初夏を通り抜け、一気に夏の盛りとなる。
「こう暑くては、何もやる気がせん。」
「全くだよ。」
たまたま駅で出くわした親友。親友はアイスなどくわえている。
「一口貰えるかい?」
「やれやれ。半分くれてやるよ。真ん中から折れるタイプだしな。」
御礼を言い、ベンチに座る。太陽に照りつけられたベンチは、それだけで不快感満点だ。
「早く秋にならんかね。こうも暑くては溶けてしまう。」
「生きながらにして腐る感覚だね。このベンチに座っているだけで、鉄板焼の牛のような気分だよ。」
「連中は死んでるだろ。どちらかというと、魚だろうな。ああそういえば、渇く夢というのは、性的な欲求不満らしいな。」
「ある意味、人魚姫だね。人魚姫とのお別れの時、キミが王子様なら何と言う?」
親友は少し考え込み、答えた。
「じゃあな、また……かな?それか何も言わんか。何れにせよ、その状況にならんとわからん。」
「そうかい。春の件で想像はついていたが。」
その問題は、恋人との別れの言葉だ。橘さんの回答も知ってるけど、知らないほうがいいかもね。彼女とお付き合いする人は、背中に気を付けてとしか。
「……こう暑いと涼みに行きたくなるな。」
「ならば、夕方に山手へ行くかい?散歩するには良いだろう。」
「だなぁ。……なら、夕方まで時間潰すか。佐々木、時間はいいのか?」
「自主休校だよ。たまには頭を休めたい。」
夕方まで時間はあるし、デートと洒落こむかね。
私の人生にも一度位、いいことがあっていいだろう。十把一絡のカップルじみた時間があってもバチは当たるまい。
「図書館で涼んでから、近くで買い物して、駅前でバスに乗って山手に行くか。」
「それでいいよ。」
普遍的なカップルに見えるかしら?私はキョンの隣を歩こうとした。
「おや、あなたは。」
「佐々木さん!奇遇なのです!」
……ら、いきなりの邪魔が。古泉くんに……橘さん……
「図書館ですか。僕達も行きますか。」
「行きましょう、佐々木さん!」
……図書館への道中、私は橘さんに捕まり、キョンは古泉くんと仲良く話していた。
……私みたいなろくでなしが光を掴もうだなんて思ったら、痛いしっぺ返しが来るんだね……
「佐々木さん達とダブルデート出来て幸せなのですよ!」
橘さんの満面の笑みが眩しい。……眩しいのよ、あなたは。
肩を落としながら入った図書館には……
「…………」
「長門?奇遇だな。」
うん、知ってた。……もう涙もとっくに枯れ果てた。古泉くん、長門さん、キョンが談笑に興じる中、本日数回目の溜め息。
肩に手を回してきた橘さんの手背を捩り、私は気になる本を手に取って読み始めた。
「……どうしてあなた達までついてくるの?」
図書館で涼んだ後、何故か長門さんまでついてきた。
「ダブルデートなのですよ!」
「私という個体は、佐々木○○の監視が必要だと判断した。」
キョンは変わらず古泉くんと談笑してるし……こっちはこっちで暑苦しい+絶対零度の視線だし……ああ、ついてない!
