ここはCARDINAL GATE内、
嘆きの部屋。
この部屋の主である
嘆きの樹お嬢様は、今日もベッドに突っ伏して深いため息をついています。
「はぁ……みんな羨ましいなぁ……」
どうやら、彼女にも年相応の悩み事があるようですね。
「お・じょ・う・さ・まっ☆」
そんなお嬢様に襲いかかって今にも食べてしまうかのごとく、一人の女性が彼女の上に覆いかぶさってきました。
「きゃぁっ!! せ、青龍……?」
「も~、悩めるお嬢様ったら可愛い☆ つい欲情しそうになっちゃった」
そう言って青龍は、お嬢様から離れてベッドの端に腰をかけました。
「ちゃんとノックくらいしてから入ってよ~」
お嬢様も起き上がり、ベッドの上に足をくずして座ります。驚かされたのが気に入らなかったのか、ちょっと不機嫌そう。
「しましたってばぁ。お嬢様全然お気づきにならないんですもん」
「そ、そうだったの? ごめんなさい」
素直に謝るお嬢様。
「そ・れ・で……お嬢様は一体何を悩んでいたのかなぁ~?」
ずずぃっ、と顔を寄せて青龍が詰め寄ります。
「え……えと、それは、その……」
「人には言えない悩み? ……もしかしてえっちなこととか~?」
「ち、違うわよっ!」
お嬢様、顔が真っ赤です。
「……ねぇ青龍」
どうやら観念したようですね。
「何でしょう? お嬢様」
「どこかに『王子様』はいないかしら?」
「王子様、ですか……?」
これは予想外だったのか、青龍は頭をひねりました。
「そう。だって、蠍火さんにはジェノさんがいるでしょ? 冥ちゃんにはスカッドさんがいるし、雪月花ちゃんは白壁さん、ワンモアちゃんはクエさん、桜さんはゼノンさん……。
私だけ特定のだれかがいないのって、なんか悔しいなって」
そう言ってまた、先ほどよりも深くため息をつくお嬢様。
「なるほどなるほど、要するにお嬢様は恋がしたいと」
「ま、まぁ端的に言えば……そういうことになるのかしら」
軽く頬を染めて、お嬢様はそう答えました。
「うんうん、やっぱりお嬢様も年頃の女の子ですから、そういったものに興味を持つのも当然ですよね~。
よ~し、それではこの青龍にお任せください! とびっきりカッコいい男性をお連れしてみせましょう!」
「本当に!?」
「ふっふっふっ。一人だけ、心当たりがあるんですよ~。あたしから見てもこれ以上の人はいないってくらいの人が。
明日にでもお連れしてきましょうか?」
自信満々に答える青龍。しかし、その瞳の奥にどこか怪しげな何かが光っているように見えるのは、気のせいでしょうか……?
「ありがとう、青龍! 期待して待っているわ」
「と、言うわけなんだよね~。だから、お願いっ!」
「お前……最初っから私をあてにしてただろう」
場所は変わって、こちらは白虎の間。二人の女性が向かい合って何やら揉めています。
「あはは……ばれてた?」
「当たり前だ!」
「この役をこなせるの、白虎ちんしかいないって! ほら、これ着てよ~。せっかく白壁君から借りてきたんだから」
男物の服一式を突き出す青龍。しかし白虎は断固として受け取ろうとはしません。
「だいたい、私じゃなくて他の人でもいいじゃないか」
「ダメダメ、あたしじゃすぐボロが出そうだし、朱雀さんは潔癖だから死んでもやらないだろうし、玄武はばいーんだから一目でばれるし……」
「じゃあ私たち以外の人に……」
「お嬢様を守るのがあたしたちの役目なのに、他の人に任せられる?」
「う……ま、まぁそうだけど……」
反論できない白虎。追い詰められてしまいました。
「ね、お願い! 今度あたしのBPM1貸してあげるから!」
「その話はもういい。……わかったよ、一回だけだからな?」
白虎は渋々ながら承諾し、服を受け取りました。
「さっすが白虎ちん! 話がわかるぅ!」
「まったく……」
そして翌日、GATE前。
「なぁ、一人称は『僕』と『俺』どっちがいいんだ?」
「重要な問題だね。やっぱり白虎ちんなら『俺』が似合うかな」
「それ、遠まわしに私のこと馬鹿にしてないか?」
「ダメダメ、『私』じゃなくて『俺』」
「くっ……わ、わかったよ」
「おっけー。それじゃお嬢様呼んでくるからね」
「あぁ……もうどうにでもなってくれ……」
