67-826「キョン、口の端に五目飯がくっついているよ?」

「キョン」
 なんだ佐々木。と言う視線だけを向ける。何故なら今まさに俺の口の中で給食の五目飯が味覚の交響曲を奏でているところなのでな。
 しかしこの場合、咀嚼中の口は閉じていれば味の交響曲だが、開けば周囲に汚らしい光景を晒すのが問題だ。
 俺はこれでもマナーという奴の欠片くらいは理解しているつもりなんだよ。
 だから目線だけを向けてやる。

「キョン、口の端に五目飯がくっついているよ?」
 俺が「そうなのか?」という視線だけを向けてやると、佐々木はやれやれとばかりに指を伸ばして摘み取ってくれ
 そのまま俺の唇の真ん中辺りに押し付け、くるりとあらぬ方向を向く。

「くくっ。ここで僕が「しょうがないなあキョンは」とでも言いつつ口に運ぶとでも思ったかい?」
「何言ってんだか知らんがお前も口についてるぞ」
「え?」
 俺はひょいと佐々木の口の端から米粒を摘み取ると、先程ひっつけられた米粒と一緒に俺の口内に放り込む。
 それを佐々木はぽかんとした顔で見つめていた。

「なんだ佐々木? 米には一歩外に出れば七人の敵と言ってな」
「キョン、それを言うなら米軍第七艦隊だよ」
 視線の端で岡本が「それを言うなら七人の神様よ」とツッコんだ気がしたが
 それより周囲の視線が七人どころじゃないほうが気になってそれどころではない俺であった。なんだ俺が何かしたか?
)終わり


「ところでキョン、米軍第七艦隊といえば日本の横須賀基地を母港とする「ブルー・リッジ」が旗艦兼司令部である事で知られているが」
 知らん。知らんぞ佐々木。お前の知識的雑食っぷりはよく知っているつもりだが。
「くく、いわゆる雑学という奴だね」
 そこまで言って、ふと視線を五目飯に彷徨わせる。

「ふむ。雑穀、雑草、雑誌、雑食、そして雑学か」
「日本人ってのはよほど雑が好きなのかね」
「くっくっく、そうかなキョン?」
 目を光らすな。器用な奴だ。

「ふむ。僕が思うにだが、むしろ細かく分けるのが当たり前なんだ。だからこそ、そうせず一緒くたにする事を「雑」とするのではないかな?
 最初から雑なら、そもそもそれが雑である、という感覚自体が生まれ出でないものだろうからね」
 言って先割れスプーンに乗せた五目飯を口にする。
「ま、日本人におおざっぱな面がある事は僕も否定しないが」
 ほう?

「だってそうだろう? こうやって五目飯の隣にポテト・サラダが並ぶ食卓なんて他国ではあまり見られないそうだ」
 給食のプレートを先割れスプーンで差しながらくつくつと喉奥を振るわせる。
 しかしな佐々木、それは行儀が悪いぞ。
「おや、それは失礼」

「だが、キミはそんな僕とこれからもこうして卓を並べてくれるのだろう?」
「ん」
 まあ否定する要素は無いがな。

「くく、そうした面も良い意味でおおざっぱというべきなのさ」
 なんか話をそらされている気もするな。そんな事言うならテーブルマナーでも徹底的に学んできてやろうか?
「おや? テーブルマナー教室というのはかなり困難だと聞いているが?」
「なんだ。何がそんなにおかしいんだよ」
 俺に似合わないってか?

「だってそうだろ? キミは僕の為にそんな困難に挑戦してくれるのかい?」
 ええい。ああ言えばこう言う。
「くっくっ。ここは素直にありがとう、と言うべきなのかな?」
「知るか」
 やっぱりこいつに口で勝てる気はせんな。
 などと情けない事を思いつつ五目飯に集中する俺の肩を、つんつんと佐々木が突っつく。今度は何だ。
 そこで顔を上げた俺が見たものは。

「ありがと。キョン君♪」
 いつもの「ニヤリ」ではなく「にっこり」と微笑む佐々木の笑顔。


 その笑顔が次の瞬間に俺の吹き出した五目飯まみれになったのは流石の俺も悪かったと思っている。
 思っているんだぞ佐々木。
「やれやれ」
)終わり

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最終更新:2012年09月08日 03:03
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