668 :邪気姫 ◆Y2uXJb5jng:2008/08/11(月) 12:59:06
そう、きっと自販機だ。遠野くんは自販機のそばに居るに決まっている。
犯人は自販機に戻るのだ。
自販機、自販機……
「って、自販機って一杯ある――!?」
それに私が気づいたのは、十三個目の自販機にたどり着いた時だった。
怒りと衝撃のあまり、思わず自販機にシャイニング・ウィザードを決めてしまう。
神様が同情してくれたのか、ガコンガコンと大量の品物が出てきた。
「うう、やっぱり私って不幸だよぅ……」
両手一杯の缶コーヒーを抱えながら、よよよとその場に泣き崩れる私。
幸運EX(規格外)はこんな所でも作用するらしい。
そうだよね――と、果て無き落下間を味わいながら、どこか空虚に悟る。
所詮薄幸キャラは、何をしたって王子様と結ばれる訳はないんだ。
帰ろう。帰って今日という日を昨日にしてしまおう――
――だが、果たしてそれは真実か?
だが飲料の重みでフラフラの私の頭の中に、突如謎の声が響き渡った。
周囲を見る。何故だか私を遠巻きに取り囲んだ人垣があるが、その中の誰かが声をかけたというわけではないらしい。
――だが、果たしてそれは真実か?
二度目の囁き。その音源のあまりの近さに息を呑むように両手を口に当てた。
中身入りの缶がけたたましい音を立ててアスファルトに落下、転がっていくが気にしない。
次の声を聞き逃さないように神経を集中する。
――だが、果たしてそれは――
三度目は途中で途切れた。
否、私が途切れさせた。
両手を口から放し、握りしめる。手のひらに残る唇の動きを不退転の覚悟として宿すように。
何のことはない。声は私自身が呟いていたものだった。
諦観に蝕まれる一方で、弓塚さつきにはどうしても譲れない一線があった。それだけのこと。
そうだ――薄幸だろうが何だろうが、憧れを成就させることの何が悪いというのだ。
ではどうすればいいのか? どうすればこの窮地を脱せられる?
――行動を。
再び声が響く。今度は私自身が意識して呟いた言霊だった。
自販機の数がどうした。無限というわけではないのだ。そんなもの、全て踏破すればいい。
そうだ。私には二本の足があるじゃないか。
「アーイ キャーン ラーン!」
叫んだ。周囲のギャラリーも呼応して「Yes! You can run!」と追従してくれる。
私は駆けだした。次の瞬間には地面に転がっていた缶ジュースを踏んづけて地面にキスをしていた。
おのれ、地球め。乙女のファーストキスを何だと思っている――!
「みんな社会が悪いんだー!」
起きあがってもう一度自販機に膝蹴りをかます。
一度では収まらない。とにかくリビドーにまかせて蹴る、蹴る、蹴る!
炸裂音と体に響きわたる衝撃が何故だか心地よい。そうかこれがコンバット・ハイというものか。
「時の彼方へーとー♪ 零れ落ちたなみーだー♪
ただ彷徨いー♪ まだあてもないまま巡る想いー♪」
自販機はドラムで私の膝はスティックだ! 細いし!
もはや私の周辺は特設のライブ会場と化していた。
「るーるーるー……え、なんですか?」
そんな気持ちよく歌っていた私の肩をぽんぽんと叩く手。
演奏の邪魔だ!
悪鬼の如き表情で振り返る。
「さて――気は済みましたか?」
はじめに視界に入ったのはにこやかな笑顔。
愛想笑いのお手本のようなその笑みは、信頼こそ出来ないものの不安を抱かせるモノではなかった。
だけど――少し視界をさげただけで、私のテンションは完全に落ちきった。
一瞬で凍結される脳内。アドレナリンが嘘みたいに退いていく。
代わりに大量の冷や汗が全身から吹き出ていた。
「器物破損に窃盗、町の迷惑防止条例違反――若い頃の負の勲章はそれ位で十分でしょう。
さあお嬢さん、少しそこまでご同行願えますか?」
「あ、ああ」
それは、怪異の前に立ち昇る太陽の如く。
紺色の服を着た、法治国家の守護者がそこに立っていた。
◇◇◇
一方その頃、遠野志貴は割と普通に家に戻っていたりする。
「お帰りなさいませ、志貴様」
「ああ、ただいま」
鞄を翡翠に預け、志貴は案内されるままに自室へと向かっていた。
眼前に現れたメイドやその応対に志貴は竦むことはないし、彼の慣れているような態度を翡翠が訝しむこともない。
そう――八年前、この屋敷は遠野志貴の汚染がもっとも深かった場所。
故に健常者はここにもいない。唯一自我を保っていた男も、すでに亡き者になっている。
ならば、彼を束縛できるモノはなにもないはずである。
「こちらが志貴様のお部屋になります。お夕食の準備が整いましたらお知らせに参りますので――」
「翡翠」
言葉を遮り、志貴が割り込む。
彼女を見つめるその瞳は正しくして混沌。
だがそれを受ける翡翠の瞳もまるで硝子玉のように透明で、なにかを写すということはしない。
どの道、その元凶たる志貴が気にすることでもなかった。単刀直入に訊ねる。
この家に帰ってきてから、玄関口で翡翠に出会った他は別の人間に会っていない。
他にどのくらい使用人がいるのか志貴は知らないが、それでもひとりだけ、絶対にいなければならない人物がいる。
「秋葉は――どこかな?」
翡翠は言い淀むこともなく、その質問に答えた。
670 :邪気姫 ◆CC0Zm79P5c:2008/08/11(月) 13:00:44
668のトリップを間違えましたけど一応本人です
投票結果
最終更新:2008年10月25日 16:36