「新しい携帯か、それ」
朝の教室で、見慣れない携帯を操作する佐々木の姿が見えたので、
自分の席に鞄を置くよりも先に、声をかけていた。
「おはよう、キョン。この携帯かい?
あぁ、そうだよ。今アドレス手帳にあるメールアドレスを携帯に一から入れなおしてるところなんだ」
机の上に開かれたアドレス手帳は、中学生の少女が使う割には少々簡素なデザインだったが、
機能面から言うと、細かく記入が出来る几帳面な佐々木にとっては有用であるものは見て取れた。
「なんたってそんな面倒なことを、新規でもアドレス帳のコピーはしてもらえるだろう?」
「そうだけどね、やはり自分の手で入力していったほうが楽な面もあるんだ。
皆、携帯のアドレスを替えるのが早かったりするからね」
「そんなものか」
「そういうものさ」
携帯を後ろから覗き見ると、ちょうど俺の苗字のかな順が終わるところだったのだが、
何故だろう、どこを探しても俺の名前を見ることが出来なかった。
「これは聞いてもいいのかわからないけど、ちょっといいか?」
アドレス手帳と睨めっこしていた佐々木の顔が、ようやく俺のほうへと向くと、
その顔は笑顔で綻んでおり、今から俺が何をいうのか理解しているようだった。
「キョン、君が何を言いたいかはわかるが、あえて聞いておこう。なんだい?」
「それなら遠慮せず言わせてもらうが、どうして俺の名前がないんだ?」
「いい質問だね。じゃあこれを見てくれ」
あ行へと画面が移ると、一番上に『キョン』と名前が、
下に続く漢字と混ざり合うことなく存在していた。
佐々木の顔は見るまでもなく、笑顔だ。
俺の反応を見るのが実に楽しそうで、ため息のひとつもつかせてほしいってもんだ。
と、あることに気づいた。
「おい、どうして『キョン』なのに、あ行に俺の名前があるんだ?」
そういうと、からかう様な笑顔が、一瞬に消え去り、逆に物珍しそうな目で佐々木は俺を見つめてきた。
「わからないのかい?」
本当に? と、その後に続きそうなほどの疑問形で、尋ねてきたがさっぱり検討がつかず。
「あぁ、どうしてだ?」
と尋ねると、再び笑顔に戻ると、携帯を閉じて前を向いてしまった。
「秘密だよ」