418 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/07/11(金) 01:21:21
咄嗟に走り出す。
跳び出した魔力の塊のようなそれは、動きだけ見れば通常の落下と同様だ。
夜闇の中であれ目を凝らせばその異常さは見て取れる。
ヒトにあるべきモノ、肉体を覆う皮膚もその下にあるべき筋肉さえもない骨だけの姿。
だがそれが何を意味するのか、それを考えるモノはこの場には居なかった。
着地の瞬間の隙は、高所からの落下であればあるほど大きくなる。
その瞬間を狙うのは常道であろう。
無論、それが通常の法則に当て嵌まる存在であるならば、ではあるが。
着地の直前、地面を抉るような低高度でライダーが飛び掛かる。
足を払う、というよりも下半身を吹き飛ばすような吶喊。
防ぐことも避けることも適わぬ一撃。
そう考えた瞬間、衝撃が走った。
ダメージそのものは深刻な物ではなく、ただ機動を阻害されたという程度の物でしかない。
だがその衝撃の正体が分からず、壁に着地した直後の一瞬動きが止まる。
『着地の瞬間を逆に狙われる』
そう思考した次の瞬間に壁から跳び、その壁に穴が穿たれた。
閃光のような突き。
それはただの一撃だが、先の瞬間までまるで感じなかった驚異を感じ取る。
服装からして突撃の直後に蹴飛ばした敵と同一の存在であろうそれに、である。
鈍い光沢のような魔力を放つその刃から放たれる突きは成形炸薬弾も同然の代物だ。
それは人間のスケールにすれば『もしかしたら犬に手を噛まれるかもしれない』という程度の驚異でしかない。
だがゼロであった脅威がゼロでなくなると言うことには意味がある。
僅かな可能性に全てを賭け、そして勝ち取った存在を、彼女は身近に知っているのだ。
「ライダー、下がって!」
確認も取らず、最速で魔術を構築し、発動させる。
着弾時に炸裂し、炸裂した瞬間に周囲に影を撒き散らす二段構えの魔術弾。
だがその魔術弾は迎撃される。
カポーテを只一度振るっただけ、それだけで発動する魔術によって、である。
接触した瞬間に炸裂する魔術であった故の必然とはいえ、それを見抜き一瞥さえしない戦術眼は並外れている。
最早眼球に頼らずとも、体に触れる風の流れだけで、多くを理解する領域に男は存在していた。
「……牽制もできない、なんて」
視線を落とし歯噛みする。
大魔術ならばあの程度の衝撃、貫通もできよう。
だがそれでは意味がないのだ。
彼女の役割は援護攻撃によって敵の足を止めること、即ち本来攻撃の手を休めては行けないのだ。
『サクラ、それで十分です、分かったことがあります』
ライダーからの念話が聞こえる。
気を取り直し敵の方向に視線を向けると、ライダーは攻撃しながら念話を行っているらしい。
『敵の魔術の威力は高くはなく、また攻撃範囲も狭いようです。 私なら直撃を受けても問題ありません』
『ただの牽制ってこと?』
『無論防御が未熟ならば……通常の人間ならば即死でしょうが、少なくとも私に対しては決定打となりません』
僅かなバックステップで開けた距離を見て取ったのか、狙いさえ定めぬ連続した突きを放ち、ライダーを下がらせると同時に自らも一気に距離を開ける。
そこに『見せるための隙』を見て取ったのか、ライダーも軽々な追撃はしない。
『どちらかと言えばあの突きが驚異ですね、あの剣に込められた魔力量と、恐らく闘牛を原型としたあの突き……こちらの防御さえ貫くでしょう』
無論容易に受けることは無いだろうが、もののはずみというモノもあるだろう。
桜が格闘戦ではなく鎖を用いた中距離戦闘を指示しようとする直前、それは発動した。
「えっ……!?」
コロシアムで熱狂する群衆のように周囲の物体がざわめき立つ。
同時に全身に力が強制的に入り、闘志だけがひたすらに湧き上がってくる。
目の前の敵がたった二回指を振るった、只それだけで頭に血が上ったように体が熱くなる。
まるで興奮剤を空気に混入されたかのような混乱、それは魔術抵抗に、それどころか生物か否かも関わりなく、全ての存在に作用した。
「ぐっ……馬鹿にして!
ライダーが駆け出す寸前のスプリンターのように姿勢を下げる。
確証は何もなかったが、このざわめきの原因、それが目の前の、かつて男だったモノから放たれている事は明白だ。
闘志だけを湧き上がらせる魔術らしきモノ。
それが攻撃を単純化させ、防御を鈍化させるものだと理解していても、『自らの意思とされてしまったモノ』を自力で止めることは出来なかった。
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最終更新:2008年10月25日 16:11