「佐々木、今日の放課後なんだがな・・・・話したいことがあるんだ。
みんなが帰ったら教室に来てくれないか?」
今日の授業の内容はほとんど頭の中に入らなかった。
授業の内容は基礎ばかりだから塾や自習で何とかなるから問題ではないんだけどね。
気が気でなかったよ。
だってそうだろう。
誰もいなくなった教室で異性に呼び出されてされることなんて一つしかないはずだ。
それが自分が好意を寄せている男性だとするなら尚更だろう。
そんなこんなで放課後になり、校舎も朱色に染まる頃。
僕は彼がいるであろう教室の前に立っていた。
話し声はしない。恐らく誰もいないだろう。
いよいよ胸が苦しくなってきたよ。
告白。
いや、間違いなく告白だよ。
放課後。誰もいない教室。2人の男女。
さすがの彼もこのフラグをへし折る事なんかできない。
っと、どうやら頭もおかしくなってきたみたいだよ。先ほどから誰に話しかけているんだろう。
うん、いけないな。やはり恋愛なんてものは精神病の一種だね。
いや、心の臓もここまで拍動するんだ、精神だけの問題でもないようだ。
でも大丈夫だ。彼が隣にいれば。
僕は扉の前で3度深呼吸した。
そして扉に手をかけて極めて普通に右へとスライドさせた。
「よう。」
よかった、と僕は安堵した。
フラグをへし折るとしたらここにいないなんてことが考えられたからね。
無論、彼がそんな男ではない事は分かっているよ。
しかし彼のフラクラぶりは予想の遥か上を行くんだ。
そう、あの時だって・・・・・・という思考を封印して平静を装い尋ねた。
「は、話したいこ、こととは、なななな何だい?」
・・・・ダメだ、とてもまともに話す事なんかできない。
彼には夕焼けのせいでわからないだろうし、これといって確証があるわけでもないが恐らくは顔も真っ赤だ。
そんな僕とは打って変わって彼はずいぶんと落ち着きながら言った。
「昨日な、クラスの女子に囲まれて怒られたんだよな。
『いつまで佐々木さんの‘こうい’を無駄にするつもりなんだ』ってな。」
何ということだ。クラスの女子は僕の彼に対する気持ちが見抜いていたというのか。
何故だ、どこから漏れた。
言語化はしていない。ということは僕の行動か?
いや、そんなはずはない。
恋愛なんてものは精神病の一種だ、なんていってしまった以上、なんとか悟られないように行動していたはずだ。
たかだか1時限の中で5、6回・・・・・確かに10回くらいはちらちらと見てしまっていたかもしれない。
30秒だけ見とれてしまったこともある。
しかし、そんな些細な事がばれるわけがない。
「それでだ、俺も考えてみたんだ。俺がどれだけお前から‘こうい’を受け取ってたかを。
俺が、馬鹿だったんだよ。」
そうかい、やっと分かってくれたのかい。
君はとんでもないほど鈍感というわけではなかったようだね。
僕が立て、君がへし折ってきた幾十のフラグたちも浮かばれるというものだよ。
僕が心の中で感涙していると彼は言葉を続けた。
「それで俺はお前の‘こうい’に報いることにした。」
・・・・危険だ。これはとてつもなく危険な状況だよ。
好意に報いる?それはつまり、形にするなどの行動に移すということだね。
プレゼントをくれるのかい?
ネックレスとか、も、も、もしかしたら指輪とか。
いや、中学生の財力ではそんな高価なものは買えまい。
たとえ、露店で売っているような安物の指輪でも僕は喜んで受け取り、一生大切にするけどね。
見たところ彼は何か持っているわけではない。
と、いうことは行動か?
や、やはり、こ、ここここ告白されてしまうのか?
そこで僕の手をとり、体を引き寄せられ、僕の唇を奪ってしまうのか?
それだけではなくここで寝かされ、あ、あんなこともしてしまうのだろうか。
いや、まだこの学び舎には教諭が残っているし、そういったことは・・・
しかし、君が求めるのなら・・・・僕は・・・・・
学校側にばれて、退学にされ、親から勘当されても・・・・・・・・
という妄想を繰り広げていると彼はとんでもないことを言い出した。
「何が食いたい?」
「う、うん?」
不意をつかれてしまったね。思わず変な声を出してしまった。
まさか食べ物だとは思わなかったよ。
先ほどまで考えることで死んでしまった脳細胞の返還を要求しよう。
「いや、俺は億万長者の息子って訳じゃないしな。
そんな高いところは困るがごく一般的な店くらいなら払える。
今日は母親から小遣いを前借りしてきて5000円も入ってるんだ。」
・・・・・・なんだが心配になってきたな。
まさかとは思うが、まぁ聞いてみよう。
「・・・・・・・なぁ、キョン。‘こうい’って漢字で書けるかい?
できればご教授願いたい。」
「は?そんなの簡単だろ。こう書くんだよ。」
そういってキョンは黒板にチョークでこう書いたんだ。
厚意
ってね。
「いやー、よく考えたらそうだよな。お前にはだいぶ世話になった。
勉強もお前のおかげで分からなかったところも分かるようになったし。
塾までの足じゃ割に合わないよな。・・・・って、佐々木、どうした?
メシじゃ不満か?」
「・・・・・・いや、なぜ‘こうい’と聞いてそっちが頭に浮かんだのかはおいておこう。
そんなのは人それぞれだし、受験生だから難しい方が浮かんでしまったのかもしれない。
それは喜ばしいことだ。しかしキョン。なぜよりによってこの時間のこの場なんだい?
勘違いしてしまったではないか。」
「ん?勘違い?何のことだか知らんが女子たちがな、話すならこういうところがいい、
って言うもんだからな。俺は別に朝会った時に言ってもよかったんだが
それじゃあムードが台無しとか言いだしてな。何のことなんだが・・・って、佐々木?
そんな床に手をついて。汚れるぞ?」
「それはね・・・・・君がそこまで阿呆だとはまさか彼女たちも思わなかったからだと思う。
僕もね、まさか。まさかこんな結末が待っていようとは、思わなかったよ。」
「ん?どうした、佐々木。泣いて・・・んのか?
「いいや、これは僕の涙じゃない。きっと、数十のフラグたちが流した涙なんだよ。
どうやったら届くんだろう、ってね。」
「へ?」
「いや、何でもないよ。それよりもお腹が、空いたな。
簡単なファーストフードでいいよ。食べに行こう。」
「え?そんなところでいいのか?」
「いいのさ。・・・・・そう、いいんだよ。くっくっ。」
その後、学校近くのファーストフード店で
「もう勘弁してくれ」という男の声と
「嫌だ、まだ食べる。食べたりない」という女の声が何度も響いた。
最終更新:2008年01月26日 10:51