あれはシルバーウィークとやらいう連休のド真ん中のことだった。
大型連休に浮かれたハルヒの奴が連日SOS団の皆を連れまわし、
ヘトヘトになって帰宅する途中で久しぶりに佐々木と出会ったのだ。
帰り道を疲れた足取りでたどりながら、それぞれの近況や、SOS団の愚痴など、
他愛もない会話を俺は佐々木と交わしていた。
「黄金週間がゴールデンウィークなら、白銀週間はシルバリィウィークになるかと思うのだけれど、
シルバーウィークで本決まりのようだね。
日本人は形容詞と名詞の区別をあまりしないというのも、思えばおかしな話だね、キョン」
そう言ってくっくっと笑う佐々木に、ふと何の気なく、
「そういや今日って何の祝日だっけ?」とたずねてみた。
佐々木は俺の顔のあたりに目をやって、小首を傾げてみせる。
それが普通の人で言えば、「ん?」と相槌をうつようなしぐさだということは、
中学時代から知っている。
「やれやれ、キョン。君は今日が何の日かもわからずに、でも祝日だけは満喫したというわけだね。
典型的な大衆の行動様式、と言われて反論できるかい?」
そんな風に切り返してみて、けれどすぐに視線をやわらかくして微笑む。
「なんてね。今日は敬老の日だよ。
以前は9月15日が敬老の日だったけれど、「ハッピーマンデー」なる珍妙な仕組みのおかげで、
9月の第3月曜日に移ったのだよ。
つまりキョン、君はこの連休中にでも、御祖父母に電話のひとつもかけるべきだということさ」
ああ、それで今日が何の日か、やけに印象が薄いんだな。
そう納得して頷く俺に、佐々木は弾んだ声で続けた。
「ついでに言えば、9月21日というのは、SF小説の祖H・G・ウェルズや、
ホラー小説の大家S・キングの誕生日でもあるね。
後は有名どころといえば、「惑星」で有名な作曲家のホルストや、
少々古いけれど、宗教改革で名を後世に残した、ジロラモ・サヴォナローラの誕生日も今日だったかな。
忌日で言えば、宮沢賢治の亡くなった日ということが一番有名じゃないかな?」
佐々木は頭の中を整理するように、人差し指をしなやかに振りながら、諳んじるように語る。
いや、佐々木、そこまで聞きたかったわけでもないんだが。
しかし何故そんなことまで知っているんだお前さんは。
「こんなもの、グーグルトップページなり、wikipediaなりをざっと眺めれば3分でわかることだよ?」
いやいや。普通そこまで調べないから。
俺が顔の前で手を振ると、内心の呟きまでも聞き取ったかのように、佐々木はくっくっと笑う。
その笑みの途中で、佐々木は何かを思い出したように笑みを止め、瞳をきらめかせた。
まーた何か思い出したらしい。
「そう言えばキョン、君は確か、
『サンタクロースなんて、ものごころついた頃から信じていなかった』と言っていたね?」
あれ、そんなこと佐々木に言ったっけ?
「うん。中学時代に何度かご高説を拝聴した記憶があるよ」
よく覚えてるもんだな、そんなつまらん話。
「君との会話で、つまらないものはなかったよ、キョン」
すごいな。俺なんかお前に教わった雑談、半分くらいは忘れてる気がするよ。
やっぱり頭の出来が違うんだろうな。
そう言うと、なぜか佐々木はやけに不機嫌そうに眉をしかめた。不肖の聞き手ですまんな。
「それで、話の続きだけどね。
1897年のニューヨーク・サンという新聞に『サンタクロースは実在するのか』という社説が
掲載された日としても、9月21日は有名なんだよ」
うわ、うさんくせえ。電波系の新聞かソレ。
「まあ、タブロイド誌らしいけど、そこまで言わなくてもいいだろうに」
佐々木はちょっと眉をしかめて俺を軽くにらみながら、それでも大して気にした様子もなく続ける。
「当時8歳のヴァージニアという女の子が、友人に『サンタクロースなんていない』と言われて、
サン新聞にサンタクロースはいないのか? という投書をしたんだ」
小学校2年か。えらい素直というか、まあウチの妹もそれぐらいの頃だったらやりそうな気はするが。
「それに応える形で、論説委員のフランシス・チャーチが掲載したのが、
『サンタクロースは実在するのか』という記事なんだよ。
僕はね、キョン。アメリカという国の善なるものが全て、この記事に詰まっているようで、たいそう好んでいるんだよ」
今日一番の大きな笑みを浮かべると、佐々木はその記事をかいつまんで話してくれた。
『--ヴァージニア、
この広い宇宙では、人間は小さな小さなものなんだ。
私たちには、この世界のほんの少しのことしか分からないし、本当のことを全て分かろうとするには、
まだまだ時間がかかるんだ。
実はね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだよ。
愛や、思いやりや、いたわりがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、
愛もサンタクロースも、私達に輝きを与えてくれる。
もしサンタクロースがいなかったら、ものすごく寂しい世の中になってしまう。
ヴァージニアみたいな子がこの世にいなくなるくらい、とても寂しいことなんだ。
サンタクロースがいなかったら、無邪気な子どもの心も、詩を楽しむ心も、人を好きになる心も、
全てなくなってしまう。
世界でだれも見たことがない、見ることができない不思議なことは、本当の所なんて、誰にも分からないんだよ。
不思議な世界には、どんな強い人でも、どんな強い人がたばになってかかっても、
こじあけることのできないカーテンみたいなものがあるんだ。
無邪気な心や、詩を楽しむ心、そして愛だとか、人を好きになる心だけが、そのカーテンを開けることができるんだよ。
そして、とても美しく、素晴らしい世界を見たり、描いたりすることができるんだ。
嘘じゃないかって?
