43-421「佐々シャミ」

佐々木は唐突に言った。
「僕は猫だったことがあるんだ」
‥‥‥。は?
「だから、僕は猫だったことがある」
‥‥‥。そういえば、こいつは中学のときにもこんな冗談をよく言っていたな。
僕は鳥なんだ、なんて言ってな。そこから見えるもの、感じること。そんなことを詳細に語っていた。
それがあまりにリアルで、びっくりすることもあったが、佐々木のことだ、表現力があるだけなんだ、将来は作家にでもなればいい、とか俺は思っていた。
「高校生になっても、そんな冗談を言うんだな」
大人の冗談にしてはシュールすぎるぞ。まあ、まだ高校生だけどな。
「いや、冗談じゃない。というか、正確には冗談じゃなかった、とでも言うべきかな」
また、何やらわけのわからんことを言い出したな。
「今の君なら信じてくれるだろうと思ってね。中学の時に言っても、頭がおかしい女だとしか思わなかっただろう?」
そりゃ、そうかもしれんが、今の俺だって十分にお前の頭の心配をしているぞ。
「いや、今の君は真実を受け入れる力がある。
なぜなら、涼宮さんと世界を共有することによって、君の思考はまさにコペルニクス的転回を経験したはずだからね」
確かに俺の思考がかなり柔軟になったことは間違いないだろう。
今の俺は宇宙人も未来人超能力者も信じられるくらいに寛容な人間だ。
「なら、僕の精神が動物に憑依できると言っても、信じられるんじゃないか?」
それとこれとは話が別だろう。そんなどっかの昔話みたいなこと、いきなり信じられるか。
「そうか。じゃあ、信じられるように証拠を挙げていくしかないようだね。
僕はシャミセンの中に入って、言語を操ったことがある。覚えはあるかい?」
シャミセンが言葉を話したこと、そんなこと忘れられるわけがない。あれは文化祭の自己制作映画をとった時の話だ。
たまたまハルヒが捕まえた野良猫のシャミセンは、なんと難しい言葉を巧みに操っていたのだ。
というか、佐々木。なんでお前がそのことを知っている。
そうか、お前、北高の文化祭に来て映画を見たんだな?そういえば作中でもシャミセンが話すシーンがあった。
長門の腹話術ってことになってたがな。
「残念ながら、そうじゃない。僕は去年の北高の文化祭には行ってないんだよ。知っているのは、僕がしゃべったから。それだけだ」
その後も佐々木は部外者が知り得ないようなシャミセンについての情報を滔々と語った。
「これで信じてもらえたかな?」
む・・・。まあ、信じるしかない・・・な。だから、シャミセンはあんな難しい言葉を使っていたんだな。
佐々木が話していたのだとすれば、納得がいく。
「君は僕の閉鎖空間を見ただろう?」
ああ。灰色で穏やかな閉鎖空間だったな。佐々木らしいって感じの。
「そうか、君は僕をそんな風に見ていたんだね。少しがっかりだよ」
佐々木はうつむいてしまう。
え・・・、ご、ごめん。
「うん、まあいいよ。
で、率直に言うと、あの時の僕は精神を飛ばしていた。
つまり、心が空っぽだったんだ。あの閉鎖空間は、中身が空っぽの入れ物だった。
君に心を覗かれたくなかったからね」
精神を他の動物に飛ばして、佐々木自身の心は空っぽだったってことか?
「そういうことだ。そして、君が現実世界に戻ると同時に自分の心も戻したわけだ。
あんな、心になんの動きもないような人間がいるわけないだろう?」
それはそうかもしれんが。でも、お前ならありうるかと思ったんだ。
「そんなわけないよ。今だってほら・・・・」
佐々木は俺の手を掴むと、自分の心臓、つまり胸に押し当てた。
「こんなに心臓が早く動いているのに。僕は君と話すだけでこうなっちゃうんだよ。
顔に出ないだけなんだよ。
中学時代からそうだった。ねえ、なんで君は気づいてくれなかったんだい?
僕はずっと・・・・」
佐々木の眼には涙が薄く光っている。こんなに取り乱した佐々木を見るのは初めてだった。
「俺もずっとお前のことが好きだった」
俺だって、クールな男子高校生みたいなモノローグをやってるけどな。
こんなのは読者向けのジョークみたいなもんなんだよ。
朝比奈さんだって、ハルヒだって、長門だって、好きだったさ。ああ、友人としてはな。
でも俺の心の奥にはいつも同じ顔が笑っていた。
佐々木、お前だ。
俺だって、中学生のときからお前のことが好きだったんだよ。
お前があまりにサバサバしてるから、脈なしだ、そう思った。だから言えなかったんだ。
「一回しか言わんぞ。よく聞けよ」
佐々木はコクリと頷く。
「佐々木、好きだ」
そして、佐々木の肩を抱き、唇を合わせた。



そこは見慣れた教室。中学3年の教室だ。
「起きたかい?まだ、昼休みだ。よく眠っていたね」
佐々木が言う。
ああ、起きたよ。なんか、すごい夢をみていた気がするんだけどな。
ハルヒ・・・?とか、シャミセン・・・・?とか。
なんだっけな。思い出せねえ。すごい重要な話だったはずだ。けど、重要だってことしか思い出せん。もどかしい。
「なんか愉快な夢でも見ていたのかい?そうだ、今日は僕も夢をみた。
僕は鳥になるんだ。そして、学校の外で、優雅に羽ばたきながら君を眺めるんだ・・・・・・・」
やれやれ、また電波な話を佐々木がしはじめた。
でも、なんだろう。
今日は、少しだけ、信じてやってもいい気がした。



fin
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最終更新:2009年10月21日 23:46
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