ホワイトデー。
俺には一生無縁だと考えていたのだが、今年は違う。何せ佐々木から本命をもらってしまったからな。
バッグには佐々木に返す、お高いキャンディ。クリスタルの器なんて洒落ているだろ?
「今日は団活を休むからな。」
ハルヒにそう宣言した俺なんだが……
「は?あんた何言ってんの?今日は、『おはようからお休みまであなたの暮らしを見つめるSOS団デー』よ。皆で有希の家に泊まるの。休むなんて許さないわ。」
「いつ決めやがった?」
「今。たった今。」
ハルヒは悪びれずに言った。
「休むからな。」
「却下。どうしても休むなら、あんたのバッグの中にあるものをSOS団に寄贈すること。」
こ、こいつ……!
「あー、飴ちゃん舐めたい。」
「子宝飴でも舐めてろ。」
俺の言葉に、ハルヒが目を細めた。
「……やっぱり絶対に却下。」
「何でだよ!」
身を乗り出した俺に、ハルヒは宣言した。
「佐々木さんに『ホワイトデーは俺の子宝飴だ!』って言って、その粗末なものを突き付けるつもりでしょ!」
「粗末な、って、さも見たかのように抜かすな、馬鹿が!しかも佐々木にお返しするって、何で知ってやがんだテメー!」
クラスから爆笑が起きる……。ああ、なんてこった!
「修学旅行で見たけど、キョンは大きいほうだと思うよ?」
爽やかに止めを入れたのは、国木田……
ざわ…… ざわ… ざわ……
ヤダ、キョンクンスズミヤサント、クニキダクント、ササキサントサンマタ……?
スゴク……オオキイデス
オマエノコトガスキナンダヨ(ハクシン)
アッー
ヨツンヴァイニナルノネ
メンキョショウカエシテクダサイ、オナシャス!
nice boat.
いたたまれねぇ……!さっさと放課後にならねぇかな……。
昼休み。校舎をぶらつく俺に古泉が声をかけてきた。ハルヒと延々と口喧嘩していたので、喉が嗄れちまっていた俺に、古泉がのど飴を差し出す。
「すまねぇな。」
「いえいえ。たまたまのど飴を持っていましたから。」
善意が嬉しいぜ……。のど飴を口に入れようとしていた俺だが、周囲がざわついている事に気付いた。
「おや?……何か騒がしいですね。」
古泉も怪訝な顔をしている。
ざわ…… ざわ…
ヨンマタ……コイズミクンマデドクガニ……
ゲドウナノネ、キョンクン……フケツナノネ!
ヨカッタノカ、ホイホイツイテキテ
絶句した古泉が、さりげなく俺と距離を置く。……ああ。いい判断だ。
「僕はストレートの、ノーマルです!」
古泉はそう叫ぶと去っていった。すまん。恨むならハルヒと国木田を恨め。
放課後。団室に行かずに逃げようとした俺だが
「な、長門!」
下駄箱に、長門が倒れているのを発見した。助け起こした俺に、長門は言った……。
「体内の糖分の枯渇を確認。低血糖症状になり、私という個体は行動不能になった。」
低血糖症状ならば、冷汗や異常行動がある……いや、枯渇しているならば、行動不能でなく生命の維持自体が不可能だ。
「あなたのバッグの中にある飴を食べたら、私という個体は回復出来るだろう。」
「…………」
俺は無言で長門を手放した。
「待って。」
足にしがみつく長門。行動不能になったんじゃないのか?!
「オーケー、わかった。こうしよう。長門、コンビニまで行くぞ。そこで何か買ってやる。」
「了解した。」
長門が立ち上がる……低血糖症状について説明しとくが、血糖値については常人であれば脾臓から分泌されるインシュリンで、一定の値を保っている。
この分泌が悪かったり、吸収が悪かったりして、血糖値が水準以上に高いものを糖尿病という。
血糖値は高い分には、直ちに命に関わる程、重篤な症状は出ない。長期的には危ないがな。
直ちに命に関わるのは、低いものだ。脳に栄養が行き届かず、死に至る可能性が高くなる。
長門はコンビニスイーツを制覇し、上機嫌に帰っていった……。やれやれ。待ち合わせには間に合いそうだな。
喫茶店で時間を潰す。
佐々木の行き着けだけあり、佐々木好みのシックな空間だ。
喧騒の中でコーヒーを飲む選択肢は、佐々木の中にはない。
あれはあれで楽しいものなんだがな。谷口、国木田、藤原、古泉とつるんで遊ぶ時なんて、喧騒の中でのコーヒータイムもなかなか盛り上がるもんだが。
かといって、喧騒の中で騒ぐ佐々木も想像つかん。あいつも偏屈だからなぁ。
今日は一日走り回っていた気がするぜ。そんな中、喧騒の中にいたら余計疲れちまうわな。
誰かが喫煙しているらしい。煙草の匂いとコーヒーの香りが混じりあい、店内に流れるジャズが空間を揺らす。なるほど、安らぐ。
物思いに耽るには、ベストといっていいな。
……こうしてあいつを待つ時間も、悪くはない。
俺はあいつにイカれちまってんだろう。全くもって精神病だ。
「待たせたかい?」
「いや?」
口に含むと、儚く消えちまいそうな甘い飴。
甘い時間なんて、まだ過ごせないがな。佐々木の伸ばした指に触れないように、お返しの飴を渡した。
「こんのにぶちん。」
ん?何か言ったか?佐々木。
END
最終更新:2013年04月29日 13:02