11-869「佐々木団inカラオケボックス」

「キョンく~~ん、でんわ~~。」
夕飯を食べ終え部屋でくつろぎの一時を送っていると、妹が部屋に飛び込んできた。
受話器を俺に押し付けるとそのまま俺の部屋にいたシャミセンに飛びつく。
どうでもいいが妹よ、電話を取り次ぐなら役目を果たせ。
せめて相手の名前ぐらいは聞き取って来てもらいたいものだ。
「もしもし?」
おれが電話に出ると、
「やあ、キョンか、僕だ。」
という声が聞こえた。
電話の第一声で僕だ、とはなかなか豪気な奴だ。
世が世なら「オレオレ、オレだよ」というお馴染みの詐欺として通報されてもおかしくない。
いや、まあ俺にはこれで通じるんだが。
「佐々木か。」
「そう、僕だ。君が僕の声を忘れてはいないようで、何よりだよ。」
俺だってそれほどボケてはいないさ。
「くっくっくっ、そうだな、君は記憶力はそんなに悪くなかった。
 もっとも、それを学習に生かす機会には恵まれないようだがね。」
手厳しいな。
まあ、俺も学業に関しては谷口あたりと争っていていいのか、という危機感はあるのだが。


「それで、用件は何だ?また神がどうの、という話か?」
橘京子、藤原、周防九曜の顔を思い出しながら佐々木に問う。
出来れば、あいつらに関わるのは御免こうむりたい。
「いや、どちらかといえば今日は……そうだな、純粋に僕の好奇心、と言ったところか。」
「好奇心?」
こういっちゃなんだが、佐々木からそんな言葉が出るとは思わなかった。
それはどっちかというと我らが団長様の専売特許だろう。
あいつほど好奇心と言う言葉を体現しているやつはいないだろうね。
「今日はせっかくの休日ということでちょっと遠くの方へ買い物に行ってね。
 普段僕はあまり人込みは好きではないのだが、休みとなるとそう嫌なものでもないね。
 なかなか楽しい時間を過ごせたよ。」
休日をエンジョイしているようで何よりだ。
少なくともミステリーサークルや時空の歪みを探しているよりは有意義だろうよ。
しかし俺はお前に今日の行動を尋ねたわけではない。
「わかっているさ。その買い物途中に、非常に興味深い物を見つけたのさ。」
「へえ?」
佐々木が興味を惹かれるとは、それは一体どんなものなんだろうね。
「『んっ…!?この気配は!? 穏やかなる俺の日常はある圧倒的な存在によって激変した!』
 だったかな、くっくっ」
その瞬間、一気に血の気が引いていくのがわかった。
そのフレーズに聞き覚えがある。というか、ありすぎる。
そしてそれは佐々木が知っているはずがないのだが…。
まさか、佐々木っ……!!
「くっくっ、『涼宮ハルヒの憂鬱 キャラクターソングvol.9 キョン』か。
 いやいや、水臭いじゃないかキョン。
友人がCDデビューを果たしていた、なんてことはもっと早くに知っておきたかったよ。」
明らかに笑いを含んでいる佐々木の声を聞きながら、俺はパニックに陥っていた。
…これ、何のいじめだ?
それは俺たちがまだ1年生だった頃のこと。
「SOS団を世に知らしめるために、それぞれのCDを作って売りましょう!!」
ハルヒが無茶を言うのはいつものことだが、これはいささか度が過ぎていた。
何を馬鹿なことを、と一蹴してやろうかと思ったのだが。
常に笑顔を浮かべる超能力者曰く、
「いやいや、流石は涼宮さん。実に効果的なプロモーションだと思いますよ。
 幸運なことに、僕にはその道の知り合いがいますので、掛け合ってみましょう。」
無口な対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス曰く、
「…………かまわない。」
部室のエンジェルにして麗しき未来人は
「ふぇ…あ、あのっ…しーでぃー、ですか?なんですかそれ?」
…かくして、他のSOS団メンバーの好アシストにより、賛成3、棄権1、反対1でCDデビューは可決してしまう。
戦犯たる古泉はこの後ポーカーでカモっておいた。

世の中間違っているもので、話はトントン拍子に進み、何時の間にやら準団員の鶴屋さん、生徒会の喜緑さん、
果ては俺の妹まで巻き込んで、団長プレゼンツ「SOS団をプロデュース。」は見事実現にこぎつけてしまうことになる。
特に自らの曲が入ったCDが完成した際の俺の気持ちの暗澹たるや、想像していただきたい。
思わずヘッドバッドでマスターCDを叩き割ろうかと思ったね。


