67-9xx やっぱ大事なプレミアシート

「ああ、まったく。僕は何て語彙が足りないんだろうな。この気持ちを全部伝えたいのにさ」
「そうか?」
 ぐっと抱き寄せて、包み込んで、言葉を重ねる。
「伝わってないと思うのか?」
「……そうかな?」
 珍しくぽかんとした佐々木がこちらを見上げて、そんで一瞬だけ、みっともないくらい「にへら」と擬音付きで笑み崩れて。
 佐々木はいつものシニカルな笑顔でこちらを覗きこむと、ぐっと俺の胸に顔を沈めて
 ぐりぐりと額を押し付けてくる。

「く、く、く。そうか。そうかな」
「どうだか知らんが、そういうことにしとけ」
「くく、キョン。キミはまったく昔からいい加減だな。ホントにいい加減だ。良い加減だよ」
 顔なんか見えない。けど声のトーンでどんな顔してるかくらいは解るぞ。
 いつも「僕が思うには……」なんて言う時と同じ、ちょっと得意げな顔をしてるに違いない。
 自覚してるのかしてないのか、ちょっとどころじゃないくらいに得意げな、そんな、俺の、いやなんでもない。なんでもないぞ。

「くふふ、そうだよ。僕のだ」
 ぐりぐりと押し付け、ぎゅうぎゅうに締め上げて。
「どんなプレミアシートより、ずっとずっと貴重で大切な僕の特等席だ。もう降りない。手放さない」

「ふふ、……やはり僕はズルかったのかな」
「ズルい?」
「虫がいいと言うべきか」

「僕はあの頃、勝手に変わっていく自分を制御できなかった。キミに惹かれていく自分を制御できなかった。
 ……挙句があの雨の日だ。僕を女と見なかったキミに、正しく「僕」を受け入れてくれたキミに、僕はやれやれと呟いてしまった。
 キミに惹かれているくせにそれを言葉にしなかった。なのに理解してくれなかったキミに憤ってしまった」
 佐々木は、ただ、淡々と自分の心を読み上げていく。きっと自分を整理する為に。
「くく、あの春の事件の時だってそうだった」
 だから、俺は何も言わない。
 言うべきじゃない。

「だから今度は言葉にするんだ」
 にこりと、笑う。

「キョン、キミは僕にとって世界で唯一特別な異性だよ」
 ありがとよ。だがそれはあの日も聞いたぞ。
「くく、覚えていたか」

「だから今度はその先を言うよ。……キミは特別なんだって。やっぱりキミが好きでたまらないのだってね」
「そうかい」

「不思議だ。こうやって自然に口に出来る事が」

「そして何より幸せなんだ。ダメかな?」
「まったくもって問題ねえな」
「くく、そうかい」

「実に、まったくもって問題ないね。実にいいよ、僕のキョン」
)終わり

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最終更新:2012年09月02日 03:05
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