「くく、思考は自由であるべきだと言うじゃないかキョン」
「くく、フリーダムとリバティは違うんだぜ佐々木よ」
意味不明な事を言いつつじりじりとにじりよる佐々木に対し、俺もまた何故かなんとなくじりじりと後退していた。
というかなんで俺はせっかくの休日の自室でまでこんな妙な問答をしているんだろうな?
『ほう。それで期末は大丈夫なのかい?』
『大丈夫さ、高校こそ塾に入れられないようにがモットーだ』
数日前そんなやりとりをしていたのは覚えている。
『おや? 僕との塾通いは不服だったのかな?』
『そうは言わんさ。けど高校生向けの塾となると電車を使わんと通えないからな、お前が良い例だろ?』
そうなったら小遣い制度が在廃の危機だと念押しされてんだよ。それに俺がいつまでも手のかかる奴のままだと思われるのも癪と言えば癪だ。
俺は俺でちゃんとそれなりに勉強するようになったのだぜ?
そうだ。そういうアピールをしたはずだ。なのに気がつけば『俺の自室で勉強会』なんて流れになったのは何故だ?
毎度の事だが佐々木には口で勝てたためしがない。
しかし、しかしだ。
『なるほどな。さすが進学校』
『解ったかい?』
隣に座るのはまだわかる。
『ああ、ちょっと待ちたまえ』
膝を寄せてくるのもな。膝つきあわせてって言うだろ?
『こうだよキョン』
ペンを握る手に、その、手を添えるのはちょっと、いや、俺は佐々木に性差を感じたりなんかせんぞ。
何度も言うようだが佐々木は佐々木だ。
『だからねキョン』
しかし俺の背後で膝立ちになって覗き込んでくるのはだな、なんというか、あたるというか。
『なあ佐々木?』
『くく、なんだい親友? それになぜ対面に座りなおすのかな?』
その辺を指摘したところまたも佐々木による佐々木論大会が始まり、俺の思考は奴の言葉の弾幕に…………
いやここで流されてはいかん。よくわからんが負けたらいけない気がする。
対面からじわじわとにじりよる佐々木に対し、俺が投げつけた抵抗が
『くく、思考は自由であるべきだと言うじゃないかキョン』
『くく、フリーダムとリバティは違うんだぜ佐々木よ』
そうやってじりじりとにじりよる佐々木に対し、俺はじりじりと後退しつつ儚い抵抗を試みたという訳だ。
というかなんで俺はせっかくの休日の自室でまでこんな妙な問答をしているんだろうな?
はい回想終わり。
「ほほう、どう違うんだったかな親友?」
「フリーダムとは人が元から持ってる自由そのもの、リバティは束縛からの自由、お前が昔言ってたろうが」
どうも最近のお前は「リバティにあろうとする」為の考え方というより、やたらフリーダムな方に突っ走ってないか?
そんなんじゃいつかどっかの団長みたいになるぞ。
『キョン、リベラルというのはラテン語のliber、つまり現代で言うところのリバティ、自由と同じ語源を持つ言葉だ。
その意味合いは時代や地域により異なるが、要は人は自分の意思を持つ、だから何者かに縛られることは無いという考え方だね。
権威主義や全体主義、社会主義と対応する言葉、そうした何者かに『束縛されることはない』という事。
それは束縛の存在を前提にし、そこからの解放を願う思考法と言えるんじゃないかな」
中学時代の佐々木の言葉がいいタイミングでフラッシュバックする。
我ながら器用な記憶力に敬服するぜ。
その言葉に佐々木はプレゼントを貰った子供のような笑みを返す。
「くく、その通りだよキョン。そしてキミのその記憶力は僕の中にあるfreeの語源、この場合、古ドイツ語のfrijazを刺激するね」
「あいにくだが古語なら国産モノだろうが俺の範疇外だ。ましてや古ドイツ語なんざ知るわけもねえぞ」
「無論そうだろう。だがエンターテイメント症候群のキミなら心当たりがあるのではないかな?」
ねえよ、ねえ。
「古ドイツ語、そう北欧の神話に出てくる『愛』を司る女神フレイヤもまたfrijazが語源なのだよ」
ああ確かに北欧神話ならゲームやらで出てくるな。しかし何の関係があるんだ。
「くくやはり婉曲に過ぎたか」
「なんか知らんが判じ物なら間に合ってるぞ」
するといよいよ佐々木がじわりと近寄りってきて
「ならばここは実力行使と」
「実力行使と聞いて!」
すぱん、気持ちよい音を立てて窓が開いた。
そこに居たのはもう二度と見たくもないと俺が思ってやまない立派な眉毛の
「誰が眉毛よこのキョロ介!」
「誰がキョロ介だこの眉毛!」
誰がどう見ても元1年5組学級委員長朝倉涼子であった。
あとそのアダ名をいつ鶴屋さんから聞いたんだ。
「……ええとキョン? ここは二階だったはずだが?」
ああそうか初見の佐々木は見ても判らんか。こいつはな。
「説明しようかと思ったが面倒だから帰れ朝倉」
「酷っ!」
瞬時に目と同じ幅の涙をたらたらと流す朝倉。
さすが宇宙人、器用な奴だ。というか前より感情表現の起伏がランクアップしてないか?
