「なに言ってんだいキョン。僕は幸せだったよ?」
僕の言葉にキョンはキョトンとした顔をした。なんだい語呂合わせのつもりかい?
キョン、キミはあの時、僕を選ばなかった。
そうだね。僕はキミに選んでと言わなかった。あの時の僕はとっくにキミに救われていたからね。僕は緊急事態じゃなかった。
一方、キミは涼宮さんに惹かれ、そして涼宮さんはキミに惹かれていた。
キミ達はまさに加熱状態にあっただろう?
それに何事につけ直截的な涼宮さんのことだ、互いに意識しているだけの関係なんて、とっくに堪忍袋の緒が切れかけていたことだろう。
だからキミはそのまま彼女に向かってくれれば良かったのさ。
キミはキミの当選券を早く「換金」すべきだった。
でなけりゃ大噴火していただろう……。
「ならお前はどうなんだ」
「僕かい? 言ったろ、僕はそれで良かった。いや、それが良かったんだ」
一年もブランクが空いた僕では力不足というものだ。それくらい解っているのさ。何事も鮮度が大事だからね。
それにだ。
「僕にとってキミも涼宮さんも大切な人だよ。だから二人が幸せになるなら僕も幸せを得られる。
一方、涼宮さんにとって僕は唐突に湧いたおかしなモブキャラに過ぎない。もし百歩譲って僕が選ばれたとしても、それじゃ彼女が不幸になるだけさ」
言って片頬を釣り上げてやる。これが僕らしい笑みだろうからね。
キミが知っている、私よりもずっと素敵な「僕」の笑み。
「キミも涼宮さんも、もちろん僕も。全員が幸せになれる、たったひとつの冴えたやり方さ。だからいいんだよ」
くく、キョン、キミは相変わらず適度に物を知らないようだ。
だからキミの前なら適度に知恵者を気取れる。
気取った顔だけを見せる事が出来る。
「キミは僕が報われなかったと思っているかもしれない。けれど僕に言わせれば、報われない事と幸せである事は矛盾しないのさ」
カラン、とグラスの中で氷が揺れた。
オン・ザ・ロック。
岩の上、石の上にも三年、か。
くく、そうだ。辛抱とは大事なものだね。企む事無く、ただただ邁進するのもとても大切だ。
時の流れほどの万能薬は無い。だからこんな話も出来る。
ウィスキーが氷を溶かしてしまうように、私は全てを消化した。けれど溶けても消える訳じゃない。
形をなくしたかもしれないけれど、私の中にやっぱり残っているものがある。
また、気兼ねなく彼の隣に居られる。大事なのはそれだけだ。
元々男女なんて関係ない仲で得た幸せだから。
この関係を誰がどう定義しようが私にはまったく関係ない。
この時間が、やっぱり私は心地良い。
それが一番大事なことさ。
)終わり
そして、ほんの少しだけあの頃より我侭になったからこそ言える事がある。
一度失ってしまったからこそ我侭になった私だから言える。
この時間は誰にも邪魔させない、とね。
この関係を誰がどう定義しようが私には全く関係ない。
そうそう、それと全く関係ない事だが、今は彼女も私をよく知ってくれた。だから私は遠慮しない。ああ、まったく関係ない話だが。
ともあれ、この一番近い距離だけは、決して誰にも渡さない。
それが一番大事なことさ。
)終わり
最終更新:2012年09月08日 03:30