43-946「原理主義」

 久しぶりにSOS団の団活がない週末、コミックの新刊でも調達しようかと駅前にふらりと出かけた俺は、
 偶然かどうかは知らないが改札から佐々木が一人で出てくるのを見つけ、思わず声をかけていた。
 でもって、今二人でいつもの喫茶店に向かい合って座っているというわけだ。
 いつものように四方山話に花を咲かせているうちに、佐々木がふとこんなことを言い出した。

 「キョン、原理主義あるいはファンダメンタリズムというものを知っているかい?」
 「あーどっかで聞いたような気がするな。ああ、あれか、アルカイダとか、テロとか」
 「うん、それはイスラム原理主義というものだね。元々はキリスト教根本主義というプロテスタントの  
  一派が主張したものに由来するのだけどね」
 「で、それがどうかしたのか?」

 佐々木はときどきコーヒーをすすりながら、小一時間かけ、一通り原理主義について講義してくれた。
 「さて、キョン、君はこのような考え方についてどう思う?」
 「そうだな、まず上から目線なのが良くないだろ。それに自分達は絶対に正しいと思い込んでて、  
  自分達の意見を聞き入れない奴はバカだって思ってるわけだ。そんなことを思ってる奴の意見に  
  説得力なんかねえな」
 「表現の仕方はともかく、僕も君の意見には同意するね」
 「あと聖書の話だが、一字一句書いてある通りに理解するとかいうのもおかしいだろ。俺だってあれは
  何か比喩みたいなものが含まれてると分かるぞ。そもそもあれは書かれた時点でああなっていたって  
  だけで、元々どうなってたか分からんし、何度も翻訳重ねたら意味がずれてたりもするだろ。  
  しかも原典に回帰しろ、ちゃんと読めとかいってる割には、明らかに解釈間違ってたり、てめーの  
  勝手な妄想垂れ流してたりしてないか?」
 「くっくっく、君は相変わらず素晴らしい聞き手だね。そこまで的確な指摘をするとは思わなかったよ」

 佐々木は講義の成果に満足したのか、カップの底に残ったコーヒーを静かに喉に流し込むと、通りを
 往き来する人の流れに目を向けた。
 「キョン、僕が思うに、機関と組織の争いもこの原理主義に起因するんだ。自分達が崇める神が唯一絶対で  
  他の神的存在を認めない不寛容な精神に加えて、力――能力とか権力とか財力とか――を独占したいと  
  いう世俗的な欲もからんでいると僕はみている」
 「何やらえらくケツの穴の小さい話だな……おっとすまん」
 もう少し綺麗な言い方をすればよかったと思ったが、口から出てしまったものは仕方がない。こりゃまた
 佐々木にレディの前で云々とばかりに皮肉めいた指摘をされるなと俺は覚悟したのだが、意外にも佐々木は 肩を竦めて頷いただけだった。
 「同じ言葉を僕の口からは言えないが、君の指摘には全面的に同意するよ。物事を相対的に捉えたり、  
  多様な意見を認めつつ共存する方法を考えたり、自分達だけで独占せず皆で分かち合うようにしたり  
  すべきだと思う。争いごとはこれができないために生ずることが実に多いんだよ。  
  ただ、一つだけ困ったことがあるんだ」
 「何だ?」

 佐々木はゆっくりと俺に視線を戻し、大きな瞳でじっと俺を見据えながら言った。
 「恋愛においては今と逆のことが言えるんだよ」
 「?」
 「自分が愛している人が絶対なんだ。他人がその人にする評価も認めないし、ましてやその人を愛することも  
  許せない。その人を独占したいと思うのが恋愛なんだ。この点において原理主義者を笑うことはできない。  
  だから僕は恋愛は精神病だと言っていたんだよ」
 「なるほどな……で、何で過去形なんだ?」
 佐々木は一呼吸というには少々長い間を置いてから答えた。
 「どうやら僕は精神病にかかってしまったらしいんだ」
 「は?」

 わけが分からん。しかも何で佐々木の奴、顔を赤くしているんだろうな。
 「困ったことに、それだけではすまなそうなんだよ。事の次第と成り行きによっては世界の運命すら左右する
  かもしれない。キョン、僕の言っている意味が分かるかい?」
 「いや、良く分からんのだが」 佐々木は何故か目を閉じて大きく溜息をつく。
 「うん、やっぱり相変わらず君は君だね……さて、そろそろ夕方だ。帰ろうじゃないか」

 佐々木があっさり立ち上がったので俺は伝票を手にして後に続き、会計を済ませた。SOS団全員に
 奢ることを考えたら、このくらい安いもんだ。
 喫茶店を出ると何故か佐々木が腕を組んできて、家まで送って欲しいとせがむので、特に用事もなかった
 俺は佐々木を自転車の後ろに乗せて自宅まで送って行った。

 まさか、喫茶店から駐輪場までの一部始終をハルヒに目撃されており、そのせいでこの後一悶着どころでは
 ない事態になるとは、このときの俺は知る由もなかったわけだ。

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最終更新:2009年08月17日 11:41
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