69-571『TS~キョン子と佐々木と~』

※TS注意


朝起きたら、女になっていた。
「…………。」
驚くより早く、まずは長門に連絡し、状況を聞く。
「涼宮ハルヒの願望。彼女は明日のバレンタインに、あなたにチョコを渡す勇気がなかった。」
「本命で来たって願い下げだがな……!」
頭が重い。
「因みに性別が反転しているのは、あなただけ。残りはいつもと変わりはない。……明後日には元に戻る。」
「……おい。聞き捨てならんぞ。」
つまり。現時点で佐々木と付き合う俺は……
「キョン子ちゃーん。佐々木お姉ちゃんが迎えに来てるよー?」
絶句。まさにこれだ。

「全く、迎えに来て良かったよ。」
佐々木が俺の髪を丁寧に鋤く。
「せっかくのロングヘアーなんだ。綺麗にしておかないと。毎朝の僕の日課になりつつあるが。」
艶やかな黒髪。これは、どうやら佐々木が毎日ブラシを当てているからのようだ。
「…………」
因みに佐々木とは、プラトニックと言い難い関係だったんだが……そこはどうなんだろう。
シュシュをつけたポニーテール。佐々木は髪を満足そうに触る。
大切な宝物に触るような手つき。少しひんやりとした手に、身をすくませると……

眼前にある佐々木の顔。口唇のグロスが艶かしく、申し訳程度のマスカラが潤んだように輝く。
ゆっくりと近付く、佐々木の顔……。そう。俺の今の身長は、長門並みに小さい。つまりは……
自分より背の高い男にキスされる幻視をしたのだ。

「ひっ!ひぃっ!ひゃああ!」
俺は佐々木を突き飛ばすと、ダッシュで部屋を出た。


慌てて教室に入る。教室にいたのは、いつもと変わりない連中だった。
「……驚天動地だ。」
俺はとりあえず席に座った。
「よーっす、キョン子。今日ももっさいな。」
谷口だ。こいつのこうしたところは、本当に安心するぜ……
「ああ、谷口。おはよう。」
「明日はバレンタインだなぁ。」
「ああ。お前には何もやらんから安心しろ。」
「けっ。」
長門の言うよう、性別以外は前と変わらんようだな。
「おはようキョン子。」
ハルヒもいつも通りだ。何の問題もない。団室に向かい、放課後を迎える。
そこには……いつもの数倍エエ笑顔を浮かべた古泉がいた。
「明日はバレンタインですね。」
「だなぁ。お前は大変だろ。」
からかいついでに言ってやった。古泉は困ったような笑顔を浮かべると……
「そうですね。貴女から貰えるか貰えないか。僕の不安はその一点に尽きますよ。」
と、宣った。こいつも色々大変だな。
「こんなもっさいのからより、ハルヒ達からに期待しろ。」
「つれませんねぇ。そこがいいのですが。」
顔が近いんだよ、気持ち悪い。……おや?朝比奈さんが目を丸くしている……
「き、キョン子ちゃん……いつものアレはどうしたんですかぁ?」
はい?
「いつもなら顔を近付けただけで、膝蹴りから始まるキョン子ちゃんラッシュなのに……」
…………はい?古泉まで何か物足りなそうな顔を…………?
「……ね、熱でもありますか?!」
古泉が俺の額に手を当てる。……心配するなら、お前の頭を心配してくれ。
「…………」
「…………」
朝比奈さんの表情が驚愕に歪む。古泉は……驚天動地といった表情だ。
「待たせたわね……って、キョン子!あんた何でそのままなのよ!」
だから何がだ!?ハルヒは俺を掴む。
「アレは?!ボディへの膝蹴りからハイキック二連で膝をついた古泉くんにシャイニング・ウィザードを喰らわせる、あんた必殺の……」
お前は何を言っているんだ?!


俺を女にしただけでは飽き足らず、バイオレンスな性格にまで換えやがっていたのか?ハルヒ!
長門が俺の手を引く。
「伝えそびれた。貴女はこの世界では佐々木○○と付き合うレズビアン。特に古泉一樹を嫌悪しており、近付く度に制裁を加えている。」
…………はい?
「彼もその制裁に悦びを覚えている。先程の行為も、貴女から制裁を加えて欲しかったから。」
「わかった。もういい。」
頭痛がしてきた。今日は帰るとハルヒに伝える。
「そうね。今日は調子悪いみたいだし、そうしなさい。」
「キョン子ちゃん、私が送って行きますね。」
すみません、朝比奈さん。
「…………」
長門が手を引く。どうした?長門。長門が小声で囁く。
「推奨出来ない。この世界では朝比奈みくるは鶴屋○○と関係を持つレズビアン。襲われる可能性が非常に高い。」
……本日何度目かの驚愕。無茶苦茶な改悪しやがって……。
「貴女は一人で帰るべき。佐々木○○が待っている。」
長門に押し出されるように団室から出る。

校門には佐々木がいた。
「やぁ、キョン子。」
気のせいでなければ、佐々木の顔は沈んでいる。こいつの事だ。俺の今朝の反応から、自分が嫌われているのではないか疑っているんだろうな。
「よう、佐々木。待ってくれていたのか?」
「ああ。今日は塾が休みだからね。」
佐々木は少し息切れしている。……まさか、な。
「さぁ、行こうか。」
佐々木は俺の手を引くと、笑顔で歩き出した。……手を引く掌が汗ばんでいる。確定だ。この馬鹿は、駅から走りやがったな。
普段も佐々木が待っている時があるが、それも佐々木は走って来ているんだろうか。
あの心臓破りの坂を。
「……どうかしたのかい?塾が休みの日はキミの家で予習復習をするのだろう?」
何でもないように笑う佐々木。……その汗ばんだ笑顔。俺は俺のままなら、多分気付けなかったんだろうな。


