69-286『異世界~キョンが年上だったら~』

美味しいコーヒーを飲ませる店を知った。
個人経営の喫茶店。自宅一階を改装した風の喫茶店で、家庭的な雰囲気と独特の空間を作っている。
「また来たのか、暇人。」
「ああ。コーヒーを頂きにね。あとは、妹さんとミヨキチと宿題を。」
「……ったく。」
ここのマスターは、キョンと呼ばれている。
母親が趣味で始めた店を引き継ぎ、パティシエとして高校卒業から働かされていたようだ。
夜9時まで営業しており、この街のオアシスとなっている。
光陽園学院で知り合った、キョンの妹、吉村美代子。彼女達と親しくなるまでに時間はかからなかった。
天真爛漫で、純真なキョンの妹。
物静かで控え目だけど、芯が強いミヨキチ。
……二人とも、凄いナイスバディの持ち主なんだが……スレンダーも魅力的だよね……?ね?
まぁ……キョンの妹が自宅に招待してくれたのが、この店に足繁く通うきっかけになった。
キョンの第一印象は、何だかうだつが上がらない冴えない奴。しかし、会話してみると、驚愕に値する知識の持ち主だった。
「お兄さん、美味しいです。」
ミヨキチが微笑み、キョンがミヨキチの頭をポン、と叩く。
「お前は、本当に社交辞令が上手いな。でもありがとう。」
うわぁ。満面の笑みだ。……ミヨキチ。キミは今泣いていい。

勉強が終わり、背伸びをしていると、キョンが小さいパフェを持ってきてくれた。
「200kcal程度だ。肥る心配は少ないぜ。」
「キョンくん、サイテー!」
笑い声が響く。
「あ、キョンくん、ミヨキチは今日泊まるから、佐々にゃん送ってくれない?」
「ああ、構わんが……車は車検だからなぁ。佐々木、自転車でもいいか?
あと、母さんに閉店の準備をしといて、と言っておいてくれ。」
「はーい。」

……これは、思わぬ僥幸というものか?いや、しかしミヨキチのように泊まるのも……


「車が車検でな。すまんな、自転車で。」
「いや、構わないよ。わざわざ僕のためにすまないね。」
北高校のステッカーが貼られた自転車。僅か二年前は、毎日活躍していたんだろうな。
「キョン。せっかくだから歩かないかい?美味しいものを食べ過ぎてしまい、肥るのが怖くてね。」
「お前、肥満の欠片すらねぇよ。ったく。」
文句を言いながらも、キョンは付き合ってくれた。
年上の人にこんな言葉遣いをしている理由は、ただの背伸び。せめて言葉だけでも、対等でいたい。そんな詰まらない背伸びだ。
帰り道は、他愛なくあっという間に過ぎた。
私の家の近所。キョンは、私の頭をポンと叩く。
「また来い。次は野菜炒めでもサービスしよう。」
「色気ないな。全く。」
「よし。なら愛情のスパイスをたっぷりと。」
「さっさと帰りたまえ。」
キョンを見送り、私は家に入る。
「あら、随分ご機嫌ね?あんたが鼻歌なんて珍しい。」
お母さんが声をかけてくる。
「そう?いつも通りだけど?」
「いや?あんた、今、顔赤いわよ?」
「え?」
鏡を見ると、そこには茹で上がった蛸がいた。お母さんはニヤリと笑う。
「あんたもお年頃ねぇ。」
え?あ?いや、恋愛なんてただの精神病だよ?私が羅患するわけ……

「かかる本人は気付かない。此れ則ち精神病也。」
「お母さん!!」

……どうやら、愛情のスパイスたっぷりの野菜炒めを食べたくて、私は精神病にかかったみたいだ。

明日にでも処方薬を出して貰うよ、キョン。
キミの愛情のスパイスをかけた野菜炒めという、処方薬をね。

END

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最終更新:2013年03月03日 04:39
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