69-298「佐々木さんのキョンな日常 朝倉涼子の戸惑い~ヒトメボレαその3」

  次の日。
 「それは中々愉快なことだね」
 昨夜の中河の電話のことを俺から聞いた佐々木は、くっくっくっと笑った。
 「朝倉さんに一目惚れした挙句、君にキューピット役を頼んでくるとは」
 キューピット役じゃないな。どちらかといえば、伝書鳩だろうな。
 「まあ、確かに朝倉さんは美人だし、性格も良いから男性の目を引くのはよくわかるけどね。中河君が一目
惚れしたのは意外だったな。そんなタイプじゃなさそうだけどね」
 本人もそう言っていたな。あいつは宗旨替えしたそうだ。
 「何事も経験、ということか」
 そのとおりだな。
 「で、キョン。君はどうするつもりだい?」

 放課後、学園祭の打ち合わせで、文芸部の部員全員部室に集まり(何故か喜緑さんも来てくれた。最近よく
手伝ってくれるのである。さすが長門と朝倉の先輩である)、準備をすることになった。
 「朝倉」
 文芸部誌の印刷に関しての試算を行っている朝倉に俺は声をかけた。
 「どうしたの、キョン君?」
 朝倉は作業の手を止めて俺を見る。
 「実はちょっと話があるんだが・・・・・・」
 俺は少し声を潜めて部室内を見回す。
 皆、それぞれ分担して受け持った作業を行っている。
 「ちょっとここじゃ何なんで、外で話そう」

 「え、あたしに?」
 俺の話を聞いて、朝倉はびっくりした様子だった。
 「ああ。中学の時の俺と佐々木のクラスメートなんだが、朝倉に一目ぼれしたそうだ。何でも春先ぐらい
には見かけていたそうなんだが、声をかけられなくて、つい三日前に俺たちと一緒にいるところを見かけて
俺を頼ってきたわけだ。直接会うのも考えていたらしいが、お前が驚くだろうし失礼になるかもしれない、
てことで、俺に伝言を託けたわけなんだ」
 中河はあいつなりにいろいろ考えていたらしい。猪突猛進型かと思ったが、まずは俺という緩衝材を介して
朝倉に接触しようと考えたようだ。
 「いきなりで驚くかもしれないが、返事はすぐにじゃなくていいそうだ。ただ、一度話をしてみたいと言っ
ていた。もちろん朝倉がよければの話だが」
 正直言って、俺は朝倉がこの話を承諾するとは思えなかった。だから、昨夜中河に一言言ってはおいた。

 「う~ん、そうねえ・・・・・・どうしようかな、一度会ってみようかしら」
 ・・・・・・意外な答えが帰ってきた。
 「そこまで思ってくれるなんて、少し嬉しいかな。それにキョン君の話を聞いている限り、悪い人じゃなさ
そうだし」
 悪い奴じゃない。そんなに話をしていたわけじゃないが、中々真面目なところがあったな。運動部で頑張っ
ていたし、教師にもクラスメ-トにも受けはよかった。
 「学園祭の準備で忙しいけど、時間があれば、一度会いましょうと伝えてくれる?」
 それはもちろん引き受ける。俺の脳裏に飛び上がって万歳する中河の姿が浮かぶ。
 「良かったわね、涼子ちゃん」

 ・・・・・・何で、あなたがここに居るんですか、喜緑さん、それに長門も。
 「ちょっと気になったんで付いて来てみたの」
 ひょっとして、話をぜんぶ聞いていました?
 「ええ。最初から全部」
 俺は頭を抱えた。朝倉に気を使って部室の外で話したのだが、全く無駄に終わった。

 「での、なかなか涼子ちゃんに声をかける男子がいなかったんで、いい機会だと思うわ」
 これは意外なことだった。朝倉は美人だし、面倒見がいいんで、競争率は激しそうだと思っていたんだが。
 「そう思って逆に声をかけづらいの」
 なるほどね。
 俺が納得したように頷くと、喜緑さんはクスクスと口元を抑えて笑った。
 朝倉の方を見ると、こちらは顔を真っ赤にしていた。


  日曜日の秋晴れの澄んだ空の下で、俺は人を待っていた。
 時計の針は午前11時半。ちょうどいい具合だ。
 「待たせたな、キョン」
 久しぶりに見る中河は、中学時代よりさらに体格が良くなったような気がする。
 「大して待ってはいないさ。時間通りだな、中河」
 「当たり前だ。お前から電話をもらってからというもの、俺はこの日を来るのを今か今かと待っていたのだ。
そんな大事な日に遅れるわけには絶対にいかんのだ」

 朝倉から会ってみてもいい、との返事をもらった日の夜に、俺は中河に連絡を入れ、その言葉を伝えた。
 電話口の向こうで、中河の雄叫びが聞こえ、しばらくは興奮状態が続いた。
 落ち着いた後、とりあえず中河の予定を聞き出し、いったん電話を切り、その後朝倉に連絡して会う段取りを
決めたあと、再度中河に連絡をした。
 「ありがとう、キョン。お前には感謝してもしきれない。なんとお礼を言ったらいいか・・・・・・」
 「ただ、中河。俺が出来るのはここまでだ。朝倉がお前の申し出を受けるかどうかは、お前の行動次第だ」
 「それは十分承知している。俺も男だ。断られる可能性もあるのは解っている。ただ、やらないで後悔するより
やってみて、その結果が自分の望むものでなくても、そっちの方が百倍マシだ」
 なかなかいいこと言うじゃないか。挑戦する気概を持つ人間は俺は好きである。
 あ、それともう一つ伝えなければいけないことがあった。
 それは朝倉が中河と会うときの条件として、俺に頼み込んできたものだった。

