28-79「舞姫」

・・・土の如く、「我豐太郎ぬし、かく迄に我をば欺き玉ひしか」と叫び、其の場に僵れぬ。相澤は母を呼びて共に扶けて床に臥させ
しに、暫くして醒めし時は、目は直視したるまゝにて傍の人をも見知らず、我名を呼びてい度く罵り、髮をむしり、蒲團を噛み等し、
又遽に心づきたる樣にて物を探りもとめたり。
母の取りて與ふるものをば悉く抛ちしが、机の上なりし襁褓を與へたる時、探りみて顏に押しあて、涙を流して泣きぬ。
 是れよりは騷ぐ事はなゝれど、精神の作用は殆全く廢して、其の愚かなる事赤兒の如くなり。
醫に見せしに、過劇なる心勞にて急に起りし「パラノイヤ」といふ病なれば、治癒の見込なしといふ。
ダルドルフの癲狂院に入れむとせしに、泣き叫びて聽かず、後にはかの襁褓一つを身につけて、幾度か出しては見、見ては欷歔す。
餘が病牀をば離れねど、是れさへ心ありてにはあらずと見ゆ。たゞをりをり思ひ出したるやうに「藥を、藥を」といふのみ。
 餘が病は全く癒えぬ。エリスが生ける屍を抱きて千筋の涙を濺ぎしは幾度ものぞ。大臣に隨ひて歸東の途に上ぼりし時は、相澤と議
りてエリスが母に微かなる生計を營むに足るほどの資本を與へ、あはれなる狂女の胎内に遺しゝ子の生れむをりの事をも頼みおきぬ。
 嗚呼、相澤謙吉が如き良友は世に又得がたかるべし。されど我腦裡に一點の彼れを憎むこゝろ今日迄も殘れりけり・・・。

「ふぇ~ん、わからないよぉ~!」

「何やってんだ?お前」
「見ての通り本の読み聞かせをしているんだよ」
「どう考えても"舞姫"は子供向けとは思えないし、お前には言文一致運動とかは縁も所縁もないのか?」
「ないね。
 キョン、原文から世界観を読み出して楽しむのが読書の真骨頂さ」

・・・教育方針には口を挟まないつもりだったが、そう言う訳にもゆかないらしい。
まったく、やれやれだ。

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最終更新:2008年01月26日 10:46
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