家では普通に過ごした。特に佐々木も何も求めず、俺も何もしない。
朝の事について、佐々木は何も言わなかった。なので俺も何も言わない。

…………次の日。佐々木は来なかった。

バレンタイン。顔を近付けた古泉にニーリフトを喰らわせると、俺は走った。
鼻血を噴きながら「青春に悔い無し」なんぞあのアホは叫んでいたが、そこはそれだ。
「国木田!俺はエボラ出血熱と腺ペストを併発したから帰った、と岡部に伝えてくれ!」
「キョン子!どっちも日本じゃ確認されない病気だよ!それに『俺』って…」
とにかくどうでもいい。佐々木に会わなくてはいけない。
電車を乗り継ぎ、佐々木の高校に。校門に待つが……
「……さ、寒っ……」
身を切るような木枯らしの中、俺は佐々木を待った。二時間後、下校してきた佐々木はギョッとした表情で俺を見る。
「キョン子!」
佐々木がマフラーを俺に被せる。さ、寒い……
「何をしていたんだい?!今日は僕が朝の特課だから迎えに行けないと言っていたはずじゃないか!
ああ、こんなに身体が冷えきって……!近くに喫茶店があるから、そこに行くよ!」
佐々木が俺の手を引く。
「……聞かせて貰おうか、キョン子。」
暖かいコーヒーとケーキで一心地つく頃、佐々木は俺を睨む。
「……お前さ、俺が男だといったら信じる?」
俺の問いに佐々木は目を白黒させたが、すぐに平静を取り戻した。
「信じるも信じないも……僕はキミの身体を隅々まで知り尽くしているんだが。キミも同じだろう?」
確かに。だがな。それは俺であって俺でない記憶だ。女の俺は、お前と睦み合った覚えはない。
「意味不明だ。こないだからおかしいよ。キョン。」
話せば長くなる。知らんでいい事もあるしな。
だが、聞きたい事はひとつだ。

「佐々木。お前は俺が男でも愛せるか?」

それだ。佐々木はこめかみに手を置いている。


「その設問に答える意義があるか、実に不明なんだが……答えはイエスだ。」
……良かった。佐々木が古泉や朝比奈さんのように悪い方に改変されていてはどうしよう、というところだった。
「僕はヘテロのつもりだが、例外はキミだけだよ。」
「そっか。ならいい。」
聞きたい事は聞いた。

佐々木と手を繋いで帰る。人通りの少ない道。佐々木は、そっと俺にキスをした。
……自分よりも背が高い奴にキスされると、空しか見えないんだな。
「……毎日、数億の僕がキミを思って死んでいき、キミの為に生まれる。」
佐々木は俺を見ると、またキスをした。
「僕は、いつでもキミを愛しているよ。キミが男でも女でもね。」
「佐々木……」
じわり、と涙が出る。女の子は、こんなに涙脆いものなのか。
「どうせチョコも何も用意していないんだろう?こいつは僕が渡す唯一無二の本命だ。受け取りたまえ。」
……ぐしゃぐしゃに泣いちまった。もうこのまま女でいいか、と思う位だ。

それから街を少し歩き、駅に向かう。佐々木は一限遅れで塾に向かうという。
甘いものを食べた後だが、佐々木はアイスを買って食べている。案外健啖なんだよな。
「じゃあ、また明日。」
「ああ。」
階段を一段上がる。そして佐々木を手招きした。
「どうした?」
普段、佐々木が俺を見上げる高さはこの位か?俺は振り向きざまに佐々木に一瞬キスをした。
佐々木の手からアイスが落ち、バッグが落ちる。微かに香るチョコミントのフレーバー。
「また明日!」
ポニーテールを翻すと、俺は走り去った。

明日、佐々木が迎えに来ない事も、この長い髪ともお別れという事にも、少し寂しさを感じながら。


翌日。俺は俺に戻っていた。
「…………」
やっぱり佐々木が迎えに来るはずもなく。普段の生活と変わりなく日常が過ぎる。
ただ、女性の視点というもので見たら、普段いかに自分が佐々木について考え無しに接していたかがよくわかった。

校門に待つ佐々木。息切れを直そうとするあいつが、たまらなく愛しい。
「やぁ、キョン。」
「おう。……ほれ。」
用意していた水を渡す。佐々木は目を丸くしている。
「……どうしたんだい?」
「別に。……俺は案外お前に愛されているのに気付いただけだ。」
「言ってたまえ。」
多分、佐々木からは『守る対象と一緒にいる対象』の違いなんだろうな。
お互い不器用に出来てやがるぜ、全く。
俺は佐々木の手を握ると、佐々木の呼気が落ち着くまで待ち、歩き出した。
佐々木は嬉しそうに腕に手を回す。……俺まで嬉しくなっちまう。今回の改変もあながち無駄でなかった。そう思っちまう。
こうして俺のバレンタインは終わりを告げた。

――――――――――――――――

「……はぁ。彼が僕をシバき上げませんかねぇ。」
「鶴屋さんも素敵なんですよねぇ……」
「(エラー!)」ゾワワワ
若干の改悪の影響が残り、長門が大変な事になったのは、また別の話だ。

END

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最終更新:2013年04月01日 00:50
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