66-496「橘さんって本当に超能力者なの?」

「ねえ橘さん。ちょっと思ったのだけれど」
「なんです佐々木さん?」
 彼女はコーヒーカップを傍らに置き、妙に小難しい顔をして言った。

「橘さんって本当に超能力者なの?」
「え、そこからですか?」
 そりゃないですよ。
「だって私自身は閉鎖空間に入れないから、あなたの能力も実感できないし」
「ええ、まあそうですけど」
「それにSOS団の話なのだけれどね。あちらの超能力者の方は、涼宮さんの内面を的確に把握してらっしゃるそうじゃない」
「あ、もしかして」

「そうね。橘さんってあんまり私の事を知らないんじゃないかなって」
「うわそれ酷いです佐々木さん」
 佐々木さんの事なら以下略ですよ!
「あ、もしもし110番ですか?」
「それは勘弁してください!」
 テーブルから乗り出し、なんとか携帯から指を引き離す。

「だって、私が神様なんて柄じゃないって事もよく理解してなかったじゃない」
「それは佐々木さんならというか……それにその」
「何かしら?」

「その、高校に入ってからなんだかつまらなそうだったじゃないですか」
「もしもし110」
「だからそれやめて下さい!」
「ふふ、冗談よ」
 ほんとですか。

「……そんなに顔に出てたかしら」
「はい。ばっちし」
 佐々木さんはこてんと突っ伏す。きっと彼だって知らない無造作な姿。
 あの事件に嬉しい誤算があったとすれば、佐々木さんとこんな関係になれた事でしょうか。

 思慮はともかく行動力はあるあたしと、考えが深すぎてちょっと臆病な佐々木さん。
 どうもあたし達は相性が悪くなかったらしいです。

 春先の事件で「組織」は力不足を露呈し、頼みの綱だった未来人、宇宙人との関係も断たれて解散しました。
 それからは「神」を争う舞台から降りてひっそりと暮らしているつもりなのですが
 これはこれで充足感があるように思えるのです。
 等身大の暮らしって奴だからでしょうか。

 そういえば、いつか古泉さんは言っていました。
 自分たちの神様は、ホントは常識ある普通の女性なんだって。
 あたし達はそんなはずないって一蹴しましたけど、その対になる佐々木さんを見ていると何だか納得してしまいます。
 彼女だって、自制心って仮面を外したらただの普通の女の子だったから。

 理性の権化だなんて思っていたあたしはバカだったんでしょうか。
 あの事件での彼女の行動は、口とは裏腹にきっと誰よりも感情的だったんですもの。

「……なにかしら橘さん」
「いや可愛いなって」
 首だけ持ち上げた彼女に言ってやると、ぷいっとそっぽを向かれた。
 そっぽを向いたまま、呟くように問いかけてくる。

「だった、って言うなら今の私はどうなのかしら」
「楽しそうですよ。それなりに」
「それなりに?」
「はい」

「理由は解ってますよね」
「……訂正するわ。やっぱりあなたは超能力者よ。橘さん」
「はいはい」
 でも彼女はもう迷っていない。
 ずっと前に決めた暫定目標、大学に入るまできっちり勉強して基礎知識を蓄えておくって目標に向かってるから。
 レポートや論文を楽しめる日々、象牙の塔を目指し、勉強に勉強を重ねる姿に迷いは無い。
 一度決めたことなら、彼女はきっとやり通す。
 どんな甘い諫言にだって乗りはしない。

 そう、彼女は誰の甘い言葉にだって決して乗らない人なんだ。例えそれが自分自身の望みであったとしても。
 あたし達はそんな事にさえ気付かなかった。

 彼女は子供の無力さをきっと誰より知っている。
 自分を平凡以下と認定し、早く成長して、早く大人になって、自分の望みを叶えてやりたいと思う人だから。 
 子供時代を「成長する為の時代」と位置付けて、「いつか」を楽しみに出来る人だから。
 だから、その姿に迷いは無い。

 けれど、それだけじゃ疲れてしまうから。
 あたしは止まり木になった。だからかな、彼女は前より綺麗になった。

「ねえ、佐々木さん」
「行かないわよ」
 誰にとか何処にとか言う前に断言された。

「佐々木さん、あなたこそ実はあたし付きの超能力者なんじゃ……」
「そうかもしれないわね。ほら」
 口にスプーンを放り込まれた。クリームの甘い味が広がる。
「これ食べたかったんでしょう?」
「んん、もう、違いますよう」
 微笑を返す。

 佐々木さんはセンチメンタルな気配を漂わせたまま笑っている。
 ああもう、相変わらず四角四面な頑固者。だから疲れてしまうのだろうけれど、それも彼女のパーソナル。
 だから、あたしは今日も笑って話を聞くのだ。

「それよりこないだ言ってた話、聞かせてくださいよ。エンターテイメント症候群でしたっけ?」
「ごめんなさい。実はそれ私の造語なの」
 くすくすと笑いあう。

 あたしは橘京子。
 そうよ、あたしは橘だから。
 いつも変わらない常緑植物のように、橘の木のように、いつも笑っていてあげよう。
 このどうしようもなく鉄面皮で頑固で強情で四角四面で臆病で可愛いこの娘が、いつか素直になれますようにと。

「んん……、もうっ!」
 時には憤慨も織り交ぜながら、あたしは暫定の止まり木になろう。
 この頑固者が、いつか素直になれますように、いつか止まり木に休めますようにと。

■おまけ
「あ、このマーマレードちょっと変わってるけど美味しいですね」
「そうね。酸味が強いほうがジャムには向くって言うものね」
「へえ」
「美味しいでしょ。橘の実のマーマレード」
 ぶふっ!

「台無しです佐々木さん!」
「くっくっく♪」

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最終更新:2012年04月15日 14:48
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