「…ョン? キョン? どうかしたのかい?」
佐々木の声で回想から呼び戻される。
嗚呼、佐々木よ、どうして俺の黒歴史を記憶の底から呼び覚ますんだ。
あのまま封印しておきたかったのに。
「いやいや、今年の2月に出ていたのに、今日の今日まで知らなかったとは残念だよ。
 『やめとけと言うべきか どうせ徒労だろ』」
「おい、佐々木ぃ!! 」
歌詞を口ずさむ声に思わず大声が出てしまった。
佐々木は、明らかに面白いオモチャを見つけた、という声だ。
「……勘弁してくれよ。」
思わず嘆きも出るってもんさ。
「くっくっ、照れることはないさ。
 なかなかにいい曲じゃないか、思わず一つ所望してしまったよ。」
お前の物好きにもあきれたもんだな。
断言するが、それを買ったところで得をすることは何も無い。
「他の奴らのCDも買ったのか?」
「残念ながら僕の財源も有限でね、それはまたの機会にさせてもらったよ。
 今は君の歌声が僕の部屋で鳴っているだけさ。」
俺の、朝比奈さんに勝るとも劣らない個性的な歌声が佐々木家の近所迷惑になっていないか非常に心配だ。
今のうちに謝っておこう。ご近所の皆様、申し訳無い。
あんなものは即刻ゴミの日に出すのが世のため人のためだ。
「卑下はいけないよ、キョン。橘さんも、非常に気に入ったと言っていたのだ。」
「なっ、お前、あいつにまで聞かせたのかっ!!」
…そろそろ俺は窓からダイブしなければならないようだな。
「今日は橘さんと一緒に買い物に出かけていたのさ。
 彼女もCDを買ってくれていたよ。喜びたまえ。」
買ったのかよ。あいつも一体何を考えているのか分からん。
「そうそう、彼女から提案があった。今度、君も交えてカラオケに行かないか、とね。
 もちろん僕も賛成させてもらったよ。君の歌声が生で聞ける絶好の機会だ。」
この上に恥を晒せと言うのかお前は。

「却下だ、却下!!何故俺がそんな…」
「藤原や九曜さんも参加させよう。なかなか面白い集まりになりそうだ。」
俺が文句を言い終わる前に佐々木はどんどんと企画を発展させていく。
おーい、人の話を聞け。
ちょっとカラオケボックスでの光景を想像してみよう。
あいかわらず不機嫌そうな藤原。
一言も発さない九曜。
やたらとハイテンションにタンバリンで場を盛り上げる橘。タンバリン京子とでも名づけてやろう。
そしてニヤニヤしながら座っている佐々木。
…どんなシュールな図だこれは。
そして誰が得するんだこの状況。

「とにかく俺は行かないからな。」
ここは断言しておかなければ。そんな状況に自らを追い込むわけにはいかん。
君子危うきに近寄らず、とは孔子の言だったか。
この場面に当てはまるかどうかは知らんが。
「そうかい、まあ君の意思は尊重しなければね。
ところで僕が今まで知らなかったように君のCDデビューは知名度がやや高くないようだ。
ここは親友として僕が中学の皆にプロモートしておくことにしよう。」
佐々木がとんでもないことを言い出した。
教えてくれ、俺はあと何回、恥をさらせばいい?
そんなことをした日には、俺は同窓会に顔も出せなくなってしまう。
「やめてくれ。後生だ。」
俺の慌てた声が面白かったのか、佐々木は更に声に笑いを含ませながら
「照れることは無いさ。同窓会幹事の須藤あたりに聞けば皆の連絡先は把握できる。
 もっとも、僕の願いを君が聞いてくれるならば、僕も君の願いを聞くこともやぶさかではないが。」
とおどけたように言った。
くっ、卑怯なっ!
最初からこれが狙いだったわけか、忌々しい。
だがこれ以上傷口を広げるわけにはいかない以上、俺の選択肢は一つしかない。
「……わかった。カラオケだな。」
俺の悲壮なまでの妥協の産物だ。
この時の俺の気持ちを察していただけるとありがたい。
「くっくっ、そう言ってくれると思ったよキョン。
 日程は僕が調整しておくよ、何も心配することはない。それでは後日。」
満足そうにそう言って佐々木は電話を切った。
最初から最後まで佐々木は非常に楽しそうだった。
俺としては、何を楽しみにすればいいのかわからないのだが。
溜息をついていると、まだシャミセンとじゃれている妹が視界に入った。
やれやれ。平和なことだ。
また一つ憂鬱な予定が増えていったことに頭痛を覚えつつ、夜は過ぎていった。

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最終更新:2007年07月20日 21:11
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