50 :もしハサ ◆yfIvtTVRmA:2008/03/12(水) 23:59:30
もしも、それが実現されていたら後の歴史において快挙だとされたのか、
それとも暴挙だとされたのか。
その日、宮殿内で一人の男が生涯を終えた。原因となったのは額に刺さったナイフ。
ダークと呼ばれる暗殺者の愛用する武器である。
ここまでならままある話だ。問題なのは宮殿内の遺体が十字の帷子を着ていた事である。
男は敵側の将軍だった。
「あなたは―、自分が何をしたのかわかっているのですか」
「――」
ハサンはダークを将軍に投げた部下に問う。右腕の長い部下は答えない。
暗殺をするだけの存在として育てられた彼には言葉を返す事ができない。
無論育てたハサン本人はそれを知っている。
知りながらもあえて聞いたのはむしろ問いかける事で自分が冷静になり次の行動を
間違えない為。
「私は神を信じる事が出来なかった。先代達のように神を信じ戦い続ける事など
出来なかった。我々が勝った所で何になる?憎しみの果て十字軍の末裔達を滅ぼそうとも、
この砂漠が潤う事も散っていった者達が蘇る事もない。そうだ、戦いたくなど無い。
命の危機は無くさなければ。私は趣味の拷問に一生没頭していたかった」
ここにいる生者がこの部下のみだったから、ハサンは自分を信じている者達―
いつか全軍を投入し、今まで集まった皆で特攻をかける日を心待ちにしている者達―
の前ではとても言えるはずの無い本音をペラペラと喋りだす。
それは目の前の部下が言葉を持たぬが故。
いや、それだけでは無い。それは懸命に育ててきた彼を、あってはならない失敗をした
彼を生かして外に出さぬ決意をしたが故。
「だから私はハサンになった後人を集める所から始めた。暗殺の技術を伝え部隊を編成し
勝利の時は近づいていると高らかに演説した。全ては戦の日を先延ばしにしようとも
私を疑わせない為、私が懸命に最終決戦の準備をしていると思わせる為です。
あなたを手塩にかけ育てたのもその一環ですよ。
稼いだ時間を使い私は様々な工作を行いました。そして今日やっと実を結ぼうという時
だったのに。やってくれましたね、二十年以上に渡る私の夢、不可侵の契りはこれで
ご破算です」
ハサンは策を重ね捕らえた将軍を人目の付かない場所に監禁し、何日も何日も語りかけた。
自分が本気で戦争する気がない事、自分が集めた兵隊達が本気になったら双方に
多数の被害が出るだろう事、そして拷問の素晴らしさ。やがてハサンの弁舌に屈した
将軍は完全に人形となった。後は将軍に手土産を持たせ前線に送り返せば戦いは終わる
はずだった。お互いが役立たずの兵士を数名づつ失っていくだけの平和が、指導者
である自分にとっては痛くも痒くも無い状態、戦っている振りをしながら天寿を
全うする事ができる環境がまさに生まれるはずだった。
「あなたにとっても悪い話じゃなかったはずです。優秀なあなたは戦場に出る必要は
なくなるはずだったのですよ?それなのに何故」
「――」
答えが来ないのは分かっている。しかし彼を今ここで処分する前にどうしても
聞きたかった。
生まれてきたときから自分の言葉を聞いてきた彼が裏切るとは全く予想できなかった。
自分の命令一つでどんな戦場にも飛び込み民の意識を戦場に向けさせ続けた彼がこの
土壇場で裏切った理由、それがどうしても分からない。
「――ハサン、私はもっと戦っていたかったのです」
突如言葉を持たぬはずの部下が口を開いた。一体自分の知らぬ間にどこで言葉を
覚えたのか。いや、そんな事よりも衝撃だったのは自分に従順だと思っていた部下が
口にしたその内容の方だった。
「お前も、お前も私を分かってはくれないのですね」
ハサンはがくりと肩を落とす。
結局は、こいつも他の民衆同様神の名の下に戦う事でヒロイズムに浸れる側だったか。
この組織の中で異常なのはやはり自分のみ。何も無いこの地での楽しみ方を
手取り足取り教えてあげた将軍もそれを黙認してきた従順な部下も今はいない。
ハサン床に手を置き言葉を呟く。
もう弁明も質問もいらない。彼が紡ぎだすのは決別の言葉。それはハサンとなる全ての
者が肉親にすら秘密としてきた究極の暗殺術を発動させる言葉。
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最終更新:2008年10月25日 16:18