ヴァージニア、いつでも、どこでだって、これだけは本当のことだと言えるよ。
サンタクロースはいない? いいや、いる。ずっと、いつまでもいる。
ヴァージニア、何千年、いやあと十万年たっても、
サンタクロースはずっと、子どもたちの心を、わくわくさせてくれると思うよ』
「微笑ましい、とか偽善的、と切って捨てればそれだけのものかもしれないけれど、
そうしたものをマスコミに携わる人間として守る、というのが、とても大切なことだと思うんだよ」
そうか。……うーん、俺は何かこう、あんまり納得いかんなあ。
こういうこと教えられた子供が大きくなって、却って傷つくような気もするんだ。
「そういう年頃になれば、大人たちが自分と真摯に向き合って、大切にしてくれたことも
分かるんじゃないかと僕は思うけどね」
そんなもんかなあ。
「君の場合、他の子供よりも、サンタクロースに対する憧れがあって、
それを裏切られたショックへの対処として、『最初からサンタクロースなんて信じてなかった』
と自分に信じさせたような気がするよ?」
やや悪戯げな光を瞳にやどして、佐々木はそんなことを言う。
勘弁してくれ。俺はもともとそーゆー熱血タイプじゃないんだって。
「本当かね? 長年そうしたポーズをとり続けてきたところに、ある日突然、
『サンタクロースも神様も宇宙人も未来人も実在しました。それも自分のクラスメイトの中に』
などということになったので、表面は呆れた様子で、でも内心うれしくてたまらずに、
そこが底なし沼であろうとなかろうと、君は両足を揃えて飛び込んでいったんじゃなかったかな?」
やーめーてーくれー。
「今風に言うとツンデレという概念かな?
今までずっと表面上拒絶し、内心求めてきたものが手を差し伸べてきたものだから、
口ではなんやかや言いつつも、それに夢中になってしまうわけさ。
中学時代の友人に連絡をとることも、1年もの間忘れてしまうくらいにね」
いやそれは確かにすまんかったから、もうそのへんにしといてください佐々木先生。お願い。
「だからね、キョン。普段からチャーチ氏の記事のような余裕ある心持ちでいれば、
本当に未知の物が目の前に現れた時でも、少しは落ち着いて対処できるのではないかと、
僕はそんな風に思うのだよ」
講義はこれでおしまい、とでもいうように、佐々木は掌を広げて締めくくった。
掌を追うように視線を動かすと、いつの間にか自宅のすぐ近くまで来ていた。
「では、キョン。また近いうちに」
そう言って、佐々木は律動的な足取りで去っていった。
何か、最後の方は婉曲に説教されまくったような気がする。具体的に何がどうとはいえんが。
うーむ。
連休明け、部室に入ると、古泉が妙にやつれた顔をしており、
朝比奈さんがいつも以上にわたわたした態度でこちらを見る。
また何かあったのか。そういや授業中、ハルヒがやけに静かだったが。
団長席の方を見ると、我らが団長殿が、ホームページのプリントアウトらしきものを、
やけに平板な表情で黙読中である。
たまたまこちら側にヘッドラインが見える角度だ。えーと何、
『サンタクロースは実在するのか』
…………
……見てたんかハルヒ。OH、SHIT!
古泉がなにか目線でサインらしきものを必死に送ってきている。
ああ、ああ。言いたいことは分かったよ。嫌という程。
助けを求めて長門の方を見やれば、こちらもやけに平板な表情で、
「サンタVSスノーマン」という映画のパンフレットに視線を落としていた。
長門、違う。それ違う。
佐々木よ、こういうときに落ち着いて対処できる心構えとか薀蓄とか、
何でもいいから出前で頼めないものかね。できれば1秒以内に。
ああ、まったく。やれやれ。
おしまい
.
最終更新:2009年10月29日 00:16