27-426「佐々木さんの、願いは夢の中で、の巻 その1」

佐々木さんの、願いは夢の中で、の巻 その1

元旦の夜、ふとした悪戯心で、彼の写真を枕の下に入れてみた。
3年の、文化祭のときに、友達が気を利かせて撮ってくれた、数少ないツーショット。
枕の下に写真を入れると想い人の夢が見られる、なんておよそ非論理的な俗信に過ぎないけれど、
21世紀にもなって一富士二鷹三なすびというのもどうかと思って、ほんの冗談のつもりの行為だった。

ふと気がつくと僕は、オックスフォードホワイトの空の下、セピアがかった世界の中に独り佇んでいた。
夢だと言う事は、何故かすぐに分かった。
なるほど。これは橘さんが言っていた、僕の閉鎖空間というヤツを夢に見ているらしい。
あそこに入れるのは橘さんたち「超能力者」だけで、それには僕は含まれていない。
自分で作ったものに自分が入れないのは理不尽だなあと漠然と思ってはいたけれど、
まさか夢に見るほど関心があるとは思わなかった。
と言うより、これはある意味僕の精神の内面を反映させたインナースペースという方が近いのかもしれない。
ふむ、ならばこれは、「普段話は聞かされつつも、自分自身では入れない閉鎖空間への興味が生み出した夢」
と見るべきか、あるいは「自分自身の内面に没入した、内省をイメージした夢」と見るべきか、どちらなのだろう。
さてさて、夢の判断はこの前ユングをちらと見たきりで、気にかけたことはなかったのだけれど。
独り思案していると、誰もいないはずの空間で、彼の、僕を呼ぶ声がした。
「おおい、佐々木。そこに居るのは佐々木だろう」

ああ成る程、古来よりの習慣には、やはり敬意を払うべきものらしい。
おかげで初夢に君を夢見ることができるなんてね、キョン。
やあキョン、僕の夢にようこそ。あるいは「僕が夢見るキョン」と言うべきかな。
「落ち着いてる場合か、ここはアレだろ、橘が言ってた閉鎖空間だろ。お前も閉じ込められたのか」
いや、これは僕の見ている夢だよ。閉鎖空間の夢、あるいは僕の内面の夢さ。
その中に君が出てくるということは、それだけ僕の内面に、君が占める存在は大きいということなのかな、キョン。
まあ、本人ではなく、夢に向かって言っても仕方がないのだけどね。
「いや、あのな佐々木。これは夢じゃなくて、いや夢かもしれんが、全部夢じゃなくて、俺は俺で」
ああ、本当にキョンそっくりだね。普段の僕の観察量のたまものかな。
せめて夢の中くらい、情熱的に僕をかきくどく君でいてくれてもいいものだろうけど、
やっぱり僕自身、そういう君の姿が好きなんだろうな。
「ちょ、突然どうしちまったんだ佐々木。何かいつもとノリが違うぞ」
いいじゃないか。本人には言えないぶん、せめて夢の中でくらい予行演習させてくれたまえ。
好きだよ、キョン。大好きだよ。
中学3年の頃から、私はあなたのことが大好きだったんだよ。
あ、あはは。夢だと言っても、やはり照れるものだね。鏡がなくとも自分の頬が上気しているのが分かるよ。
夢の君も、まるで本物のように赤面した顔であたふたするものだから、一層照れくさくなってしまうじゃないか。
「さ、佐々木。あの、いやその何だ。お前本当に佐々木か?」
失敬な。僕は僕だよ。君こそ僕の夢じゃないか。
しかし、確かにその問いは面白いね。夢の中で認識する自分自身というのは、本当に己自身と言えるのだろうか。
そして夢の中の登場人物にある種の自我意識があるとしたら、それは一体どのようなものなのだろうか。
『知らず周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか』
荘子の言葉ではないけれど、夢の中の自我というのは、自己認識の問題として、非常に面白い話題だね。
もっとも、荘子は周と胡蝶の間に必ず違いがあるはずで、それを物化としていたけれど、
僕にはその区別が、確実につくとは思えないな。
それこそ、君のところの古泉くんなどに言わせれば、僕ら全員が涼宮さんの夢に登場する端役でしかないのかもしれないしね。
認識論というのは、物事の基礎を定立するつもりで始めた話が、その基礎がとても曖昧だという結論で
終わってしまうのが、非常に面白いね。
「やっぱり佐々木っぽいが、それにしちゃハイテンションだよな」
本当に失敬だな君は。まるでいつものキョン本人みたいじゃないか。
まったく、そういうところだけリアル一辺倒でなくとも良いのに。

ああ、そういえば新年に入って初めて会ったのだったね。
昨年は色々とお世話になりました、今年もよろしくね、キョン。
「お、おう。こちらこそよろしくな」
さて、夢の君とは言え挨拶も済んだことだし、夢の中で初詣にでも行くかい?
「いや、そういうことをしてる場合じゃないんだが。この世界の脱出方法を探さんと……」
脱出も何も、一夜があければ夢は終わるものさ。僕はこの一夜の夢を楽しむつもりだよ。
だから、夢の君もつきあってくれたまえ。

本物のキョンじゃなくても、彼と話しているだけで自然と微笑みが浮かんでくる。
いつもの笑みを、意識して悪戯っぽいものにして、彼の手をつかむと、僕は神社の方に歩き出した。
どうせ、本当の君はSOS団の皆と初詣に行くのだろうから、僕が君と一緒に初詣に行けるのは、
夢の中くらいなんだ。夢の中とは言え、こういう機会は活用しないとね。
握った彼の手は、本物のように暖かかった。
                                        つづく

27-935「佐々木さんの、願いは夢の中で、の巻 その2」

39-984「佐々木さんの、聖夜は夢の中で、の巻」


佐々木さんの、願いは夢の中で シリーズ トップページへ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年11月13日 22:44
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。