69-358『倦怠ライフ』

駅前に、バレンタインまでの期間限定でスケートリンクが出来たようだ。
「氷の上を滑るという行為に、価値を見出だせんな。全く。」
部室で古泉と将棋を差しながら、俺は呟いた。
「どうなんでしょうね。まぁアイススケートは、カップルの定番ではありますが。」
「シロクマじゃあるまいし。……王手。」
「待った。佐々木さんと行ってみては?」
ふむ。しかし俺はアイススケートは未経験なんだが。「よし、なら日曜にでも誘うか。たまにはあいつの頭を休ませてやらんとな。……王手。」
「お優しいですね、全く。……投了です。」

キョンから連絡があり、日曜日、駅前に出来たスケートリンクに誘われた。
「スケートリンクか。私には氷の上を滑るという行為に、価値があるのか疑問だわ……」
あんまり運動は得意ではない。キョンにしても究極のインドア派のはずなんだけど。
「カップルの定番なのです。意外にキョンさんが、スケート得意なのかも知れませんよ?」
「キョンみたいにキレた運動神経の持ち主が、スケートが得意だとは思えないわ。絶対に『シロクマじゃあるまいし。』とか言ってるわよ。」
橘さんの彼氏みたいに、完璧超人なら話は別だろうけど。
「コツを掴めば簡単なのですよ?不安なら、私も彼氏を誘って着いて行くのです。」
「ダブルデートか。悪くはないけど、醜態晒すのはちょっとね……」
しょんぼりと肩を落とす橘さん。……何か良心が痛むけど、ごめんなさい。
意外と運痴なのよ、私。

日曜日。佐々木はいつもと対極の格好で待っていた。
「部屋着だな。」
ニットキャップに、パーカー、タイトなジーンズ。普段、外出時のキメキメファッションからすると、意外なものだ。
「服を汚したくないんだよ。普段がミニだから、見えても嫌だし……。」
そう言い、やれやれとゼスチャーする佐々木。
「いいんじゃないか?新鮮だぞ、ローファーやブーツでなく、スニーカーのお前も。」
俺の言葉が気に障ったらしい。佐々木は俺を軽く睨むと……
「次のデート、覚えておくといいよ。キミにトラッド系の服を着せてやる。僕も新鮮味が欲しかったところだ。」
と宣った。
「やめろ。俺がトラッド系着たら、オッサンになる。」
「聞こえない。却下。行こうか。時間が惜しい。」
佐々木は俺の手を引くと、スケートリンクへと向かう。どうやら機嫌を損ねちまったらしいな。やれやれ。


スケートリンクは、子ども達やカップル連ればかりだ。
「これ履いて歩けるのかよ……」
指なんか通過したら、えらい事になるだろう。うむ、一番切れる刃物は、使い込まれたスコップだからな。
「塹壕の戦いでは、銃より頼りになるみたいだしね。」
「ああ。ということは、こいつも……」
「くっくっ。……骨までスパン、と?」
二人で爆笑する。歯止めがあるから、それはない。
「くっくっ。さて、少し滑ってみるかい?」
「シロクマじゃあるまいし。」
「くっくっ。さて、二匹のシロクマが氷に初挑戦だ。行くよ、キョン。」

バランスを崩した佐々木が、俺に寄りかかり…更にバランスを崩した俺は、佐々木を胸に、氷に一人バックドロップ…

「ふおおおおお!」
「ご、ごめん!大丈夫かい?キョン!」

一時間位、頑張りはしたんだがな。結局は無理だった。人には向き不向きがあるからな。仕方ない。
「しかし、キミには悪い事をしたね。」
氷から上がり、屋台のたこ焼きを二人でつつきながら、佐々木が申し訳なさそうに言った。
「何が?」
佐々木の口にたこ焼きを入れる。
「ひや?ぼくをからっひぇ、きみはたふぉれひぇばかりだった。」
佐々木が、俺の口にたこ焼きを入れる。
「ひにふんな。」
ま、女を守るのが男の仕事だからな。結局は滑られるようにはならなかったが、楽しい時間ではあった。
「さて、帰るか。」
「そうだね。」
「あ、キョンく~ん!佐々木お姉ちゃ~ん!」
荷物を持ち、立ち上がった俺達の背中に、声が刺さった。この声は……妹?
「キョンくん達もいたんだー?」
「まぁな。お前はミヨキチといるのか?」
妹の次の言葉を聞き……俺達は地獄の門が口を開いて待つ光景を想像した。

「いーや?ハルにゃん。ハルにゃん、スケート得意だから、教えてくれるって。あと、有希ちゃんとみくるちゃんも一緒!
キョンくん達見てて、教えてやんなくちゃ、って張り切ってたよ。」

今、おトイレと妹が言った。ハルヒ、頼むからその括約筋を少しでも緩めて時間をかけたうえで排泄してくれ。
「逃げるぞ、佐々木。」
「ああ。光よりも速く。」
出口まであと少し。しかし……
「キョン。佐々木さん。」
俺達は、暖かい手に掴まれた。……暖かいって事は、お前手を洗わなかったな?
いや、そんな事はどうでもいい。ハルヒの大腸菌やカンジダなどの真菌の存在などについてはどうでもいい。
因みにカンジダは常在菌であり、性交の経験の有無で腟炎など発生するものではない。真菌の増殖、つまりカビの発生。それが所謂カンジダ腟炎となる。
女性器は常時高温多湿。真菌にとって住みよい環境だ。カンジダ腟炎に羅患した女性は、性交しまくりの女性というわけでない事だ。
まぁハルヒが腟炎かどうかは知らん。常在菌であり、手を洗っていないならば、手についていてもおかしくはないというだけだ。因みに男性も羅患する。
あと、ハルヒの性交の経験の有無は俺の知るよしもないし、興味もない。佐々木?ああ、血が出てたよ。
油の切れたロボットのように、俺達は後ろを向いた。
「水くさいわよ。言えば教えてあげるのに。」
小さな親切、大きな迷惑。それが今のお前なんだが……


「さぁ、行くわよ!あたしが滑られるようにしてあげる!」
100wの笑顔が眩しすぎる。しかし。
そう。ヴェールを脱いだ死神が、鎌を振り上げて笑っている姿にしか見えん!
……あとはわかるな?公開レイプ。それだ。その甲斐あり、なんとか滑られるようになったが……

「Get set.Ready?」

ハルヒ考案のスピードスケート。全敗して後の食事を全額奢らされた事は、語るまでもないな?
朝比奈さんの時は、長門が嫌な笑いをしていたので、あいつが一枚噛んだんだろうが。
ハルヒ達と別れ、三人で帰路につく。佐々木も俺も疲労はMAX。一秒でも早く帰りたかった。
三人手を繋いで歩く。妹は、満面の笑みで俺と佐々木を見た。

「遊園地のあとの、お父さんとお母さんみたい。」

……だろうよ。確かにお前に付き合わされた後の両親は疲れ果てていたが。
「フルムーンだね、全く……」
「ああ……。」
こうして、なんでもない一日が終わりを告げた。

「「……という事があってね(だな)」」
翌日、キョンと佐々木は古泉と橘に先日の話をした。古泉と橘は、それぞれにコメカミに手を当て、頭を振る。

「「あなた達は、どこの老年夫婦(なの)ですか。」」

END

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最終更新:2013年03月03日 05:02
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