42-201「佐々木さん、「フランダースの犬」を語る。」

まぁ、人により愛の形状とは目に見えない故に様々な形をとるものだから
そこに苦言を呈すような無粋な真似は僕もなるべく避けたいのだが、
人の愛というのは所詮、幻想、勘違いの積み重ね、実にあやふやものなのだよ。
くっくっ…やはり涼宮さんとは意見が合うようだ、嬉しいよ。
こういう話がある。まぁ、少しばかり耳を貸してくれたまえ。

1982年、ベルギーのアントワープにある旅行代理店に勤めるヤン・コルテールという職員がいたんだ。
ある日、彼は日本から来た少年につたない英語でこう尋ねられた。
「フランダースの犬って知ってる?」とね。
彼はこう答えた。
「フランダースの獅子のことかい?」(獅子はフランダースのシンボルなんだ)
「違うよ、ライオンじゃないよ。犬だよ。犬!」
彼にはそれ以上答えることが出来なかった。

何故かって?良いかい、キョン。
僕ら日本人にとっては「フランダースの犬」と言えば誰でも認知しているようなメジャーな物語でも
彼には、いや当時のベルギーの人々にとっては全く見当も付かないマイナーな物語だったんだ。
意外だろうけどね。
ん?分からない事があると耳打ちですぐ僕に聞く癖を治した方が良いね、未来人。
是非、自ら読んでみる事をお薦めするよ。君の心に響くかどうかはまた別問題だけれども。

その後、彼はそのことについて同僚に尋ねてみた。
「そうそう、日本人は何故だか知らないけど犬を探しているのよ。
図書館で調べれば何かそのことについてわかるんじゃないかな?」
ふむ…実に建設的且つ、合理的な調査、解決方法だ。
おや?長門さんも「フランダースの犬」が好きなのかい?
そうだね…有機生命体の死の概念を理解するにはうってつけの物語かもしれない。

ヤンが図書館で調べると、ようやく英語で書かれた「フランダースの犬」を見つけたんだ。
フランス語版とオランダ語版は存在しないようだったので、彼はそれを読んでみた。
なんと彼がこの100年で5人目の読者だったのさ!
読み終えたとき彼は強烈な衝撃を受けたんだろうね。
「これは私たちの物語だ!」と。
うん、生憎、「フランダースの犬」は食べ物じゃないんだよ、九曜さん。

彼は周りから笑われるのも構わず、物語の研究にのめり込んでいき、
あらゆる情報を集める為、日本人の旅行者に訊いて廻るんだ。
「フランダースの犬を知ってますか?」
皆の返事は同じだった。
「もちろん知ってます。どうして貴方は知らないんですか?」

彼は日本からオフィスが埋まるほどの本を取り寄せ、それを読むため日本語の勉強を始めた。
ヤンは物語の舞台を探し回り、ホーボーケンだと突き止め、
彼の努力は実り、素晴らしい事にネロとパトラッシュの立派な銅像までも建てられた。
今、この街を訪れる日本人観光客の数は、
EU圏の人々を除くとアメリカ人の次に多いくらいなんだ。

実に魅力的な作品だよ、「フランダースの犬」。
かくいう僕も幼少時に絵本やアニメで大切な人を失う切なさ、
報われない夢の中で深まり合い、寄り添う絆というものにとても感嘆した事を覚えている。
ここは別に大声を上げて泣くべき所では無いよ、橘さん?

そして、24年たった今、ヤンはネロとパトラッシュの専門家として尊敬を得ている。
もう誰も彼のことを笑う者など居ない。
それに数年前には、ヨシミさんという日本人の女性と結婚もした。
二人は旅行で訪れた日本人の観光客に「フランダースの犬」の舞台となった街のガイドもしていた。
そう、全てが「フランダースの犬」という一遍の優しくも切ない物語が繋いでくれた絆なのさ。
彼はアニメのベルギー放映にも尽力し、物語のオランダ語版の出版にもこぎつけた。

「この本はついにアントワープに帰ってきた。100年間世界を旅したのち、日本人がベルギーに持ち帰ってくれた。」
と、彼の言葉が贈られている。

そして2008年1月、彼は日本人の妻を刺殺した容疑で逮捕された。

…時として人は実に皮肉な愛を生み出す生き物なのさ。

おや?どうしたんだい?皆、顔が引きつっているよ。
ね…ねぇ、キョン。
僕、今、何かおかしな事言ったかな?
あ、あれ???

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最終更新:2009年03月16日 19:39
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