「犯人はキミだ!」
目の前の名探偵は俺のほうへ人差し指を突き立て、そう力強い口調で言い放った。
「な、なんですと?」
若干、口調がわざとらしいが、まぁ練習だしいいだろう。
なんで、俺がこんな非日常的な2時間サスペンス的会話をしているのか。
その答えは至極単純なものだ。
要は劇の練習をしている、それだけである。
文化祭の劇でサスペンスをやるという、うちのクラスのぶっとんだセンスには辟易するばかりだが、目の前の探偵役の佐々木のはまりっぷりを見れば不思議と納得がいくものだった。
茶色の外套にベレー帽に堅苦しい口調が似合う女子はそうはおるまい。
「キミが犯人だったとは、本当に残念だよ。」
俺もなんで自分が犯人なのか、本当に残念だ。
俺と佐々木の普段の会話が面白い、というだけでこんな配役になってしまった。
もちろん、名探偵にいいように言いくるめられる犯人役として。
名探偵はそう語りかけると、手錠を俺の手にはめた。
なんで、警察でなく探偵が手錠をはめるのか、というつっこみはこの際無視してほしい。
そして、名探偵は自分の腕にもう片側の手錠をかけると、俺の手を引き舞台から退場していく。
「とりあえず台詞あわせはここまでか。」
手に持った脚本を見返す。
脚本はここまでのシーンしかまだ出来ていない。
なんでも、脚本家さんはサスペンスのもっとも大事な、最後のシーンをどうするかを悩んでいるらしい。
まぁ、2時間サスペンスでいうところの最後の20分みればOKという大切なシーンなので気合が入っているのだろう。
別に気合なんか入れてもらわんでもかまわんのだが。
「ふむ。ここまでは滞りなく出来てなによりだ。ずいぶんと腕があがったではないか、キョン。」
おかげさんで。
佐々木の話し方についついつられてしまい、気がつけば役に見事にはまっていた。
「たいしたもんだよ。お前は。」
「そうでもない。僕は普段どおりに振舞っているだけだ。」
佐々木は少し得意そうに笑う。
「後は、取調べのシーンか。」
なんで探偵が取り調べをしているのか、などとは気にしてはいけない。
そういうものなのだ。
「―ねぇ、キョン。」
「ん、何だ?」
「もう本番まで時間が無い。脚本はなくとも取り調べシーンの練習だけはしておかないか。」
まぁ、確かにそれも一理あるな。
「そうだな。せっかくだしやっちまうか。」
机を二つ向かい合わせにして、簡易取調べセットをつくり、俺と佐々木は対面に座った。
雰囲気を出そうということで、人のいない特別教室で練習することとなった。
「ここまで用意したはいいけど、肝心の台詞とかはどうするんだ?」
「そうだね。取調べにふさわしいやり取りをしなくてはならないね。」
佐々木は目を上に向けて考え込むようなしぐさをすると、
「そうだ。プロファイリングなんかはどうかな?」
あー、あの一昔前映画ではやったあれ、な。
「いいんじゃないか。割合それっぽいし。でも、どうやるんだ。」
「なに、僕に任せたまえ。僕が質問するから、キミはそれに答えるだけでいい。」
それってただのQ&Aじゃないか?
