3月、春とは言えまだ肌寒いお昼前、俺は校庭の隅でぼんやりと校舎を見上げていた。
たった今、卒業式の後の最後のクラス終礼を終え、校庭のあちこちに別れを惜しむかの
ようにいくつもの人の輪ができていた。
まあ俺は地元の高校に進学するし、親しかった連中も大半が同じ学校だからそんなに
別れって感じがしないけどな。
「あ、キョンお疲れ。高校でもよろしく頼むよ」
振り向いた先には国木田がいた。ああ、おまえも北高だったな。こっちこそよろしく
頼むぜ。もう帰るのか?それなら一緒に帰るか。
俺がそう言うと国木田は俺の胸元に視線を走らせ
「え、でもいいの?」
と聞いてきた。
「ああ、別に予定もないしな」
と答えても何か釈然としない様子の国木田がまるで誰かを探すようにきょろきょろと
辺りを見回していると荒々しく右肩、を叩かれる感触があった。誰かと思い顔を向けると
そこに立っていたのは中河だった。
「キョン。おまえは高校に行ったら部活をやれ。そうでもしないとおまえのことだから
貴重な青春をただダラダラと過ごすのは間違いないからな」
大きなお世話だ。俺はおまえほど体力と元気の容量が多くはないんだ。
「なに年寄りみたいなこと言ってるんだよ。・・・ん?ああ、まだなのか。邪魔か?」
さっきの国木田同様、中河も俺の胸元を見てわけのわからないことを言い出した。
なんだかわからんがまだも何も俺は特にやることはない。ああ、暇ならおまえも一緒に
帰るか?そう答えると中河は皮肉っぽく溜息をつきながら
「おまえらホンット素直じゃねーなー」
と言い出した。それをフォローするように国木田が
「いや、もう今更そんな事をしないでもいい、って事じゃないかな」
と言うと中河はなるほどと言うように頷いた。
待て待て。おまえら二人して本人にもなんだかわかってない話を勝手に理解して勝手に
納得するな。俺がそう口を挟もうとしていると背後から
「キョン」
と呼ばれ、俺はそちらを振り返った。そこに立っていたのは制服姿の佐々木だった。
ああ、おまえはずいぶんレベルの高い進学校に行くんだったな。頑張れよ。
俺がそう言うと佐々木は
「ありがとう。ああ、そうだ。君には塾の帰りに送ってもらったり、随分と世話になったね。
そちらの方もお礼を言っておくよ」
と答えた。どういたしまして。俺の方こそテスト前にアレコレ教えてもらったりして世話に
なりっぱなしだったな。サンキュー。
俺の返事を聞いた佐々木は軽く微笑んで
「じゃ、またどこかで」
と言って俺に背を向け、近くにいたクラスメイトの女子のところへ駆けて行った。
さて、そろそろ帰るか。そう思って国木田たちの方に向き直ると二人ともなんとも言えない
表情でこっちを見ていた。なんなんだかね。
その時、今度は同じクラスだった女子が声をかけてきた。
「あ、国木田くんとキョンくん、北高だよね。私もなんだ。よろしくね」
よろしくするのはいいが、国木田を苗字で呼ぶなら俺もそうして欲しいんだが。
俺がそう言うと国木田が
「ほら、キョンはそれだけ親しまれてるって事だから」
とフォローを入れた。おまえ、そのあたりは今すぐ社会人になっても通用しそうだな。
そんな俺たちのやり取りを笑って見ていたその女子はこれまた俺の胸元を見た後、すぐ近くで
さっきのクラスメイトと話している佐々木に視線を向け、また俺に視線を戻すと
「しょうがないなぁ」
と苦笑いして佐々木の方へ近寄って行った。
様子を見ているとそいつが佐々木に何か言って佐々木が手を振って何かを否定している。だが
佐々木と話していた方の女子までがそいつに加勢している様子で、しまいには二人でこそこそ
耳打ちをしている。
そしてそいつはまた俺たちのほうに来ると国木田と中河を呼び寄せて何か耳打ちしていた。
「ったく、なんで俺がこんなことまで」
口調の割りにまんざらでもない表情の中河と無言で微笑む国木田はいきなり俺の両腕を押さえ
つけた。見ればもう一人の女子は佐々木の手を引いて強引にこっちに引っ張ってきている。
俺の前に立ったさっきの女子は
「こんなの、二人でやらないとだめなんだよー」
と言いながらも笑顔で俺の制服の第2ボタンに手を掛けた。
プツン。か細い音とともに糸が切れたそれを、そいつは強引に佐々木に手渡し、
「じゃ、お幸せにー」
と言い残してもう一人の女子と小走りにどこかへ行ってしまった。
「じゃあここはお若い二人に任せて・・・」
笑いをかみ殺すような声に振り返ると、ニヤニヤと笑う中河とちょっと苦笑気味の国木田までが
とっとと校門に向かって歩き出していて、校庭の隅には俺と佐々木が取り残された。
「どうしようか」
苦笑いしながら佐々木が俺の顔を覗き込む。そうだな・・・、ここでサヨナラってのも味気ないし
どうせ同じ方向に帰るんだから一緒に帰るか?
