部誌を書いていて、俺の話には『間』がなく単調だ、と佐々木から指摘を受けた。
「うむ……」
なかなかに難しい。
「まぁ、間を詰めて、テンポよくやる手法もあるけどね。」
「大体が、恋愛小説なんて畑違いもいいところだ。」
話のモデルが佐々木なだけにな。
「会話の間は、登場人物の感情や情景を表すのに、一番大切だよ。」
「そんなもんかね。」
「このヒロインが、包丁で指を切ってしまって、主役が止血するシーンなんて、ここは勿体無い。
ここで間を置くと、実に良い感じに主役にアプローチしている風になる。」
ほう。矢鱈と具体的だな。
『「痛っ!」
咲樹が指を切る。
「何やってんだ?ったく。」
とりあえずは何も拭くものがなかったので、口で舐めて止血した。
「どうだい?僕の血は甘かったかい?」
ニヤリと笑う咲樹。俺は咲樹に一言言った。
「バーカ。」』
「この小節は、『咲樹』視点ならこうなると思うよ。」
『包丁で指を切ってしまったら、京が近付いてきた。何をするのかと思ったら、京は私の手を取る。
「何やってんだ?ったく。」
深く切ってはいないが、指先は神経の塊だ。やはり痛い。伝う血を拭かなくてはと思っていたら、京は私の指先を口に含んだ。
一瞬頭が真っ白になったが、すぐに考え直す。彼は善意でしてくれているのだ。
しかし、私の指先に触れる彼の口唇、舌の感触は、私の指先から脳へとダイレクトに刺激を送る。
――これじゃ、指先に嫉妬してしまいそうだ。
止血を終え、京が離れる。口唇の感触が、指先から離れない。
私は絆創膏越しに、指先に口唇を寄せた。
「……どうだい?僕の血は。
…………甘かったかい?」
真っ赤になった彼の頬を見て、私はつい笑みが溢れた。
「バーカ。」
ぶっきらぼうに、京が後ろを向いて歩き去った。
……クラスの皆に囃し立てられる。こんなのも、あなたとなら悪くない。』
「どうだい?」
どうでもいいが、お前顔真っ赤だぞ。
しかし格段に良くなった。流石は佐々木だ。よし、なら主役も意識しながらやっていた、と書き直してみるか。
それからも佐々木監修で、俺の小説は続いた。
俺一人では、とても書けなかった世界だ。ありがとう、佐々木。やはり持つべきは親友だ!
部誌でハルヒにどやされなくて済む!
俺は喜び勇んで部誌を提出した。
「誰が官能小説書けって言ったぁーッ!このエロキョンがぁーッ!」
ハルヒが真っ赤になり叫び、長門が気持ち頬を染める。朝比奈さんは真っ赤、古泉までもが顔が赤い。
何故だ?!
キョン校訂ver
『調理実習。今日は咲樹達と同じグループだ。白魚のような、と表現される手だが、そこは同感だ。
咲樹の手が包丁を握り、野菜の皮を剥く。俺は片付けだ。
「痛ッ!」
短い叫び。咲樹を見ると、咲樹は指先から血を流していた。
「何やってんだ?全く。」
包丁で切ってしまったようだ。俺は咲樹の手を取った。
……白と赤のコントラスト。流れる赤い血は、透き通った赤でなく、生命の赤。
それは、好奇心だったのかも知れない。俺はその生命の雫を口に含んだ。
口唇に指先を感じ…舌で咲樹の生命を味わう。鉄臭い味の中にある、『咲樹』の味。それは形容のしようのない味だ。
甘い、のかも知れない。
咲樹を食べているような感覚に陥る。――――我ながら危険思考だ。
止血を確認し、絆創膏を貼る。咲樹は指先を口唇に持っていくと、ニヤリと笑う。
「どうだい?僕の血は。」
どうも何も。突飛な行動に出たのは悪かった。咲樹は俺の肩に手を置き、耳許で囁く。
「…………甘かったかい?」
それだけ言うと、咲樹は身を離した。
「バーカ。」
……クラスの連中が囃し立てる声がしたような気がする。
どうやら俺は咲樹を意識しているようだ……』
「……実際にこうあれば苦労してないんだけどね。」
「き、貴様、一事が万事この内容を『モデルあり』として現地人に書かせ、涼宮ハルヒに読ませたのか?!」
「あ、悪魔なのです……!」
「――官――能――――」
「ちょっとした『間』と遊び心さ。」
END
最終更新:2013年04月07日 03:30