「取調べだって一種のQ&Aさ。」
ごもっとも。
というわけで、取調べQ&Aタイムとあいなったわけである。
「さぁ、それでは聞こうか・・・君の生い立ちから今にいたる道程、趣味や好みの女性などなどをね。」
なんでそこまで訊くんだ。
「犯人の生い立ちをしることはプロファイリングをする上で非常に重要なことだし、なにより趣味や異性の好みのようなものは直接犯人の潜在的な欲求につながるから、プロファイリングには必要な要素だ。」
そうなのかね。
「まぁ、いいや。じゃあ、適当に質問してくれ。」
「よし。では、まず君の家族構成を聞こうか。」
なんか本格的に取り調べられている気分だな。
「父と母と、あと妹が一人だ。」
「家族仲はよかったかい。」
「良好だ。」
俺をあだ名で妹が呼ぶことを除けば不満は無い。
「では、キミの趣味は。」
「うーん。」
結構これって難しい質問だよな。
簡単そうでいて意外と答えにくい質問の代表格だ。
「特にこれといって思い当たらんな。」
「そうかい。」
佐々木は喉の奥でくっくっ、と短い笑い声を上げた。
「この質問は答えにくいぜ。」
「わかった。なら質問を変えよう。」
そして佐々木は体勢を直すと
「キミの初恋はいつだれとだね。」
「なっ。」
「あぁ、僕に聞かれて困るようなら黙秘権を行使してくれてかまわない。」
いや、別に困りはしないけどな。
「いとこのねーちゃん。小学生のころかな。」
「その人はどんな感じの人だい。」
「んー、質問を変えてくれ。」
あんま思い出したくないんでな。
「じゃあ、キミの好みのタイプの女性は?」
「んー、それは難しい質問だな。」
あまり、そういうことは考えたことが無い。
「じゃあ、もっと簡単な外見的な好みからいこう。めがねはかけているほうがいいかい?」
「眼鏡なしだな。俺には眼鏡属性ないし。」
「ん?」
「妄言だ。気にするな。」
「そうかい。」
そして佐々木は探偵役で付けていたダテ眼鏡を外した。
「いや、ダテ眼鏡って度が入っていなくても邪魔なものでね。」
そうか。
「えーと、なら、髪はショートとロングどっちが好きだい?」
んー。
「お嬢様お嬢様しているよりも、もっとスポーティーなほうが好みかな。」
たとえばポニーテールとか。
「な、なるほど。じゃあ、どちらかというとショートか。」
そうつぶやくと佐々木は自分の髪を撫でた。
「じゃあ、身長は高い方がいい、低いほうがいい?」
「んー、俺より若干低いくらいが理想かな。」
「そ、そうか。」
取調べしているのにお前は心なしかうれしそうだな。
「服装はどんなのが好きかな。たとえばスカートとパンツスタイルなら。」
「スカート。」
「ミニ、ロング?」
「どっちかっつうとミニ。」
「そ、そうか。ふむ、なるほど…」
何に納得しているんだ。
「彼女には引っ張られたいほうかい。」
んー、性格的に俺が引っ張っていくのは無理があるかな。
「どっちかっつーと、引っ張られたいほうかな。」
「そうか、じゃあ、キミは聞き役のほうがいいわけだね?」
まぁ、そうなるかな。
「え、っとじゃあ、最後の質問なんだが…」
「あぁ。」
「そのー、キミはスレンダーな方か、こう、グラマラスな方かどちらが…」
あぁ、そういうことね。
「んー、そうだな…」
「でも、スポーティーな子が好きということは、必然的にどちらかというと―」
「やっぱ胸があるほうがいいな。そこは男として。」
ビシッ、なんかそんな音が聞こえた気がした。
「そ、そうか。そうなのかー、へぇー」
そうつぶやく佐々木は下のほうを向いている。
「お、おい、佐々木?」
「いや、別に何も気にしていないよ?うん、別に何も?」
口調が責めるようなんですけど。
「それはキョンの好みなんだから、僕には関係ないし。キョンが胸の大きい子が好きだからって僕に関係あるわけじゃないし…」
なんかすごく居心地がわるい。
なんか俺地雷を踏むようなことを言ったのか?
「そりゃ、中学生男子が成熟した大人の女性の魅力にはまるのもわからなくはないのだけれども…」
こうして俺は佐々木の言葉攻めを浴び続け、おもわず私が悪かったですと白状してしまいそうな、取調べの恐怖を体感したのであった。
『佐々木の取調べ』
最終更新:2007年07月19日 11:08