621 :邪気姫 ◆CC0Zm79P5c:2008/08/08(金) 08:21:21
忘れられがちな事実だが、弓塚さつきはクラスのアイドル的存在である。
「いいよなぁ……弓塚さん」
ここにもひとり、そんな彼女に憧れる少年がいた。
だがアイドルとは輝く星。星とは手に届かぬモノ。
故に、彼の恋が実ることはない。
「またそれか――まあ確かに、弓塚さんは可愛いけどな」
呆れたように、だがそれでも同意しながら前の席の友人が振り向いた。
愛らしい容姿と控え目な性格。
その両要素が組み合わさることで何だか守ってあげたくなるような雰囲気を彼女は持っている。あとどことなく不幸臭もする。
「なあ、可愛いよなぁ」
「ああ、可愛いな」
そう意見が一致してなお、彼らは遠目から眺めるだけにとどめていた。
そう、彼女は星だ。ならば見て憧れるくらいの権利は誰にだってあるだろう。
だが――人とは元来強欲な生物のはずである。
それが万人を引きつける輝きを有しているのなら、星すら手中に収めようとするのが人間という生き物だ。
しかし、彼女に告白したという猛者の噂はとんと聞かない。彼らも、いつか想いを告げようなどとは思っていない。
何故か。
「あれで、男の趣味がよければなー」
「……いうなよぅ」
ため息を吐く男子二人。
そのまま諦めたように、彼らは再び黒板に向かい、板書を写し始めた。
「遠野くん遠野くん遠野くん……はぁはぁ」
一方、弓塚さつきは遠野係によって連行される失神した志貴を見て息を荒げていた。普通にダメな子である。
彼女に告白する男子がいない理由は明白だった。
たとえそれが美しい星でも、住んでいるのがプレデターやエイリアンだと知っていたら手を出すはずがないのだ。
◇◇◇
はぁい、こんにちわ! 型月にいまいち足りない成分を全て保有しているマルチヒロイン、弓塚さっちんです!
プレデターとかエイリアンとか、まったく失礼しちゃうよね、もう。精々、プレデリアンくらいなのに……。
え? 足りない成分って何かって? も、もうっ! こんなところで言わせる気? しょうがないなぁ。
ルート無しの、呪いとか……う、ぐすっ、ひっく。
うー……あ、でも大丈夫だよ! よく考えてみたら、もうすぐリメイクされるもんね。
今まで虐げられてきた恨みで「逃げれば? いまなら見逃してあげるわよ、先輩」的な要素が盛り・沢・山!
罪な女だね、私。ふふっ。
え、虎、黒豹? あいつらもルート無いじゃんって?
知るか。だってあの人達はヒロインじゃないもの。
SSFとかSSMの差だね。自重を求められたりしないフリーダム・ヒロイン。それが私、弓塚さつきです。
ところで、私は現在恋をしています。ヒロインなので。
相手の名前は遠野志貴くん。中学校の時からの付き合いです。
あ、つ、付き合いっていってもそういうんじゃないんだからねっ!? うん、クラスが同じってだけで、うん……
と、とにかく遠野くん。彼は滅茶苦茶かっこいいのです。
中学校の時の素敵な馴れ初め的エピソードもあるんだけど、まあそれは端折っておいて。
なんていうの、ミステリアス? 謎めいた男ってかっこいいよね?
「そんなわけで放課後、私は愛しの王子様が眠る保健室へやってきたのだ」
会わずに立てられるフラグはない、と偉い人も言ってるしね。
とにかく接触接触、あ、も、もしかしたら一次的接触も?
眠れる王子を起こすのに必要なのはキスとか、そういうアレ!?
待っててね遠野くん、いま貴方に相応しい女の子へとワープ進化した私が、会いにいくから!
すぱーん! と躊躇無く保健室の扉を像が歪むほどの速度で叩き開ける。
「おー、さっちんやないの。何、生理?」
ちっ、ハズレ引いちまった。チェンジで。
「あれ、この子いま舌打ちした?」
「そんな訳ないじゃないですかー」
適当に誤魔化しつつ、ベッドを遮ってるカーテンを覗き込んだりして捜索開始っ!
はい終了。そしてエマージェンシー! 遠野くんの分子ひとつすら発見できません!
困ったなぁ。今日も一緒に帰ろうと思ったのに……
あ、もちろん奥ゆかしい私は、遠野くんの十メートル後ろを歩いてるよ? その位離れないと気づかれちゃうし。
「先生、遠野くんってどこ行きました?」
知らぬ存ぜぬなどと申した場合、貴女の人生はここでDEAD ENDなんだからっ。
「んー、なんか繁華街で華麗にCOOOOOLL! とか言ってた気がせんでもないけど」
うんうん、ちゃんと知ってたね。運のいい奴だ。
それにしても繁華街かー。遠野くんの行き先によって放課後の予定が変わる私にとって、これはもうデートに誘われたに等しいよね?
