30-666「佐々木さんの、『送り雛は瑠璃色の』の巻」

佐々木さんの、『送り雛は瑠璃色の』の巻

「キョン、君は形代(かたしろ)という言葉を知っているだろうか?」
桃の節句も近づいたある日、たまたま出くわした佐々木は、
早咲きの梅の花を眺めながら、そんなことを呟いた。
「雛祭りというのは、平安貴族の子女の遊びから始まったものらしいけれど、
 元来、「三月の節句の祓」だったんだ」
いつものことではあるが、薀蓄を語る佐々木の表情は明るい。
本当にそういう話好きだな、お前さんも。
「子供の健やかな成長を願って、などというと、ほのぼのとしているけれど、
 今とは子供の死亡率が比べものにならなかった過去において、
 健やかな成長を願う、というのは、かなり切実な願いだったのだと推測できるよ。
 だからこそ、季節の変わり目には病にかからぬよう祓いを頼み、
 七五三という節目節目では、「ここまでよく育ってくれた。これからも健やかに」
 とお祝いしたのだ、と僕は思っているんだ」
ほうほう。で、最初の田代ってのはどうかかわってくるんだ?
「キョン、わざと言っているだろう」
そうやってちょっと眉をしかめて睨むフリをする佐々木。
お互い本気じゃないのは、声の調子で二人とも分かっている。
まあ、会話のちょっとしたアクセントさ。
「またちょっと回り道になるけれど、
「形が同じものには、性質が共通する」というのは、類感呪術の基本的な要素で、
これは基本的にほとんどの社会で共通する概念だと言っていいだろう」
だからちょっと待ちなさい佐々木さん。そこでいきなり類感呪術ってナニゴトだ。
もう少し分かりやすく頼むって。
「ああ、フレイザーは最近の人は読まないみたいだからねえ」
最近とかそういう問題じゃないだろ、金枝篇は若者必読の書じゃないって。
「単純に言えば、同じ形をしていれば、同じような魂が宿るということさ。
 ちなみに藁人形の場合、対象の髪の毛を入れ込むというのが、感染呪術に
 属する行為になるので勘違いしないように。
 ともかく、犬の形をしたぬいぐるみは、なんとなくワンと吼える気がするし、
 人の形をしたものには、人と同じような魂が宿る、ような気になるものなんだ。
 髪の毛が伸びる人形だとか、よくあるだろう?」
なるほど、つまりお前も自分の部屋には犬のぬいぐるみがあって、
時々「ワン」とか言ってるわけだな。よしよし、少しは年頃の女生徒らしい
可愛げなことをやっておくにこしたことはないぞ、佐々木。
「き、キョン。何をバカなことを」
いや冗談だ冗談。そんな顔赤くしてまで怒るなよ。
「まったく、君という奴は。……大体僕はぬいぐるみではなく君の……」
ん? なんだ?
「いや、それはどうでもいいんだ。
 先ほどの、人の形をしたものには人の魂が宿るという考えは、
 多かれ少なかれ、どこの文化にもあるものだけれど、
 それに一番馴染み、そしてそれを肯定的にとらえたのが、おそらく日本なのだと思うんだ」
 ピノキオとか、ヨーロッパでもなかったか?
「うん、確かに。古代ギリシャでも、、ピュグマリオン伝説はあったしね。
 ただ問題なのは、そうしたものに向ける嫌悪感が、日本は他の文化と比べて、
 極端に低いということなんだ。
 知っているかい、AIBOのような「人の形をした機械」を作るのに血道を上げているのは、
 日本が断トツなのだよ。他の文化では、「人のまがいもの」として、
 他にメリットがないのにあえて人の形を取らせようとは、そんなにしないらしい」
それはあれじゃないか、手塚先生の「アトム」とか、ドラえもんの影響なんじゃ。
「それらのロボットを生み出す土台にあるのが、そういう「人の形をしたもの」への
親近感なのだと言いたいのだよ。
で、ようやく本題だ。
今でも一部の地域では雛祭りの風習の一部に、「雛流し/雛送り」というものがあるんだ。
これが本来の、「雛祭り」の呪術的意味合いなんだ。
自分の娘に将来降りかかるであろう災厄を、雛人形に肩代わりさせ、
その穢れを封じた雛人形を川に流すことで、娘の厄を払う、そういうシステムさ」
そこでちょっと言葉を切ると、何故か佐々木は少し悲しげな表情を浮かべ、
どこか遠くを見つめるように言葉を続ける。
