66-445 星空の下で未来を語り合った話

「彼は、セワシ君だったのかもしれないね」
 ふと佐々木が言った。誰の事だ?
「藤原くんさ」
「面白いジョークだな」
 実際、喉奥で笑っている。ドラえもんだったか?

「そうだね。ところで彼は自称・朝比奈さんの弟であり、同時にキミの朝比奈さんの弟ではない、だったかな?」
「まあそうだな」
「これが真実なら未来は並行し二つ以上ある。そして両者はいずれ収斂されるらしい。朝比奈さんが失われる未来へね」
 笑えん話だな。その部分だけなら藤原に協力してやってもよかったんだが。

「そうだね。涼宮さんに協力を仰げれば良かったのだが」
 あいつは力を自覚してないからな。色んな意味でハードルが高い。
「だから僕に移そうとした」
 それでお前が壊れちまったら意味はねえよ。お前の夢には障害になるしな。
「くっくっ。気遣い感謝するよ」

「話を戻そう。つまり並行する未来は二つ以上あり、そして藤原くんはより収斂に近い未来から来たのだろうね」
「そう言えば言ってたな。「あなたから見た未来は、他の観測者から見れば過去」だと」
 藤原のバカの時代は、朝比奈さんのそれよりも後なのか?

「ドラえもんとは、のび太くんの子孫であるセワシ君が、自身の環境を変える為に過去に干渉する話だ。
 そして「のび太くんとジャイ子が」「のび太くんとしずかちゃんが」どちらが結ばれても
 最後にはセワシ君が生まれてくる」

「でもジャイ子と結ばれた場合と、しずかちゃんと結ばれた場合とじゃ、その後の人生自体は変わるんだよな?」
「そう。しずかちゃんと結ばれたのび太くんは幸せになり、結果セワシ君も幸せな人生を得る」
「どちらにせよセワシ君が生まれる、という事自体は変わらないのか」
「それが、藤原くんが言う歴史の交差点なのだろうね」

「藤原くんと朝比奈さんが姉弟である世界、他人である世界、どちらも共存し、やがて交差・収斂される」
 朝比奈さんの死もか。

「くだらねえ話だな。もっと幸福な部分が収斂すりゃいいのに」
「きっと誰か他人にとっては幸福なんだよ」
「本気で言ってないだろ」
「さてね。ただどんな形であれ『彼らが知っている世界』である方が望ましいだろう」
「世界そのものがおかしくなるくらいなら、個人なんか無視か」
「未来人は、私情を捨てて世界そのものを維持する為に過去に干渉するんだろうね」
 結果、誰かが不幸になるとしてもか。

「彼は、きっとそんな風に私情を捨てきれなかったのさ」
 なんせ失われるのは朝比奈さんだからな……おい佐々木、なんで人の腕をつねる。
「さあてね。だから彼は全てをゼロからやり直せる可能性を求めたんだろう」
「それがトンデモハルヒパワー様々って訳か……」
「そうだね」

「そして同じように世界に不満を持つ僕が「器」だったのも、きっと偶然ではないのだろう」
「佐々木?」
「独り言さ」

「彼ら未来人にとって、TPDDという技術は知恵の実だったのかもしれないね」
「なんだっけか。それ食って知恵を覚えたから」
「そう。余計な知恵をつけたアダムとイブは楽園から追放された」

「ところでキョン。現代における「葉っぱ」を脱ぎ捨て、アダムとイブごっこでもしないかい?」
「そこはさすがに聞き流すぞ親友」
「それは残念」

「知りすぎるというのは時として不幸だ。行動を縛ってしまうからね」
 なんとなくだが、佐々木は実感を込めているように思えた。

「TPDDを手にした彼らは、恐怖しただろうね」
「なんでだ。楽しそうじゃねえか」
「そうだね。初見のものは楽しい。だけど「過去」が歴史書の通りじゃなかったら?」
「歴史書とやらを疑えばいいだろう」

「質問を変えようか。過去に行ったらキミの父上が他人と結婚していたら?」
「俺が生まれねえじゃねえか」
「そうだね」

「でも、朝比奈さんと藤原くんが姉弟だった世界があるように、きっと無数の世界がある。
 それはいずれ収斂されるから、気にするほどのことはないんだ。
 でも、もし収斂されなかったらどうする?
 世界の根本と言えるものがだ」

「例えば、もし、キミのご両親が結婚する過去世界、その全て失われたどうなるだろう?」
「……どうなるんだろうな」

「きっとそれが未来人にとっての恐怖なのさ。もしかしたら自分達は消えるのではないか。
 そして万一そうなった時、当事者はそれを知覚する事すらないんだ」
「だから「まともな歴史」をどっかに作りたがるのか」
「そう。彼らはそれを「起こり得る」と知り、過去は修正されるべきものになったのではないかな?」

「TPDDを知った事で、連中は新しい強迫観念を持っちまったって訳か」
「そう。知ることが選択肢を狭めたのさ」
 それは未来にも言える事だからな。
「俺らにしたら迷惑な話だな。俺は藤原なんぞに人生をいじくられたくねえよ」
「きっと藤原くん自身もそう思っていたんじゃないかな?」

「それだけじゃない。自分の自由意志のつもりでも、それすら規定事項とやらだったら?」
「俺の行動も、実は気付かず誰かに強いられていたらって事か?」
 嫌だな。なんか気持ち悪ぃ。
「けれど未来人が歴史修正を行っている以上、それは起こり得る事態だ」

