28-730「谷口」

SASASAさらば我が恋、の巻

そう、あれは忘れもしない、えーと、多分冬休みあけしばらくの頃だったと思う。
辛いばかりの授業をなんとかやりすごし、いつものように涼宮にアイツが
引っ張られて行くのを横目に眺めながら、俺は素早く帰り支度を終えて校門を目指した。世の中の不公平と見る目のなさにグチをこぼしつつ。
そこで、校門の脇に一人たたずむ、清楚で可憐なあの人とであったのだ。
これが運命でなくてなんであろうか。

彼女は、近在では有名な進学校の制服をしなやかに着こなし、我が校の生徒たちが次々とそちらを眺めつつ通り過ぎる中を、
気まずげになるでもなく、意識するふうでもなく、
ただただ自然にすっと立ち、澄んだ大きな瞳で、下校する人の中から、
誰かを探しているようだった。
その穏やかで、かつ全てを見通していそうな視線が俺のソレと一瞬絡む。
こ、これはもしかして、ラブのTYATYATYAチャンス?
アナタは俺の運命の人ですね?!

意を決して、彼女の方に大またで近づくと、俺は高鳴る胸を押さえ、
とっておきの声で彼女に話しかけた。
「お、おおお嬢さん、どなたかお探しですきゃ」
ちょっと噛んだ。ええいめげるな俺。
「よろしければ、俺が呼んできますよ」
「い、いえ、おかまいなく。僕は知人を待ってるだけですから。ありがとうございます」
僕っ娘KTKR!!
まさかリアルで一人称が「僕」の、しかもこんなに綺麗な人を見るなんて。こ、この出会い

を逃しては幾千万の胸騒ぎ!
ちょっとヒかれたくらいで諦められるような相手じゃない。
「お、お気になさららずに、俺こう見えても顔が広いですから。
 校内の生徒の殆どは知ってますよ。ささ、名前を挙げてもらえれば、
例え既に下校中でも5分で引っ張ってきますって!」
また微妙に巻いたような気がしたがキニシナイ!
「え、ええと、そうですか。すみません。でしたら、お願いしてもよろしいでしょうか。
2年生で、キョン、ああじゃなくて……」
またか、また貴様かキョン、お前ばかりが何故もてるんだ!
「……僕は、中学が一緒だった佐々木と言います。ちょっと彼の忘れ物を届けに」
そうですよね。ただの忘れ物ですよね。あいつがこんな綺麗な人にモテルなんて、
ありえないですよね。待っててください佐々木さん。
すぐにキョンの奴を呼んできて、それから俺と喫茶店でも行きましょう。
まずはメルアドの交換から!

猛ダッシュで校舎に向かって駆け出す。どうせあいつなら、またSOS団の部室だ。
下駄箱を通りぬけようとした、ちょうど下駄箱の陰で死角になってたところから、
国木田がひょいと頭を出してきた。うぉお。
「危ねえな国木田。もう少しでぶつかる所じゃないか」
「それはこっちのセリフだよ。何を大慌てで走ってるのさ。
 そんな1秒を争うような有意義な生活してないだろ君」
「ほっといてくれ。違うんだよ。今校門の所に凄い美人がいてな。
 俺はキョンの奴をひっつかまえて、彼女のメルアドからお付き合いをはじめなきゃならんのだ」
「言ってることが支離滅裂だよ谷口。いつにも増して。
 ……キョンに会いに来た美人がいるのかい? 他校の?」
国木田が考え深げな表情になるが、そんなのを見てる暇はない。
上履きに履き替えてダッシュだ。
「あ、ちょっと谷口。キョンならさっき……」

引き止める奴の声を無視して部室へ走る。
今の俺なら、マイケル・グリーンだって敵じゃないね、マジで。
「こらぁ! 廊下を走るな! またお前か!」
いかん。生活指導に見つかってしまった。逃げようとする俺の首根っこをゴツイ手が掴み取る。
野郎、クスリを使ったベン・ジョンソンよりも速いって、マジで。
いつもの説教で数分をムダにして、あわてて競歩で部室に向かう。
今の俺なら、競歩の世界チャンピオンだって(以下略
しかし、部室の扉を開けると、涼宮はじめいつもの面々の中に、
あいつのぼーっとした面はなかった。何かショヨウで席をはずしてるらしい。
ショヨウとはどういう意味かよくわからなかったが、とにかくキョンがいないんじゃしょうがない。

そういやさっき国木田が何か言ってたな。
下駄箱に戻ってみると、国木田はまだそこにいた。
しかも、外に首を出しながら、下駄箱に張り付くような、妙なポーズで固まっている。
お前、そんなに下駄箱が好きだったのか。意外だな。
「あ、谷口、静かに!」
何だよひでえなあ。それよりキョンの奴知らないか。あいつ部室にいねえんだよ。
「だから静かに!」
流石に様子がおかしいので、国木田のところに静かに寄ってみると、
奴が何を観察してたのかようやくわかった。

校門のところで、キョンが先ほどの美人と笑いながら会話をしている。
「……生徒手帳を忘れて一日気がつかないというのも、相変わらず君らしいというか……」
「……いやマジでどこに落としたか記憶になくてな。助かったぜ佐々木……」
「……じゃあ、お礼代わりにお茶でもご馳走してくれないかな? 涼宮さんたちが許せばだけど……」
「……今日は帰るって言っておいたから……」
一月の冷たい風にのせて、切れ切れの会話が耳に届く。
何故だ。何故あいつばっかり。
「残念だったね谷口。佐々木さんだったら、君がどれだけアタックをかけても、
 成功率は万に一つもないと思うよ」
しみじみ人の肩に手を置くな国木田。やるせなくなってくんだろが。

それでも確かに、あいつと話す佐々木さんの表情は、しぐさの一つ一つは、
一人たたずんでいた時よりも、遥かにやわらかく、自然で、いきいきとしていた。
それぐらいは、俺がいくらアホでも分かるさ。まあ、ありゃダメだよな。
「……そういえば、先ほど君を呼びにいってくれた……」
「……あのアホなら気にしなくていいって……」
絶対ころーす。明日の体育で、殺人スライディングの餌食となるがいい!
二人の周りだけに春の陽気をただよわせて、キョンと佐々木さんは去っていった。
「なあ、もしかしてあれが、中学時代にキョンがつきあってた変な女か?」
「そうだよ。キョンは絶対に認めないけどね」
「どっからどう見てもつきあってんじゃねえか。畜生、なんでキョンはあんなにモテるんだよ。
 成績だって外見だって、俺とそう変わらないだろう」
「……論評は避けるよ」
はあああ。なんかどっと疲れた。俺の目の前に、運命の女(ひと)が訪れるのはいつになるんだ。
帰り道、何故か「気持ちはよくわかるよ」と国木田がおごってくれたタイヤキは、
ちょっぴり塩辛い味がした。
                   おしまい

 

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最終更新:2008年02月05日 17:40
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