「ふむこの器用さと容姿と行動力、そしてキミとの気安さから鑑みて彼女も涼宮さん絡みの眷族なのかなキョン?」
お前の器用な推察力も十分その域だぞ佐々木。
「くく、賞賛と受け取っておくよ」
言いつつ佐々木は値踏みでもするように朝倉を見ている。
いや待て。朝倉がここに居るってことは。
「おい朝倉! まさか長門に何か」
「ええそうよ、エマージェンシーモード」
なんだと!?
「ああ心配しなくていいわよ」
「何言ってやがる。お前みたいな殺人鬼を呼び出すような緊急事態に」
しかし「失礼ねえ」と言いつつ、朝倉は2003年に全機退役した某超音速旅客機も真っ青な勢いの俺を制止する。
「乱入したい状況、けれどここで割り込むのは自分の役柄じゃない、その点では以前と同じなのだけれど」
歯切れの悪い事を言い、朝倉は言葉を捜すように中空を見やる。
「今回は、言ってみれば心のエマージェンシーなのよ」
なんか知らんエマージェンシー、緊急事態なら
「ああ成るほど。だいたい解った」
「佐々木?」
「つまり長門さんのジレンマ、葛藤する心が『自由に活動できるあなた』を彼女の代替として呼び出した、そういう訳かしら?」
「あら、随分察しがいいのね? 聞いていた以上だわ」
お前ら俺を放っておいて分かり合うな。
アイコンタクトするな。
説明しろ説明を。
「いや十分に説明したつもりなのだが」
佐々木はどこか困ったような顔をしている。
「なんなら長門さんに今すぐ電話してみたまえ。きっと笑って対応してくれるだろう」
「長門さんは笑ったりするような子じゃないけどねえ」
「あらそうなの?」
「そうよ」
なんでお前ら分かり合ってるんだ。
仮面優等生つながりとでも言うつもりかお前ら。
「さてね?」
「困った人が相手だからじゃないかしら?」
「ホント困った人ですね」
それから同時に「うふふ」と三人揃って笑い会う。
三人?
「けれど今回の行動も例によって独断専行よ。有益だったのは認めますが、これだけ行動すれば十分でしょう?」
「あら出やがったわね穏健派」
いつの間にやらそこに居たのは「穏健派宇宙人」こと生徒会の喜緑さんであった。
彼女はむんずとばかりに背中側から朝倉の襟をつかむと
「ではごゆっくり」
そのまま朝倉を引きずり窓の外へとすっと姿を消した。
俺と佐々木は窓に駆け寄ったものの、当然ながらその先にはただの日常風景が広がるばかりであった。
なんだったんだあいつら。
「場を乱したかったのではないかな?」
「確かに思い切りかき乱していきやがったのは事実であるが」
なんだヒマなのか宇宙人。そう言った俺をみやり、佐々木は「やれやれ」とばかりに肩をすくめる。
「キミはキミでもう少しでいいから思考の枠を外すべきだと思うよ」
そう言って、佐々木はご馳走を食べ損ねた子供のように憮然とした顔のまま苦笑するのであった。
)終わり
最終更新:2012年05月22日 00:10