9-102「プルケリマ」

駅からバス停まで歩く帰り道
あの日みたいに私は空を見上げていた
相変わらずの町並みと私と青い夜
キミは自転車を押しながら、空を眺めていたね
この街でも星が見えるなんて、キミに教えられて初めて知った

―何を見ているんだい?
―見ろよ、天然の人工衛星がきれいだ
―あれは何万年前に生まれた光が、僕たちに届いてきているのさ
―なら、あれは今はもうないかもしれない光だな
宙を眺めるキミはそう言った
でも、あの星はまだちゃんと見えているよ

キミと何度この空を見上げて歩いただろう
キミとどれだけの数の星を見ていたんだろう
夜に浮かぶ天然の人工衛星
少し前を行くキミの背中
私が踏んだキミの影
二人きりの空の下で私たちだけを照らしていた
何万年前の光は暖かかったね

帰り道、すれ違う親子
あのつないだ手がずっと離れなければいいな
ずっと手をつないだまま、いつまでも幸せでいられるといいな
その手が離れないままに
ずっとそのそばで

今キミはどうしているかな
私の知らないものを見て
私の知らない人と出会って
私のいない毎日を過ごしている?
キミのいない毎日と同じように

それでも、まだ星を見ているのかい
この星空を覚えてくれているかい
キミは星空に手を伸ばして何かを掴もうとした
その大きな手がうらやましかった
今のキミの手に守りたいものはあるかい
失くしたくないものはあるかい

そんなこと
私は神様じゃないからわからないけど
あのころの私は精一杯強がっていた
それしか出来なかったよね
自由と目の前に広がる未来に途方に暮れながら
変わっていく自分に怯えながら
必死に虚勢ばかり張っていた

強がって
笑いあって
キミと歩いて
キミのそばにいた
あの愛おしくて切なくて優しい日々は
誰にもさわれないように
土足で踏み込まれないように
誰も知らないこの場所に隠してきたんだ
キミにすら気づかれないように
自分すら騙すように

何万年前の光に満ち溢れたこの空が私に見えなくなるとき
この空が私の知らない違う空に見えるとき
そのとき世界は明日になっているのだろう
でも、それはきっと同じ空

今の私には守りたいものがある
失くしたくないものがある
この夜空に手を伸ばして星空に刻み込んだように
自分の仮面と引き換えに手に入れたもの

強がっていたこと
笑いあっていたこと
キミと歩いていたこと
キミがそばにいてくれたこと
ちっぽけな私だったけど、確かにそこにいたこと
キミと一緒にいられたこと
キミと出会えたこと
全てなくしたとしても忘れないこと

『プルケリマ』

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最終更新:2008年01月27日 08:13
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