19-812「忘却よりも憎しみを」

ある冬の休日、同級生の友人達と買物に出かけた。
「まず、このデパートに行こう。」
「うんそうしよう。」

あ、「親友」である彼がデパートに入るのが見える。1年近く会ってない。懐かしさで自然と早足になる。
会って何を話そうか。心臓の鼓動が早まる。
彼に声をかけようと思ったその瞬間。
「キョン、早く来なさいよ」
元気そうで美人の女の子が彼の袖を引っ張る。
「おい、袖が伸びるじゃないか。」
「ほんとのろまなんだから。早く来なさいよ」

呆然と立ち尽くす私。友人達が私に追いつく
「どうしたのササッキー?」
「佐々木さん、顔が真っ青じゃないの」
「ごめん、気分が悪いから先に帰るね」
「大丈夫?」

私が帰った後、友人達はこんなことを話したらしい。
「どうしたのかしら佐々木さん。急に気分が悪くなるなんて」
「あの時、ササッキーが男の子を追いかけていたのに気付いた?」
「全然」
「あれって、佐々木が男の子を追いかけていたの?」
「彼はササッキーの中学時代の恋人で、北高に行ったのだけど、今の彼女と仲良くしていたんでササッキーがショック受けたのだわ、きっと。」
「元彼のことは聞いたことあるわ。佐々木、まだ未練があったんだ」
「ひょっとして、声がでかい美人の女の子に振り回されていた男の子?」
「そうだけど」
「声がでかい女の子って、彼女、涼宮さんじゃないの。」
「知ってるの?」
「同じ東中出身なので知ってるのだけど。すごい変人なの。北高に行ったはずだから佐々木の元彼とは同級生か。」
「でも、ササッキーに勝ち目なさそうね。胸とか顔の出来とかが圧倒的に負けてるから」
「あちゃー、その顔で佐々木さんの顔を評論するのか」
「性格では佐々木が勝ってるはずだわ。涼宮さん性格最悪だし。」
「キョン君。キョン君というのはササッキーの彼なんだけど、キョン君は鈍いから彼女のように積極的じゃないと駄目なんじゃないのかな?
引っ込み事案のササッキーには無理か」



彼と別れて1年近くになる。彼との事が昨日のようによみがえる。
かじかんだ手を重ねた朝、陽だまりの教室での会話
伸びた影を一つにした夕暮れ、自転車の後ろで聞いた子供時代の話
星空のバス停で、また明日と言ってくれた何気ないあいさつ
出会いの春、灼熱の夏、落ち葉の秋、木枯らしの冬
積み上げた思い出をキョン、今はもう覚えていないのですね?

一年前のことを思い出すと、息がつまり、水の中で溺れているような気分になった。
卒業式の日、私は言った。
「これでお別れだね、キョン。でも、たまには僕のことを思い出してくれよ。
忘れ去られてしまっては、いくら僕でも寂しくなるというものだ。覚えておいてくれ」
また連絡してくれ、とは言わなかった。
何故私は彼に連絡しなかったのだろうか。

いや、その前に何故私は彼と違う道を歩いたのだろうか。
彼と同じ高校に行けばその後も「親友」の関係を続けることができる可能性は高かったはず。
また、彼に(その時は私自身も自覚していなかった)自分の思いを伝えることができれば「親友」以上の関係になれたのかもしれない。
しかし、私はどれもしなかった。
それは、私が臆病だったからであろうか。親に「あんな馬鹿者と付き合うな」と言われていたためであろうか、
それとも彼が私を忘れることはない、とうぬぼれていたのであろうか?



その数日後、私は超能力者を名乗る少女:橘に出会った。彼女によると、涼宮ハルヒは現在神様で、私の方が神様にふさわしいらしい。
「信じられないな。そんなこと。
それに、それを信じたとしたら私とキョンは敵同士になる」
「たとえ敵になったとして、それは一時的なことですよ。無視されるよりずっと良いですし。」
そう、橘さんの言うとおりだ。



春休み最後の日、私は彼に再会した。
人生を左右する出来事があったはずなのに、彼は以前のままだった。好きだったあの頃のまま。それが不思議だった。
でも、彼がずっと私を忘れたままであり、私など路傍の石としか思っていなかったのは悲しかった。
どうせなら、親友でなく恋人と自己紹介した方が良かったのかも。

私は悲しかった。彼にはかけがえの無い「恋人」が存在し、今の私などどうでも良いことがわかったから。
私は一人が寂しかった。表面的ではない、真っ向から私を向き合ってくれる存在が欲しかった。

二度目に再会した時、私と彼は敵同士になった。
「佐々木、あんな奴らと付き合うな。それは俺達の敵だ」
「でも僕にとっての敵じゃない」
僕にとっての敵は涼宮さん。そして、キョン、君かもしれない。

私は望む。彼がもう一度私の方を見ることを
それがたとえ、親友や恋人でなく、敵という存在だったとしても。
橘さんも思っているはずだ。独りでいるより、たとえ敵であろうと誰かがいる方が良いと。
忘却されるよりも敵意を向けられる方が幸せだと。
キョンにはこの気持ちは理解できないだろう。宇宙人の朝倉さんも持ったであろうこの気持ちを
涼宮さん。あなたは昔そう思ったことはないのかな。

(終わり)

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最終更新:2007年08月28日 23:24
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