夜、一人で電灯を見上げていると怖くなることがある。
だから僕は豆球をつけない。
ひっそりと暗闇で眠る。
それは昔を思い出すから。
幼い頃、一人、豆球の明かりを見上げて寝付けないでいた時のことだ。
見つめていた豆球の明かりに幻惑されたのか、世界が妙にリアリティを増した事を覚えている……………
…………………………
……………
布団の中で、いつかおじいちゃんと話した時の事を思い出した。
けれどそれは半年も前、正月にあったときの事なのだ、と、思い出したのがきっかけだった。
どんどんどんどん記憶が掘り返されきて、そして、それがとっくに過ぎ去ったことなのだ、なんて事に思い至ったのだ。
ふと、思う。
なんてことだ。時というのは、こんなにも過ぎ去るのが早いものなのか!?
寝る前に読んだエッセイの中の言葉が脳を通り過ぎる。
人は死ぬ為に生きている、と。
がばりと布団を跳ね除けた。
一体、自分はあと何年生きているのだろう? そして改めて思った。自分は世界に何も書き残していないのだと。
自分が死んだって、世界と言う奴はきっと変わらず巡り続けているのだろう、と。
その小説家は、過ぎ行く年月の中で次々亡くなっていく友達を思ってその言葉に至った。
いつか俺もそうなる……、と、鬱々と考えて、けれど翌朝、白飯と海苔でご飯を食べて「美味い」と思ったそうだ。
そのどっちも「人間」だ。結局、なるようにしかならないのだから、鬱々と考えるだけ損だ、と。
ああなんて前向きな人だろうと思ったものさ。
けれど僕がそうやって彼の言葉と思考を知ったように、僕の言葉、思考、僕がいた証はどこかに残るだろうか?
もちろん家族は覚えていてくれるだろう。いつか連れ合いが出来たらその人も覚えていてくれるだろう。
いつか、子供、孫、そんなものが出来たなら彼らも覚えていてくれるのだろう。
仕事仲間、友達だって、僕の事を覚えていてくれると信じている。
それはとっても嬉しいことなんだって解るよ。
……けれど、それだけだ……………
………………………
………………
夜、一人で電灯を見上げていると怖くなることがある。過ぎた夜を思い出すから。
だから、僕は豆球なんかつけない。
ひっそりと暗闇で眠る。
そっと、その頃と同じ、けれど僕の身体には随分小さく感じるようになった猫のぬいぐるみを抱きしめる。
抱きしめた感触が小さなリアリティを僕に与える。そうとも、こんな風に、世界のリアリティを感じ続けていくべきだと僕は思う。
過ぎ去る日々をリアルに感じて、考え続けなければ「世界に書き残す」資格なんて得られないだろう。
薄っぺらな言葉なんかが誰かに響くはずなんてないから。
けれど、僕にはまだ重過ぎる。
だって具体的にどうすればいいのかなんてわからない。だから僕は日々勉学という方法で「蓄積」をし続ける。
そりゃ、こんなの「逃避」の一種かも知れない。逃げ場に逃げ込んでるだけかもしれない。
けれど出来る事はやるんだ。出来る事くらいはしなければならないんだ。
でなきゃあまりに怠惰に過ぎる。
夜。勉強し疲れて、やれやれと電灯を消す。
豆球もつけない真っ暗闇で、そっと猫のぬいぐるみを抱きしめる。
いつものように勉強疲れが深い真っ暗闇に自分を落としてくれるのを期待していると、まぶたの裏に誰かの顔が浮かんだ。
口元が緩むのが解る。哀しみがじわりと広がるのも解る。希望をつなげたいと叫ぶ自分を黙殺する。
僕は世界に「僕がここにいた」事を書き残したい。
けれど、それとは別の欲求も、ある。……それは「けれど、それだけだ」なんて言葉じゃ足りない、とても嬉しいものなんだって改めて知った。
なら、いつかまた出会う日の為に、せめて恥じること無い自分でいよう。
キミが信じてくれた「佐々木」を信じていよう。
当分、彼と友誼を結ぶつもりはない。僕はそれほど強くないからね。
けれどもう彼を忘れてやるつもりもない。
忘れてなんかやらない。
『やあ親友』
次に出会うときの言葉はとっくに決めている。
そうとも、僕はもう「彼が親友である事」を忘れてやるつもりはない。僕は「キミがここにいた」事を絶対に忘れてやらない。とっくの昔にそう決めたんだ。
『じゃあな親友!』
あの春の別れがフラッシュバックする。
彼への気持ちも、いつか忘れていくだろうと思った。覚えていられるほど強くないから。だから、そう言い聞かせて別れるつもりだった。
けれどそうはいかないのさ。くく、だって僕らはもう親友なんだからね。
キミのくれた呪いなら、敢えて甘受しようじゃないか。
だから、きっともう僕の心は亡くすことはない。忘れたりなんかしない。
忘れてなんか、やらない。
いつかまたキミを困らせてやるんだ。
僕のささやかな復讐の為に、僕は僕のまま変わっていこう。
だから、今は出来る事をしよう。僕は僕が選んだことを、自分が選んだことを粛々と実行していこう。
そりゃ確かに五里霧中だ。けれど出来る事さえしないのは怠惰のそしりを免れない。
せめて前を向いて行こうじゃないか。
そうだろう?
僕には責任がある。
中学時代、キミを振り切ってまで選んだ道を行く責任がある。……けれどいずれペナルティは解ける。いつかまた出会ってやるんだ。
いつかまたキミを困らせてやるのさ。ねえ親友。
ねえ、僕の、
「キョン……」
そっと呟いて眠りに落ちる。そんな高校二年のある夏の夜の事。
)終わり
最終更新:2012年09月08日 03:01