 「お待たせ、キョン」
 俺達より遅れること3分、待ち合わせ場所に来たのは、佐々木と朝倉だった。
 朝倉の出した条件、それは中河と会う場所に、俺と佐々木が一緒に付いてくる事だった。
 中河にその条件を伝えた時、むしろ俺が頼みたかったことだ、是非一緒に来てくれ、と頼み込まれた。
 佐々木に連絡を取ると、佐々木はすぐに承諾して、俺達は同伴することになったのだ。

 「初めまして、自分は中河と言います!」
 直立不動で朝倉に向かって挨拶をした後、中河は深々とお辞儀をした。
 「朝倉涼子です。初めまして」
 朝倉は微笑んで、中河に返事する。
 この笑顔を見て、中河の心は完全に朝倉に囚われたようである。

 喜緑さんがおすすめだと朝倉に教えてくれた洋食店に、昼食を兼ねて行くことにした。
 この店は女性客が多い、おしゃれな感じの店で俺や中河が入るのは場違いのような気がしたが、佐々木と朝倉が
いるから、まあ、いいだろう。
 中河は最初はかなり緊張していたが、朝倉がうまく気を使って話しかけてくれたおかげで、気もほぐれたようで
店に入る頃にはかなり普段通りしゃべれるようになっていた。

 「まあ、今の状態なら二人だけでもいいと思うよ」
 俺と佐々木は、朝倉たちとは別の、離れた席に座った。
 「朝倉さんがうまく中河君の気持ちを解してくれたから、あとは二人で話させればいいよ」
 確かに佐々木の言うとおりだ。俺たち二人は言うなれば、中河と朝倉の見合いの仲人みたいなもので、話が弾めば
あとは二人だけで話せばいい。
 俺達はランチメニューに目を通す。
 「これとこれ、美味しそうだね。キョン、いつものように違うものを頼んで、半分ずつ交換しようか」
 それがいいな。よし、頼むか。
 テ-ブルの上にある、従業員を呼ぶボタンを押す。

 ・・・・・・何であなたがここにいるんですか。
 俺たちの席に注文を取りに来たのは、誰であろう、この店がお薦めだと言っていた、喜緑さんその人である。
 「この店は私の親戚が経営しているの。今日頼み込んで一日バイトしているの」
 朝倉のことが気になったからですか?
 「その通り。涼子ちゃんのことが少し心配になって」
 多分大丈夫ですよ・・・・・・ところで、注文いいですか?
 「ええ、どうぞ。お客様、何になされますか?」


 食事をしたあと、中河と朝倉はお互いの電話番号を交換していた。
 「今日はありがとうございました!」
 中河は朝倉に最初に会った時と同じように、深々と頭を下げた。
 「こちらこそ。中河さんて、とても面白い人ですね」
 どうやら、第一段階はうまくいったようである。
 俺は少しほっとした気分になった。

 とりあえず、今日のところは二人の顔を合わせるのが目的だったので、俺と佐々木は朝倉と中河と別れ、遊びに出か
けることにした。
 百貨店やファッションビルは既に冬物の取り扱いが本格的に始まっていた。学園祭が終われば、冬はもうすぐそこに
来るのだ。
 「これはいいな」
 俺が目を付けたのは、厳しい寒さも防げそうな白いポンチョだった。
 試しに佐々木に着せてみたのだが実によく似合っていた。帽子がついていて、それをかぶって立つ姿は、冬の妖精を
思わせる。佐々木もとても気に入ったようだ。
 ただし、値札を見ると、一万八千円と記されていた。
 「ちょっと高いね」
 残念そうに佐々木はため息をつく。
 クリスマス前までに、俺はバイトを少し増やす決心をした。

 その日の夜。

 今日はいろいろあったな。わたしに交際を申し込みたいと言ってきた中河君。
 どんな人かと思っていたけど、強そうな、熊みたいな外見と違って、とても緊張していて少しおかしかった。
 ただ、彼の気持ちはよく伝わってきた。
 人を好きになる、あるいは思いを寄せられる。それはとても心地よいものだった。
 とりあえず、今日は電話番号を交換した。その時、彼は「迷惑でなければ、朝倉さんが都合にいいときにまたお話したい
のですが」と言った。礼儀正しい人だ。
 正直なところ、まだ、彼と付き合うかどうかはまだわからない。わたし自身に戸惑いもある。彼のこともまだ、すべてを
把握したわけじゃない。、
 喜緑先輩(あの洋食屋にいるなんて思わなかった!)、がいつも言っているけど、人と付き合うときは、相手のことをしっかり
見ていいところも悪いところも見極めなさい、それは大事なことよ、と。
 ただ、また会ってみてもいいかなとは思っている。
 わたしと彼がこの先、そうキョン君と佐々木さんのような仲になるのか、それとも友達、あるいは他人のままか、どうなる
のか―――
 少し楽しみが増えたかな。そんな風に私は思った。

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最終更新:2013年03月03日 02:42
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