「キョン、僕はね、この送り雛の風習を聞くたびに、何故だかとてもたまらない気分に
なるのだよ。
親が子を思う心とは、なんと愛情深いものだろうかと思い、その一方で、
穢れを全て背負い、何も言わずに流れていく人形たちのことを思うと、
愛情とはなんと業深きものなのだろうかとも思わずにはいられない。
相異なる感情がいちどきに湧き出て、僕はね、何か泣きたいような気分になるんだ。
ねえ、キョン、キョン。もし人の形をしたものに、人に似た魂が宿ると信じるのなら、
動くことも口を利くこともないにせよ、我が子に似た人形たちに穢れを負わせ、
川に流す親は、どういう気分だったのだろうか。
流されていく人形たちにもし心のようなものがあるのなら、彼ら、彼女らはいったい、
何を思ったのだろうか。
僕はね、そんなことが気になってしまうんだよ」
ああ、こいつの閉鎖空間に神人がいないわけが、なんとなく分かった気がする。
いつの間にか夕焼けが差し込み、茜色に染まる佐々木の泣き笑いのような表情を
見ながら、俺はそんなことをふと思った。
人形に魂なんてないよ。そう言ってしまえばすむことなのかもしれない。
けれど佐々木は、昔の人々が信じたものを尊重し、彼らと同じ目線で物事を
受け止めようとして、ここまで感情移入してしまうのだろう。
魂なき人形にすら、人が込めた思いの深さだけ、魂に似た何かを宿すと信じ、
その中で生きた人々の思いの深さに感極まるほどに。
閉鎖空間の中で息づく静けさに満ちた街なみも、そこに現れるかもしれない神人にも、
きっとこいつは、その者たちなりの流儀をみつけ、尊重しようとするに違いない。
我が親友は、新世界を創造するには、あまりにも保守的で、
あまりにも愛情深い神様だ。
とりとめのない思いが湧き出たせいか、何故か右手が勝手に佐々木の頭をなでていた。
まるで妹にそうするように。
「き、キョン、何だね突然」
「いや、ついなんとなくな。しかしまあその、何だ。
 そういう風に思えるお前の心根は、大事にしてほしいと思うよ」
佐々木の顔が真っ赤に染まって見えたのは、夕焼けのせいだと思う。 昔昔、もう記憶の底に沈めるくらい昔、一冊の本を読んだことがある。
選択肢を選んで読み進めていくタイプの本だ。
そこでは、人の穢れを背負っていく人形が、「人は瑠璃色の涙を流す」という
言葉を額面どおりに受け取って瞳から瑠璃のしずくを流していた。
魂のない人形は、人の穢れを背負って供犠になることもできず、さりとて
人になることもできず、静かに瑠璃色の涙を流していたシーンを覚えている。
そんな物語が、記憶の底から泡のように静かに浮かんできて、
最後に佐々木に呟いた、その借り物の言葉は、耳元でないと聞こえないほどの、
小さな小さな囁きでしかなかった。
「人形に魂はないにしても、そこには、少なくとも哀しみはあったと思うんだ。
それはおそらく瑠璃色の。
そして、人が人形に魂があると思い、自らの思いを、魂を投げかけることで、
新たな魂が生まれることはあると、そう信じたいもんだな」
「瑠璃色の哀しみか。キョン、君は時々良き詩人となるね」
佐々木はそう言って微笑む。いや、そうじゃない、これは俺の言葉じゃないんだ。
「君の言葉でなくとも、君がそれを作った人の思いを受け止め、
自分の思いを込めて口にしたのなら、それこそ君の言う、
「思いを投げかけた言葉」になるんじゃないのかな。
それこそが詩人の言葉だよ。
少なくとも、僕は君の思いを感じたよ」
そうなのかな。そうだと良いな。

なんとなく満ち足りた気分に、その後はあまり話しもせず、俺たちはゆっくりと
家路をたどった。ただ、その沈黙は、とても心地よく、雄弁なものだったように思う。
帰ったら、妹のために、雛人形の埃を払い、掃除してやろうとふと思った。
                    おしまい
                    

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最終更新:2008年03月08日 22:07
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