「ああ、まったく。僕は何て語彙が足りないんだろうな。この気持ちを全部伝えたいのにさ」
「そうか?」
ぐっと抱き寄せて、包み込んで、言葉を重ねる。
「伝わってないと思うのか?」
「……そうかな?」
珍しくぽかんとした佐々木がこちらを見上げて、そんで一瞬だけ、みっともないくらい「にへら」と擬音付きで笑み崩れて。
佐々木はいつものシニカルな笑顔でこちらを覗きこむと、ぐっと俺の胸に顔を沈めて
ぐりぐりと額を押し付けてくる。
「く、く、く。そうか。そうかな」
「どうだか知らんが、そういうことにしとけ」
「くく、キョン。キミはまったく昔からいい加減だな。ホントにいい加減だ。良い加減だよ」
顔なんか見えない。けど声のトーンでどんな顔してるかくらいは解るぞ。
いつも「僕が思うには……」なんて言う時と同じ、ちょっと得意げな顔をしてるに違いない。
自覚してるのかしてないのか、ちょっとどころじゃないくらいに得意げな、そんな、俺の、いやなんでもない。なんでもないぞ。
「くふふ、そうだよ。僕のだ」
ぐりぐりと押し付け、ぎゅうぎゅうに締め上げて。
「どんなプレミアシートより、ずっとずっと貴重で大切な僕の特等席だ。もう降りない。手放さない」
「ふふ、……やはり僕はズルかったのかな」
「ズルい?」
「虫がいいと言うべきか」
「僕はあの頃、勝手に変わっていく自分を制御できなかった。キミに惹かれていく自分を制御できなかった。
……挙句があの雨の日だ。僕を女と見なかったキミに、正しく「僕」を受け入れてくれたキミに、僕はやれやれと呟いてしまった。
キミに惹かれているくせにそれを言葉にしなかった。なのに理解してくれなかったキミに憤ってしまった」
佐々木は、ただ、淡々と自分の心を読み上げていく。きっと自分を整理する為に。
「くく、あの春の事件の時だってそうだった」
だから、俺は何も言わない。
言うべきじゃない。
「だから今度は言葉にするんだ」
にこりと、笑う。
「キョン、キミは僕にとって世界で唯一特別な異性だよ」
ありがとよ。だがそれはあの日も聞いたぞ。
「くく、覚えていたか」
「だから今度はその先を言うよ。……キミは特別なんだって。やっぱりキミが好きでたまらないのだってね」
「そうかい」
「不思議だ。こうやって自然に口に出来る事が」
「そして何より幸せなんだ。ダメかな?」
「まったくもって問題ねえな」
「くく、そうかい」
「実に、まったくもって問題ないね。実にいいよ、僕のキョン」
)終わり
最終更新:2012年09月02日 03:05