414 :もしハサ ◆yfIvtTVRmA:2008/07/11(金) 01:06:25
エピローグ2 「この先に広がるいくつかのもしも」
喉が痒い。
間桐慎二が意識を取り戻して最初に感じたのは激しい喉の痒みだった。
と、いうよりも喉の痒みが意識を取り戻すきっかけになったのだろうか。
起き上がり、痒みの感じる場所に指を当てる。引っかこうとして―、
ぞわ ぞわ
首の皮のすぐ内側で何かが蠢いているのに気づいた。
「さわらん方がいいぞ」
間桐臓硯である。彼の祖父の存在が慎二に今いる場所が自分の家の蟲蔵である事を
理解させた。
「喋れるか?」
「・・・じゃびぇらば」
声を出そうとしたがまともな声が出ない。その上声を出そうとすると喉に刺すような
痛みが走る。
「まだ無理か。だが自力で起き上がっとることじゃし意識の方は大丈夫じゃな」
首を縦に振り祖父の言葉を肯定する。
「では聞け、慎二よ。一命を取り留めたばかりのお前には酷な話じゃが、お前はもうすぐ
人では無くなる。この儂を人ではないという基準に置いたならばな。呵々々」
笑いながら語る老人の言葉を受け慎二に戦慄が走る。
「遠坂の娘らの手でお前がここに連れてこられた時、既に手遅れじゃった。
喉の傷は塞がれておったが、動脈は既に使いもんにならん、しかたがなかったのじゃ。
儂はすぐに奥の手をお前に使った。その時はお前の体では上手くいくとは思わんかった
が、元々助からん命なら試してみるのも良かろうと思ってな」
つまり、だ。今の自分は、この首の内側で蠢いている蟲は今、自分の体を―。
「慎二よ、その首の中の蟲は今までお前に入れていた蟲とは一線を隔す。
そいつは、お前の体の一部として動脈の代わりに働き、また体の主導権を徐々に
蝕んでいく。首の痒みが静まれば、次は全身をけだるさが襲うじゃろう。
やがてお前は陽を恐れるようになり、全身の血肉が蟲に食い破られその体は消失する。
しかし安心せい、お前の魂は蟲によって現世に留まらせてやろう、儂の魔術でな」
「ぢゅ、づ、つまりあんたと同じになるというわけか」
「ほう、喋れるか。馴染んできたようじゃな。怖いか慎二?だがこれこそがマキリの魔術
の本質、傷つき或いは老いる事で失われていく血肉を蟲で補い究極的には魂のみを残し
蟲の体で生き続ける。これこそが儂の作り上げたマキリの魔術の基礎にして究極の形よ。
なに、苦しかろうがすぐに慣れる」
「ふ、ふざけんなよっ、人の体を勝手にいじくりまわして」
「考えてみればこの二百年、アインツベルンの爺を除けば儂と同じ時間を生きて
きたものは誰もおらんかった。こうして仲間を作るのはむしろ必然だったかも知れん。
しかし、雁夜でも桜でもなくお主を選ぶ事になるとは思わんかったがなあ、呵々々々。
いやいっその事あの二人もここにいる内にこうしておけばここももっと賑やかになって
おったかの呵々々々々々々!!!!!!!!いやぁ愉快愉快!!!」
狂った様に笑い出す臓硯、いや、この老人はとっくに狂っている。慎二が生まれるよりも
ずっと前、おそらくは蟲の体を手にしてから。彼はもう自分が何を求めていたのかも、
誰を愛していたのかも覚えてはいない。彼の作り上げた不死の魔術は失敗作である。
自身の魂をそれこそ生きる事のみに執着する蟲の領域まで貶めるものだ。
慎二は今まで何も知らされてはいなかったが、目の前の怪物の嗤いを目の当たりに
したらその事実にだけは気づかざるを得なかった。
彼は蟲の体による不死を手にしてから少しづつ狂い、そして唯一の心のより所だった
聖杯戦争が前回以上にまともに機能していなかった事と聖杯が手に入らなかったその
顛末を言峰から聞いた時完全に壊れた。もう、桜を解き放った時のように一時的に心が
戻る事もないだろう。
「さあ慎二よ儂と共に生きようか、時間は十分にある、食事の取り方から何まで
色々と教えてやるぞ」
ミイラの様に干からびた手を差し出す臓硯。
この手を取り彼の同士となれば命は助かりマキリの魔術師として生きていけるが、
今ある間桐慎二という存在は間もなく消えうせる。
今ここで彼を拒絶すれば間違いなく彼は怒り狂い自分は瞬く間に処分され彼の血肉となる
だろう。あるいは今すぐ首に爪を立て動脈の代わりになっている蟲を抉り出し、
老人を馬鹿にしつつ人生に幕を引くのもいいだろう。
臓硯の手を見る慎二の脳内には様々なもしもが広がってくる。
喉が痒い。
[選択肢]
イ.士郎
ロ.桜
ハ.凛
二.バゼット
ホ.イリヤ
投票結果
最終更新:2008年10月25日 16:20