「佐々木、雑貨を見に行かないか?古泉が森さんから頼まれたものがあるらしくてな。」
「構わないよ。」
好きにしてくれ。橘さんが古泉くんを問い詰めに行った今がチャンス……
「……」
「……長門さん?どいてくれないかな?」
キョンの隣に行こうとしたら、長門さんがブロックしてきた。
「嫌。」
「…………」
やれやれ、とゼスチャーするキョン。長門さんをはさんでも会話は出来るから、まぁいいか。
彼女は幼いからね。エディプス・コンプレックスもあるだろう。逆らわないほうが無難だ。
「雑貨は何を見るんだい?」
「アジア系の小物みたいだな。森さんが好きなんだと。」
ほう。アジア系か。中東あたりの小物なども面白そうだが。
「ペルシャ絨毯なんかも小物になるのかね。」
「値段が違うよ。しかし小物などの調度品はセンスが出るよね。僕もインテリアに何か買うかな。」
キョンとお揃いの品物も悪くない。ここは古泉くんに感謝だね。
雑貨屋には……
「――――」
…………懐かしい顔がいた。
アジアンテイストな店内。下品なお香の香りが揺蕩い、極彩色の布地の色が異国情緒を漂わせている。
「……」
「――」
長門さんと周防さんが、キョンにべったりとくっつく。期待はしていなかったが、こうも予想通りだと泣けてくるね。
いや、涙も枯れ果てていたよ……
日本の昔の物も売ってあり、少し気になった根付を買っておいた。
「(渡せたらいいんだけど。期待はすまい。)」
本日の私の運勢は、恐らくは大殺界だ。笑え……笑えよ……と、声がする位。
古泉くん達と別れ、駅前へ。
「トラブル尽くしだ。」
キョンが溜め息をつく。それは私のセリフよ。
「山手までバスで30分位だし、少しバス停で話すかい?」
「だなぁ。」
私達は、駅前のバス停へと歩き始めた。……本日の私の運勢は大殺界。
嫌が応にもそれを理解した。いや、させられた。
言っただろう?ろくでなしが光を掴もうと思っても、しっぺ返しを喰らうだけだって。
バス停に腰を下ろした私達の前に、ふんぞり返った人影が立ちはだかる。
私達はその人物の顔を見て、盛大に溜め息をついた。
「あんた達、二人で何してるのよ!」
涼宮さん……。
涼宮さんは、夕涼みの話を聞くと参加を表明。バス代は当然の如くキョンだという。
キョン、いい顔になったね。僕と一緒に地獄に堕ちるかい?
山手に着き、涼宮さんが走る。
この人は神様だと言ってたけど、実は貧乏神とかそっちの神様じゃないかしら?
先回って人を不幸にするなら、それはもう勤勉でなければなるまい。そして彼女は勤勉さでは図抜けている。
「(どちらにせよ、漸く二人きりか。)」
山手から高台まで10分位の散歩道だ。多くは望まない。望まないから……
「少し空気を読もうか?」
「わたぁしは空気読めますぅ!」
ニッコリマークの眩しい、渡橋泰水ちゃん。確か彼女は涼宮さんの願望だと言っていたよね。
「キョン先輩~!」
「暑い!寄るな!」
この自作自演劇場。茶番劇に付き合わされて散々な気分になりつつ、高台についた。
渡橋さんはいつの間にかどこかに行き、やっと二人きりだ。
「(さて。邪魔が入らないうちに根付を渡すか。)」
色気もクソもない。だが邪魔が入らないうちに……。キョンを見ると、キョンは疲れはてたように高台からの景色を見ている。
「……ハルヒに渡橋まで来るとは……」
高台の椅子に座り、キョンがぼやく。
「せっかくのお前との時間だったが、乱入ばかりだったな。」
キョンが溜め息をつく。……これは……!
「なぁ、佐々木。聞いていいか?」
「なんだい?」
「今日、山手までわざわざ来た理由だ。」
男だけに、こうした事をされたら勘違いする。そうでないならこうした事は、とキョンが宣うが……
「(僕が気にならない異性と、こうして出掛けるわけがないだろうが!)」
一発殴ってやりたかったが、ここは広い心で我慢する。
「……俺は、本当は期待していた。邪魔ばっか入って、どーしようもなくグダッたけどよ。」
よし、最早言葉はいらぬ!ただ口唇を交わすのみ!世紀末覇者の如く!
「(みくる、もう少し詰めるっさ!)」
「(鶴屋さん!あんまり押しすぎ……ふええ!す、涼宮さん落ち着いて!)」
「(離して!鶴屋さん!)」
キョンが盛大に溜め息をついた。私もだ。
「出てこい、ハルヒ。鶴屋さんに朝比奈さん。」
草むらから、ガサガサと音がする。そこから、三人の美少女が。
「いやー、みくると散歩して高台でおしゃべりしてたら、キョンくんと見知らぬ女の子が来てねぇ。」
「涼宮さんが般若みたいな顔をして、キョンくん達に向かって行こうとして……」
「……鶴屋さんに足引っ掛けられて、草むらに引き摺りこまれたのよ。」
ナイスガッツ、鶴屋さんとやら。せっかくなら、最後まで出なければ尚良かった。
キョンが涼宮さんからドロップキックを喰らい、本日は恙無く終了した。
後日談は言わなくてもいいよね。平行線だよ。良い雰囲気で邪魔が入りまくる状態さ。根付も未だに私の鞄にあるわ。
ただ、キョンの気持ちが知れただけでも、少しは報われたのかしら?
……何れにせよ幸福は小さじ一杯なんだけどね……
『ふらくら時間~♪』
END
最終更新:2013年09月05日 00:04