「キミの人生にだって分水嶺は限りなくあったはずだよ? 例えば中学時代の塾を選んだのはキミのご母堂だろう?」
 なんだよ。アレも実は未来人によるものだってか?
「そう。新聞チラシを入れ替えるだけでも歴史は変わっていたかもしれない」
「なんか気持ち悪いな」
「まったくだよ」

「まあそれでも僕はキミと仲良くなっていたと信じているけどね」
「否定はしねえよ。お前は俺の親友だ」
「まあほかの関係になった可能性はあるけどね」
「例えば?」
「さてね」

「更に言えばだ。TPDD、タイムプレーンデストロイドデバイスとは『時間平面を破壊する』デバイスだ」
「使うと歴史に穴を空けるんだっけか。……穴ねえ」
「思うに歴史が変化するのかもしれないね」
 TPDDで過去に来ると、その影響で過去のどこかが狂ってしまう?
「その再修正でまた穴が、ってか?」
「そう。藤原くんも言ってたね」
 キリがねえな。

「そも『穴が出来る』と知ったタイミングによっても話は変わってくるね」
「開発時点で知ってるからあんな名前なんだろ?」
「そうとは限らないよ」
 例えば、と続ける。

「開発成功後、しばらくは何も知らずにTPDDを使い続けた時代が有った、と仮定したらどうだね?」
「歴史に穴が開きまくるじゃねえか」
「そう。そこまでやってようやく気付いたのかもしれない」
「そこまでバカじゃないだろ未来人も」
「解らないよ。タクシーでの会話を思い出したまえ。彼は技術革新や『現代』を随分蔑んでいただろう?」
「……俺らの時代こそ、その『TPDDを無秩序に使って穴を空け放題にした時代』ってか?」
「そう仮定すると結構しっくりこないかい」
「まさか未だにその修正に追われてるとか言わんだろうな」
「僕に聞かれても困るな」

「まだあるよ」
 勘弁してくれ。
「未来人は直接過去に干渉できない。実際問題どうなのかは知らないがね」
「ああ言ってたな。だから過去人に修正をやらせるんだっけか」
 俺なんか何回やったっけ。
「面倒くさいな」
「ホントにね」

「そしてその全てを破壊する可能性こそ、涼宮さんの力なんだ」

 藤原からみれば、過去も未来も「規定事項」って言葉であっちこっち引っくくられた雁字搦めの有様なら
 そんな鎖を一度全部ぶっ壊して、何もかもゼロから始められるような
 そんな可能性が欲しかったのかもしれない。

「まっさらな、自分の意思で歩ける世界か」
「人間はね、自分と言うもの対し絶対の権利を持つ小さな神様だという言葉がある。でも彼らはそれすら許されない」

 古泉も言ってたな。
 地球人は地球人で知恵を働かせていると。
 そして藤原も同意見だろうと。

 あのタクシーで佐々木は察した。
 藤原は何も知らない、上の命令に従って居たんだと。

 そうやって、誰かの言うなりに歴史を動かすのが嫌だったんだろうな。
 しかもそれは自分の姉が失われる道への道筋なんだ。そんなのバカらしいに決まってる。
 古泉が現代で奔走するように、きっと本当は藤原自身も未来、「アイツにとっての現代」で奔走したかったんだ。
 でもそれは、TPDD後の「規定事項」で雁字搦めの世界じゃどうにもならないんだ。

「要は、彼は自由じゃなかったんだろうね。……だから彼は、自分の為に奔走しない人間がきっと嫌いなんだろう」 
 ハルヒとも意見が合うかもしれんな。
 まあ実際に会ったらハルヒ火山が大噴火するだけだろうが。

「キミは未来人の言う事に従い、歴史の固定化に協力してきたと聞いている。その事情も知らずにね」
 言って、背中合わせに俺に寄っかかる。
「だからキミは嫌われていたのさ。僕が嫌われていたようにね」
「俺は解った。だがお前は」

「藤原くんから見ればだが、僕も同類だよ」
 なんでだ。お前は逆に未来人に反抗していたじゃねえか。
「さてどうだろうね。ヒントは……そうだな。きっと僕はキミが思うほど立派じゃないという事かな?」
 お前が立派じゃないなら俺はゾウリムシか何かか。

「……あくまで想像の範疇だがな。俺はまだ朝比奈さん達を信じていてえよ」
「そうだね。これはあくまで僕の妄想にすぎない」
 放っておけば朝比奈さんが死ぬらしい。けど藤原の妄想や上司の嘘に過ぎない可能性もあるんだからな。
 言葉の上ならなんとでも言えちまうんだ。

「けど、なら何を信じればいいだろうな」
「解らないね。でもそれが現代人の強みなのさ。僕らは自分で未来を想像し自分で選択できる」
 きっとそれは藤原たちの時代にはロクに出来ない事だから。
「状況に流されてはいけない。未来を変えうる以上、自分の責任は感じて欲しい。常にね」
「それは誰の言葉だ」
「さあてね」
 未来か。

「そうさ。流されず可能性を求めよう。まだ、僕らは人生の半分も生きていないのだからね」
 呟き、佐々木はじっと頭上の星を見上げていた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年04月11日 14:33
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。