元旦
ペタな行為は無粋だ、と人一倍嫌う僕がなぜ、巫女服を着ているのかと言えば、
それはもう「キョンのハートを鷲掴み! ササッキーのお正月に大逆転作戦!!」
のために他ならない。
おほん。元々佐々木家は、沙沙貴神社を氏神とする由緒正しき佐々木源氏の末裔。
僕が巫女服を着て、神社で活動するのは、メイドだの、悪い魔法使いだのの
安っぽいコスプレなどではないのだよ。おほんおほん。
まあ、僕が居るのは、沙沙貴神社ではなく、キョンが毎年、妹ちゃんと一緒に
初詣にやって来る、地元の神社なんだけどね。
さて、中学の学区が違う涼宮さんはもちろん、SOS団のメンバーは、ここには来ないはず。
神社というのはそういうものだからね。自分の地元の神様にお参りする。それが正しいお参りだもの。
人の心が結びつきやすいのは、クリスマスなどという外来のイベントではない。
伝統的なお正月と、同じ地元という共有感パワーなのだと、彼女たちに思い知らせる
絶好のチャンスだからね!
母親に頼み込んでここの神社のバイトに潜り込んだのはいいんだが、
ちょっと人が多すぎるよね……。不景気だから神頼みというのも何だか現金な感じが
するのだけど、まあ仕方がないというところか。
ここは確か勝負の神様を祀ってあったような気が……。えい、もう細かいことはいいか。
僕の去年の記録によれば、キョンは元日の11:00(ヒトヒトマルマル)時頃に妹ちゃんを連れて家を出て、
途中のコンビニで妹ちゃんにホッカイロと温かい飲み物を買ってやり、
肉まんが食べたいとせがむ妹ちゃんをなだめつつも結局買ってやり……。
なんだ? 随分羨ましいじゃないか。僕はそんなにキョンに甘やかしてもらったことはないぞ!
いや、妹ちゃんと張り合っても仕方ない。落ち着くのよササッキー。
んで、この神社に来ると、まずお清めの場所で手を洗い、参拝の列に並んでお参りをして、
13:00時頃にお札とおみくじを買いに来るはず。
え? 嫌だな。去年の僕は受験生だよ。キョンの後をつけるなんて真似をするわけが……。
ああ、どうせもうわかってるんだろ。……去年のお正月は寒かったよね。
妹ちゃんがキョンにくっついたまま離れないもんだから、声をかけるタイミングがなくて、
僕は一人でお参りをして、そのまま家に帰ったんだ。
その後、合格祈願の絵馬をキョンの、ああ、ほとんどキョンのことだけを思ってお参りして奉納したんだ。
そのお陰でキョンは合格したに違いないよ。まったく何が涼宮さんが神様だって言うんだぷんぷん。
ウンウンって、頷いてくれるのは嬉しいんだけど、長門さんはそこで巫女服まで着て何をしてて、
そして僕のモノローグを全部読んでるように相づちが打てるのはなぜなのかな?
「アルバイト。監視とも言う」
ああそうかい。僕はお正月でも監視付きなんだね。もういいよ、君たちの好きにすればいいじゃないか!
「大丈夫。借りは返す」
え? どういう意味?
「あなたには借りがある。今日はそれを返したいと考えている。情報統合思念体は私の行為を推奨していないが、
私という個体は、あなたとの外角低めのストライクからボールになるスライダーでの真っ向勝負を希望している」
……それは真っ向勝負とは言えない気が。
まあいい。どういう風の吹き回しか知らないけど、好意はありがたく受けようじゃないか。
「ただし、条件がある」
ん? なんだい? やっぱりフォークで勝負する気かい?
「今日、何があったとしても、彼はあなたとのそれを記憶しない。あなたに関する記憶だけが抜け落ちる」
……。
「でも、あなたと話す内容や出来事は本当に起きたことであり、彼の言葉も本物。
今、あなたとの記憶を残すのは危険。これはエマージェンシーモード」
で、僕はどう返事をすればいいのかな?
「あなたに任せる。春になればその時は来るが、これはあなたへの私からの感謝の印。
今日は彼をあなたと少しだけ共有する」
僕は共有する気はないけど、まあいいさ。
「来た」
!?
キョンだ。例によって妹ちゃんと二人連れか。
ああもう、口の回りにソースをつけて、今年は焼きそばを買ってもらったのかい?
妹ちゃんたら、キョンに口を拭いてもらってご機嫌そのものじゃないか。
僕の持ち場は順路に従えば、お参りを済ませた後の参拝者が自然と足を向ける社務所。
お札や絵馬、おみくじなんかの売り場がある。キョンのスケジュールに合わせて、
13:00には昼休みに入れるように、遅番にしてもらってもいる。
キョンがお札を買いに来たら、それを渡してそのままお昼休みに入る。うん、完璧だ。
「私も遅番」
あー、長門さん、さっきは借りを返すとか言ってなかったかな?