GATE内に姿を消す青龍を見送った後、白虎は空を仰ぎ見ました。雲ひとつないHAPPY SKY、絶好のデート日和というのでしょうか。しかし、そんな白虎の胸中は不安という名の雲に包まれ、今にもDistorteDしてしまいそうです。
「あの……失礼ですが、貴方は?」
突然声をかけられ、はっと我に返る白虎。
(げ……す、朱雀……)
よりによって、今一番会いたくない人物。朱雀がまるで不審者を見るような顔つきで白虎を睨んでいます。
「ここはCARDINAL GATE。用の無い物は可及的速やかに立ち退き願います」
「い、いや。わた……俺は青龍に呼ばれて来て、ここで待たせてもらってるだけなんだ」
慌ててでまかせを言ってしまいましたが、あながち間違ってもいないかもしれません。
「そうですか。青龍は多分中にいると思いますし、私からお呼び致しましょうか?」
「あ、それはいい。あいつが忘れ物をして取りに戻ってるだけだから、すぐに帰ってくると思うんだ」
嘆きお嬢様を連れてくるのだから、これも正しいといえば正しい。
「そうですか。失礼致しました。それでは……」
朱雀はそれ以上の詮索はせず、GATE内へ消えていきました。
「はぁ……助かった。……って、よく考えたら別に朱雀にまで隠す必要なんてなかったんじゃ……?」
その通り。しかし朱雀のことですから、本人が納得しない限り日が暮れるまで質問責めにされることもあったかもしれません。
「ま、予行練習だと思えばいいか……」
呟いて、白虎は軽く襟元を直しました。
「お待たせ~」
と、そこへようやく青龍が戻ってきました。後ろには、嘆きお嬢様の姿。
「あ……」
お嬢様と視線が絡みます。まさか、いきなり見抜かれてしまったのでしょうか……。
「は、はじめまして。嘆きお嬢様のことはコイツからよく聞いていましたよ。俺……」
自己紹介しようとして、重大なことを忘れていたことに気づいてしまいました。
(名前――! 何て名乗ればいいんだ!?)
「亜細亜的混合曲戦士風雪課長、あたしは課長って呼んでるけど」
すかさず青龍の助け舟。
「風雪課長です。以後お見知りおきを」
ネーミングに激しくツッコミを入れたい衝動を抑えつつ、なんとか自然な形で自己紹介はできました。
「……ほらお嬢様、挨拶挨拶!」
ぽけーっとしてるお嬢様の背中を押す青龍。お嬢様がはっと我に返ります。
「は、はじめまして! 私、嘆きの樹です! 今日は一日よろしくおねがいします!」
「こ、こちらこそよろしく……」
どうやらばれてはいない様子。第一関門はなんとか突破です。
やっぱりお嬢様は素直な子だ……そう白虎は思いました。同時に、そんな素直なお嬢様を騙しているという罪悪感に、胸の奥がちくりと痛みました。今ならまだ、引き返せる。今ここで「な~んてねっ。実は男装した白虎でした~」と言えば、きっと笑って許してくれるでしょう。しかし。
「どうしたんですか? 課長さん」
今までに見たこともなかったお嬢様の輝いた瞳は、白虎の罪悪感よりも好奇心を突き動かしました。
「いや、なんでもないですよ。さぁ、行きましょう」
「はいっ!」
人々の嘆きを糧として生きる少女にも、こんな笑顔ができるんだということを、白虎は初めて知ったのです。
「一応紹介者として、あたしもしばらくついていくけど、様子を見て退散するから。いいよね?」
「あぁ、構わないよ。それじゃあ第一地区から適当に見てまわろうか、お嬢様」
「ええ! あ、私のことは嘆きって呼んで下さいね! 呼び捨てで構いませんから」
「そ、そうですか? ですが……」
自分が仕えるべき相手を呼び捨てなど……さすがに畏れ多いものがあります。
「いいんですよ。蠍火さんや冥ちゃんだって呼び捨てで呼ばれているんだし……そういうの、ちょっと憧れてたんです」
もじもじしながら話すお嬢様。
(……これ、お嬢様一目惚れじゃないの? やるじゃん白虎ちん)
(……茶化すな)
「どうしたんですか?」
「いえ、お気になさらずに。それでは……行こうか、嘆き」
そんな様子を、遠巻きに見ている女性が二人。
「あの男……青龍を待っていると言っていましたのに、何故お嬢様と……」
「う~ん、なんだか怪しいですねぇ~」
「尾行しますわよ、玄武。お嬢様に手を出したら消し炭にしてあげますわ」
「あぁ~待ってください朱雀さぁ~ん!」
最終更新:2009年03月10日 22:23