42-711「それはちょっと違うんじゃないか?」

 今、俺と佐々木はいつもの喫茶店で向かい合って座っている。
「なあ佐々木」
 全部言い終わらない内に、
「ああ、そうだった。 話というのはね、僕が口に出すのは可笑しいと思うのだが、笑わずに聞いてくれ」
 いやそういうことじゃ、と言い返そうとしたが、佐々木の眼は本気だった。 ちなみに本気と書いて『マジ』と読む。
「ずばり……その……か、か…」
 珍しく佐々木が口籠っている。
「か、なんだ?」
 佐々木は、俺の目を見て深呼吸をして、こう切り出した。
「可愛さ、ということに関してなんだが……」
 突然……突然何を言い出すかと思えば…。 佐々木もそんな年頃か?
「ああ。 それで、どうしたんだ?」
 とりあえず、聞こうじゃないか。
「最近の男性は女性の容姿を重視するようになっているのではないかと思うんだ。
 元々、花や鳥は自らの美しさで異性を惹きつける。 とは言っても、匂いやダンスも使用されるけどね。
 動物は、強さで雌を勝ち取るものが多いかな。
 では人間は、ヒトは、どうだろうか。
 おそらく、元々は人も強さで雌、もとい女性を惹きつけていたと思うんだ。
 それが、高度な知能を持ち、文明を築き上げたことでその基礎が崩れ始めた。 否、変容を見せ始めた。 良い意味でね。
 肉体や知能が、進化する内に個々の得意不得意ができてしまったから、もしくは興味を持つ分野が出てきたからだ。
 そして世界中に多様な民族が生まれ、それぞれ違う容姿を持つようになった。 もちろん日本の地にも人々はやってきた。
 しかして日本はその国風からか、勤勉な男性は女性からの人気を多く集めた。
 だがやはり、どの国でもどの時代でも、端正な男性または女性は異性から人気が出た。
 この辺りは割愛させて頂こう。
 そして現代──やっぱり男性は美男子もしくは紳士的な者、女性は可愛いもしくは美しい者が人気が出る。
 たとえ性格がどうであれ、だ。
 僕は、ずっとその事が気にかかっていた。 だから顔だけを見て告白してくるだけの男の子を受け入れはしなかった。
 どうして裏で陰口を叩いているような子が人気が出るのか。 答えは簡単。
 その相手も同じだからだ。 そしてその親も、その子もそうなるだろう」
 ここでふう、と一息。 その顔は熱弁の所為か淡く朱に染まっている。
 少し間が空き、俺が一言邪魔を入れるのもなあと発言を躊躇っていると、再び佐々木の口が開いた。
「その中で堂々巡りを繰り返し、苦しんでいた僕はついに……僕…は…『恋』を……した」
 なにぃぃぃぃぃ!?とはさすがに言わないが、恋という言葉を少し強調したのは気のせいか。
「以前僕は君に『恋は精神病の一種だ』と言ったことがあるね。
 あれは別に恋が病気だから悪い物だと言ったわけではないんだ。 皮肉は込めていたけどね。
 少し意地を張って、馬鹿馬鹿しい事のようなニュアンスで言ったかもしれない。
 だけどあれは、恋は精神病だから周りが見えなくなったり、自分が傷ついたり他人を傷つけたりしてしまうという意味で言ったんだ。
 決して馬鹿にしていたわけではない。
 話を戻そう。
 僕が恋をした人物だが、その周りには驚くほどに容姿端麗な人々ばかり。
 ただ彼は、今時珍しい硬派な人物で──それなりに軟派な所も有りはするが──綺麗だからという理由で我を見失ったりはしなかった。
 僕はさらに惹かれた。 だけどその女性たちは、性格的にも魅力的だった。
 …僕は自分の事を面白くないと思う。だから焦ったというか、考えた。 諦めかけもした。 どうしようもなかった。
 君は明らかに鈍感そのものだ。 だからはっきりと彼女らを好きになってはいないようだけど、惹かれているとは思う。
 あの3人だけではなく、あの涼宮さんに対抗できる唯一の人物──鶴屋さんと言ったかな?──にも魅力を感じていると思う。
 だからとりあえず、自分の変えられる部分を見直してみたんだ」

 途中から話の行き先が自分であることが明らかになったが、佐々木は気づいていないようだ。
 ただ、どこか上の空の佐々木の言わんとしている事は何となく分かったような気がする。
 気がするだけかもしれないが、1つだけ訂正しなければならないことがある。
「佐々木」
 佐々木が少し間を置いたので、俺が話してもいいと解釈し話しかけたが、いいのかどうかは分からない。
「なんだい?」
 聞き返したということは了承が下りたということだろう。
「お前は自分に魅力がないようなことを言ってるが、俺はそうは思わんぞ」
「えっ」
 佐々木が少し驚いたのを見計らって、言葉を続ける。
「佐々木は、十分魅力的だと思うぞ」
 沈黙が流れること数十秒。 まずい……調子に乗りすぎたか。
「くっくっ…。 どこが、というのは言わないんだね。 全く、君ってやつは」
 どこが、とか恥ずかしくて言えねえよ。
「おや? 君もそのような事を恥ずかしがるのかい?」
 いつもの悪戯な瞳で尋ねてくる。
 そりゃ、俺にだって恥ずかしいものだってあるが。
「くっくっ…。 いや、今日は話を聞いてくれてありがとう」
 面白そうに笑いやがって。 さて、そろそろ切り出してもいい頃合いか。
「なあ佐々木。 可愛さを求めるのはいいんだが、その……」
 ここまで言って言葉に詰まる。 なんと言うかその、今時の高校生には言葉にしづらいのだ。

 沈黙。
 沈黙。
 沈黙……の後に、不思議そうに見つめる佐々木を見て、ついに──

「ゴシックロリータは、ちょっと違うと思うぞ」
 佐々木は、『あっ』って顔をした。
「いや、これは……その……気の迷いというか……だね…」
 可愛いんだけどな、すごくいいんだけどな、違うと思うんだよ。
「佐々木はもともと容姿端麗ってやつだろう。 そんな事しなくても、十分じゃないか?」
 そう言うと、佐々木は少し元気になって『そ、そうかい? それじゃあもうちょっと頑張ってみようかな?』なんて言い出した。
 いや頑張らなくていいから。 それより勉強しないといけないだろ?
「暇があったら俺にも勉強を教えてくれないか?」
「喜んで承るよ」
 快くOKをもらった。
「それじゃあそろそろ帰るか」
「そうだね……」
 恥ずかしそうに立ち上がった佐々木に改めて見惚れ、こんなことしてる場合じゃないと自分の視線を引きはがす。
 やはり恥ずかしいのか顔を伏せる佐々木に、前が見えないだろうと手を差し伸べ、指先で絡め、歩き出す。
 なんかいい事ありそうだ、と青空に思いを馳せるのも束の間、ゴスロリ服の佐々木を中心に人だかりができ始めた。
「佐々木……お前よくその服でここまで来れたな……」
 改めて感心する。 ……実は佐々木って、ものすごい度胸の持ち主なんじゃないか?
 佐々木の新たな一面を見つけた瞬間であった。


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最終更新:2009年10月17日 17:43
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