そう聞くと佐々木は頷いて、俺たちは肩を並べて歩き出した。
最後の帰り道。特別な話なんか何もしなかった。いつもの、塾からの帰り道と同じように他愛ない
雑談をしているうち、それぞれの家への分かれ道に着いた。
「これ、どうしようか」
佐々木の広げた手の平には、さっきの第2ボタンが載っていた。
「もう制服も着ないし、持って帰っても付け直すこともないからな。捨てちゃっていいや」
俺がそう言うと佐々木は
「そうかい。いらないなら貰っておくよ」
と言ってそっと手を握り締めていた。
「じゃ、さよなら」
「ああ、またな」
いつものように、また次の日教室で会うかのような素っ気無い別れの挨拶をして俺たちはそれぞれの
家の方向に歩き出した。
ふと振り返ると、佐々木の後姿は次第に小さくなって、風景に溶け込むようにぼやけていった。
「・・ンくーん。時間だよー。キョンくーん」
妹の声で目が覚めた。ん・・・ああ、夢か。中学の卒業式の夢とはずいぶんと懐かしいな。
そう思いつつ時計を見る。もうこんな時間か。今日はSOS団と佐々木たちのグループの会談があるん
だったな。遅刻したらまたハルヒがうるさいし急ぐとするか。
今日の会合も特になにか進展があるわけでもなく、もはや敵対集団なんだかお遊び仲間なんだか区別が
つかない感じになってきた両者‐主にハルヒと橘だが‐は、なぜか次の野球大会に連合チームを組んで
出場するとか言う話になっていた。で、早速どっちの誰が4番を打ったり先発投手を務めたりするかで
言い争っている。やれやれ、どうでもいいがもうホームラン連発とかは止めとけよ。あとで長門には
よく言い聞かせとこう。あ、周防九曜にも言った方がいいのかな?意思の疎通ができるか疑問だが。
そんな事をぼんやりと考えていると、携帯の着信音が鳴り、佐々木が急いで席を立った。
店の入り口脇でしばらく話していた佐々木は
「帰りに買い物してきてくれって頼まれちゃってね」
と言いながら戻ってきた。何気なくテーブルの上に置かれた携帯のストラップに目ざとく気づいたらしい
ハルヒは
「なんか変わったストラップねぇ。その先に付いてるの、なんかのボタン?」
と聞いた。佐々木はごく自然に携帯を小脇の鞄にしまいながら言った。
「ああ、これ?私の大切な思い出の品物なの」
どう見てもあれはウチの中学の制服のボタンだよな。って言う事は、だ。
俺が佐々木の方を見ると、佐々木は悪戯のばれた子供のような照れ笑いを俺に向けた。
「ふうん」
ハルヒはそう言うとちらと俺のほうに視線を向けた。察しのいいこいつのことだ、なにやら余計なことに
気づかなければいいが。
幸いハルヒは目の前の橘との論戦の続きの方に関心があるらしく、それ以上の追求もなく早速橘との舌戦を
再開していた。
そう言えば、女子はよく男子のボタンを貰うけど、男子が貰うものってのはないのかね。
ああ、そう言う雑学的なことは佐々木が詳しかったな。あとで、ちょっと聞いてみるか。
そう思いながら俺はアイスコーヒーの残りを喉に流し込んだ。
最終更新:2007年08月20日 10:15