70-x 鍋音スケルツォ

 くつくつ、くつくつ。
 沸騰させすぎないようにした鍋の水面が、いつものように音を奏でている。
 いつもと違うとすれば、それは音を聞く静けさの存在だろうか。
 たこ糸で肉を縛る細工の途中、ふと耳を傾けてしまう。

 ふと、思い出してしまう。
 中学時代の、そう、調理実習だったかな・・・
 と、フラッシュバックした風景を強制的にシャットダウン。
 けれど僕の未成熟な脳は処理し切れなかったのか、連鎖的にあの春の事件が想起された。

 わたしが、言葉にも出来なかった想いがあった。
 わたしがもらった、言葉にしてもらった想いがあった。

 続いてフラッシュバックをしたのは、私への想いを、言葉にしてくれた人。
 少しだけ露なまなざしで、けれど哀しみを精一杯に隠して、私を見つめ返してくれた人。
 僕に、告白をしてくれた人。

 保留していた返事は、彼の意には添えないものだったはずだった。
 けれど彼はその感情を精一杯に隠して笑ってくれた。

 ごめんなさい。
 でも自分の想いがダメだったからって、あなたの想いに応えるのは、きっと違うと思うから。
 それは、ダメだと思うから。

 自分の気持ちが想像もつかないほど深かったことを嫌と言うほど知ったから。

 けれど彼は吹っ切るように、ちゃんと笑ってくれたから、僕は「ありがとう」と告げた。
 わたしを好きになってくれて、ありがとうって。
 ごめんなさい、って。

 きゅっと、たこ糸で肉を絞める。
 ぐっと、下唇を噛む。

『いや鍋の音がな。どうもお前が延々と笑ってるみたいで』
『くっくっく。酷いなあキミは・・・・』
 フラッシュバックを強制終了し、そっと鍋に肉を沈める。

 鍋の水面に、小さな波紋がもう一つ広がった気がした。

 けれどそれは見なかったことにして、そっとおたまで水面を回す。波紋が混ざり溶け合うように。
 だって僕は笑っているから。
 だから、気のせいさ。

 ほら、聞こえるだろう?
 キミがいつか評したのと同じ声で、僕は今も笑っているのさ。

 くつくつ、くつくつ、ってね・・・・・・。
)終わり


 それから「ちょっと」時間が経った。

「・・・・と、もう良いかな」
「ほう。本格的だな」
 鍋から肉を引き上げると、後ろで聞きなれた声が笑っていた。
 こらこら、声からよだれがこぼれそうだよ、キョン。
 まったく学生時代から変わらないね。

「そりゃ失敬」
「くっくっく・・・・だが成長はしているね」
 とん、と背中を預ける。後頭部があたった場所は彼の胸部。
 ようやく手にした、わたしが落ち着ける場所。

「ま、身体的にはな」
「精神的にはどうかな?」
「さあてな?」
 精一杯に後ろを見上げてやると、唇を上からふさがれた。

「ん・・・・ふ、ん・・・・・・・、こら、キョン」
「すまん。つい、な」
「まったくキミって奴は」
 くく、けれどこんな日々なら悪くない。
 その為の日々だったのだから、だから後悔なんてない。

 そうさ、あの日々を経たから今がある。
 こんな日々が送れるのだから、あの頃の日々もあれからの日々も、きっと無駄ではなかったさ。
 そうだろう? キョン。
)今度こそ終わり

Part70-x 『鍋音スケルツォ』

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最終更新:2013年04月29日 01:39
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