうか。
「キョンと僕とは二人で一組だと考えられているらしい。あながち間違いではないと判断したため否定はしなかったのだけど、反論はあるかい?」
佐々木に反論がないなら俺にあるわけないだろうよ。
「なら参加する旨を伝えてくるとしよう。場所は学校の正門待ち合わせで時間は夜8時だ。それまでキミの家にて待機させてもらうよ」
口元を歪めて笑いながら佐々木は去ってしまった。
しまった、何をするのか聞きそびれた。
放課後の我が家については妹がはしゃいだ事とお袋と佐々木による密談が行われた以外は取り立てて言うこともなかった。
集合場所に付くと時計は8時をかるく過ぎていた。
「遅いぞ」
出迎えてくれたのは大柄な男の影、中河と呼ばれる男である。
「すまん、妹に引っ付かれてな」
中河は体育系丸出しの笑い声を出した後で、校舎を指差していった。
「もうみんな行っちまったよ。残ってるのは俺と岡本と、お前らだけだ」
はて、そういえば俺は何をするのか聞いていなかったな。
「キョン、言うのを忘れていたが本日のイベントは俗に言う肝試しと呼ばれるものだ」
まあなんとなくわかってたけどな。で、どうせ俺と佐々木はペアなんだろ?
「物分りが良くて助かる。それでこそ佐々木の理論に着いていける唯一の人物だ」
「佐々木の理論をこれっぽっちも理解できている気はしないが」
「キョン、僕の理論を理解しないで着いていける、という意味だよ」
佐々木にダメだしを食らった俺は返す言葉もないので話題を変えることにする。
肝試しをするのはいい。みんなが先に行ってるなら俺も早く合流しないと、と思えるくらいの協調性はもっているつもりだ。
「で、どうすりゃいいんだ?」
当然の俺の問いに、
「先発隊が帰ってきたら、我がクラスルームの教壇の上においてあるであろう証拠品を持ち帰ってくればいいのだ」
中河は胸を張って答えた。まあ中河なんか見ていなかったが、間接視野というやつだ。
中河の後ろから先発隊と思われる集団がこっちに向かってきたのを確認した。
先発隊との軽い挨拶を交わすと、俺と佐々木は校舎内に足を踏み入れる。
「佐々木、無言なのは良いがシャツを引っ張らないでくれ。のびる」
まったく反応のない佐々木。いったいどうしたと言うのか。
「怖いのならいっそのこと腕にしがみついてくれよ。そっちのほうが雰囲気が出る」
自分の言った言葉に感動したね。この言葉はいつかきっともう一度使ってやる。
「くっくっ。僕がそんなことをするとでも?」
言葉とは裏腹に声は震えていた。強がっている佐々木を見ることは稀だ。よし、ちょっと悪戯してみよう。
「なら先に行かせてもらおうかな」
佐々木はあからさまにドキリとした表情をして、強く俺のシャツを引っ張った。
「ま、まて。一人にしていいと言った覚えはないんだが?」
普段の佐々木からは想像もできないような不安げな顔が印象的だった。
そんな悪戯も、教室に着いたとたんに空中に霧散した。
目的の教室、つまりは我が教室となるわけだが、到着してドアに手をかけようとした瞬間、佐々木の表情が一変した。
「まて、待つんだキョン。今教室の中で人影が動いた」
思わず笑いそうになった。今日は肝試しを何人かでおこなっているんだ。先発隊の生き残りがいたとしてもこれっぽっちもおかしくなんてない。
佐々木の制止も聞かずに俺はドアを開けた。
「うわーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
心臓が一瞬止まった。が、すぐに叫び声をあげたのがクラスメイトだと判別して俺は落ち着いた。・・・俺は、だ。
隣で俺のシャツを掴んでいる佐々木は自分の体だけ時を止めたような状態になり、カタカタと震えだしたかと思うと、
「キョン!!キミは無事か?」
と良くわからん叫び声をあげてこっちをみた。そんなに見つめられても何にもあげないぞ。
クラスメイトがドッキリに成功した仕掛け人みたいな笑いを伴ってこっちへ歩いてくる。佐々木はますますパニックに陥って、
「キョン、逃げるんだ。キョンだけでも逃げるんだ」
と叫びながら俺のシャツを引っ張って逃げ出した。支離滅裂という言葉はこんなときに使うんだろうか。
冷ややかな視線を浴びせてくるクラスメイトに手を振り、佐々木に引っ張られながら俺はものすごい勢いで教室から離れていった。
最終更新:2007年07月20日 21:41