という訳で喜ぼう。わーい。憧れの男の子からデートに誘われちゃったよう!
じゃあこんな薬臭いところはさっさとアディオスしなきゃ。
再びドアをすぱーん! そして繁華街までBダッシュ!
その時、私は確かに光速を超えた。物理法則の一つや二つねじ曲げずして何が恋する乙女か。
「……おかしい、ここまでねじ曲げられているとすると――ピルゲっ!?」
うん。だから途中で人をはねちゃってもしょうがないよ、ね……?
事故だし。事故だしね、あくまで。まったく悪意なんかないしね。ほら全然私悪くない。
だけど私はヒロインなので、困っている人を見ると放っておけないのです。
雨の日の子犬と不良理論で第三者の好感度もアップするかもしれないし、それにほら、現場が校舎の中だと犯人の特定早そうだし。
とにかくそんなわけで急ブレーキ。慣性ゼロで反転。テクテクと被害者のもとまで戻ります。
「あのー、大丈夫、ですか……?」
返事はない。ただの屍のようだ。
あー、ダメだこりゃ。やっぱり光速突破はやりすぎた。
不幸な事故に遭ってしまったその女生徒らしき人は全身真っ赤になってます。もう親が見ても判別つかんね。
ん、なんだこれ、写真……?
床に落ちていた一枚の紙片。それを拾い上げてみると、うん、やっぱり写真だった。
写ってるのは野暮ったい大人の女性。うーん、引き立て役で合コンに連れてきたい感じかな。
あれ、でもなんか見覚えあるような……
「これ……保険の先生?」
服装がまともで気づかなかったけど、写真の中の女性は確かにさっき会ったばっかりの保険の先生だった。
んー、なんだろうね、これ。
日付を見てみると、ふむふむ、大体二年前か。
ってことは、私たちが入学するのとほぼ同時期にこの人はあんな痛いフォームになったということになる。
なんだろう。何かあったのだろうか。変な趣味の男に引っかかったりしたのかな?
「まあいいや」
ぺい、と写真を放り投げる。べちゃりと血溜まりに沈むフォトグラフ。
それよりも、今はこの不幸な被害者をどうするかが問題だ。
あ、そうだ。保健室に放り込もう。
保険の先生の写真を持っていたんだし、きっとファンかなんかでしょ。
こんな所でも気遣いを忘れない私。根っからの献身的ヒロイン体質。
死体一歩手前だけど、まあ押しつけちゃえば医療機関の責任だよね。ふふ、またマスメディアに餌を与えちゃった。
よし、そうと決まればさっさと連れて行こう。
ひょい、とその人を肩に担ぎ上げる。
「カレーくさっ」
そしてシークタイムゼロセコンドで床に叩き付けた。人間の体ってそんなにバウンドしないんだね。
ていうかなにこれ、尋常じゃなくカレー臭い。こいつカレーで出来てるんじゃないの?
でなければカレーパンマンとかの親戚だろうか。そういえば顔立ちも日本人じゃないっぽいしね。
あれ、うちの学校に留学生とかいたっけ?
「う、うう」
あ、やべっ。意識が戻ってきた!
致命傷に見えたのに、意外としぶといなぁ。
ていうか、よく見たらまき散らされていた血が体の中に逆流している……
UMAだ!
「助けて、遠野くん! 怖いよう!」
ぴゅー、と逃げ出す私。よし、これなら怪我人をほっといても言い訳が立つよね?
さ、時間をだいぶ無駄に消費しちゃったし、早く遠野くんに追いつかなきゃ。
◇◇◇
――さつきが走り去ってから、数分後。
UMA呼ばわりされたカレー臭いその女学生は、ようやく立ち上がれる程度にまで回復していた。
「う……いまのは、弓塚さつき……? そうですか、やはり、彼女も――」
◇◇◇
「大分遅くなっちゃなぁ……」
私が繁華街に着く頃には、すでに日が落ちていた。
まあ、電灯のおかげで全然暗くはないんだけどね。でもやっぱり怖いなぁ。さっきのUMAが追いかけてきたらどうしよう。
やっぱり、ピンチの時に助けてくれるのは遠野くんだよね。
「遠野くん、どこー?」
ふらふらと町中を駆け回る私。
いや待て落ち着け、落ち着くんださっちん。闇雲に彷徨いても見つからないぞ。自然数を数えて落ち着くんだ。
「1、2、3」
……ふう、落ち着いた。
やっぱり自然数だね。素数でやると落ち着く前に次が分かんなくなって発狂するし。
とりあえず落ち着いたし、筋道立てて考えてみよう。
ここはやっぱり、遠野くんが行きそうな場所を探すべきだね。
遠野くんの、居そうな場所は――
投票結果
最終更新:2008年10月25日 16:36