「窓口は3つある。彼がどの列に並ぶかが、最初の勝負」
よし、これが今年最初の運試しというわけだ。その勝負乗ろうじゃないか。
参拝者たちの列は神社に向かって伸びている。キョンは妹ちゃんを肩車して過ぎて行く。
「パパぁ、わたしもお賽銭投げるぅ」
「仕方ない子だなあ。前の人に気をつけて投げるんだぞ。母さん、この子に小銭を」
「あ、ちょっと待ってね。やっぱり五円玉だろうね。いい人とご縁がありますようにって。
ママもそうやってパパと出会ったんだから///」
「やめろよ佐々木。恥ずかしいだろ///」
ん? 夫婦なのになぜ佐々木?
……長門さん、人の妄想を勝手に覗いておいて笑うのは趣味が悪いよ。
「……それに気づくのはあなたと彼だけ」
ああ、僕もすっかり君の表情を読む達人と化してるみたいだからね……。
何をお願いしてるんだろうな。キョンのことだからどうせ大したことは望んじゃいないだろうと思うけど……。
ウンウンって、長門さん、いい加減人の思考を読むのは、
って来た!
ちょうど人の列が切れて、3つの窓口に人はゼロ。どの窓口にでも一直線。
キョン! 僕はここに居るよ!!!
あ、妹ちゃんが凄い勢いで手を振ってる。僕に気づいたのかな。
やあ、久しぶりだね。夏休み以来か……
あれ? 何でそっちに行くの? 僕でも長門さんでもなく、そっち……、あーーーーっ!!
みみみみみ、ミヨキチ!!! いやさ、発育過剰発情小娘2号! ぬかった、奴も地元か!!
キョンも凄い笑顔でミヨキチに見とれてる。長門さんも半ギレだ。
しかし、こ、このままじゃ。
僕は思い切って声をかけた。
「キョン!!」
キョンは少し驚いた顔でこちらを向くと、さらにまた驚いたような顔をしながら、笑顔を見せてくれた。
「なんだ、佐々木か。驚いたな。お正月だというのにバイトとはご苦労さんなことだな」
……こ、こらえるのよササッキー。ほぼ1年ぶりに交わした最初の言葉がそれかよ、とか、
何のために僕が神社でバイトしてるのかとか、そういうのをキョンが察するなんて絶対に無理なんだから。
僕が胸に去来して来る色々な気持ちを落ち着けようとしていると、
「しかし、あれだな。巫女姿は初めて見たが、似合うな佐々木。かわいいぞ(笑)」。
……この後、何があったのか、何を話したのか、実は良く覚えていない。
確かなのは、気がついたら僕は社務所の奥で横になっており、長門さんが横で座っていた。
「貧血。慣れない衣装を着ると、なりやすい。あなたが夕べ、1時間しか睡眠できていないのも原因」
そうか。僕はそれで倒れてしまったんだね。はあっ、何て意味のない……。
「あなたをここまで運んでくれたのは彼。つい5分ほど前までの15分間、
彼はずっと心配そうにあなたを見つめていた。
彼があなたの自宅に電話をし、25分後にあなたの母親が迎えにくる予定になっている」
……キョン。君の優しいところは本当に変わってないな。
「そう。彼はとても優しい」
そうなんだよ。だからつい何て言うか、許してしまうというか、憎めないというか……。
で、キョンはどこ? ちゃんと御礼を言わないと……。
「それは……、あの……」
……長門さんらしくないな。キョンのことだから、僕の着替えでも取りに行ってくれてるのかな?
「……5分前に彼の携帯電話に涼み……」
すとーっぷ!!! もういい。もういいよ長門さん。
キョンは僕を見て気づいてくれて、かわいいと言ってくれたんだ。
そんなの中学時代にだってなかった。僕は今、とても幸せだよ。
それに、今日のことをキョンは覚えていないんだろ?
「そう。彼の記憶にはあなたのことだけが残らない。しかし、彼の感じたこと、あなたにかけた言葉や態度は真実」
ありがとう長門さん。僕は今はそれだけでも満足なんだ。君にはわかってもらえるよね。
「春まで待って欲しい。その時は内角高めの釣り球で堂々と勝負できる」
長門さん、今度野球について、じっくりと話し合おうか。
さて、キョンは巫女服属性アリなのを確認。今日のこれはもらって帰ろう。
待っててねキョン。春までにはメイド服でもバニーでも何でも
君の好きな衣装が似合うササッキーになってるからね!!
完