507 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx.:2008/07/21(月) 00:03:08
凛は
→衛宮邸に向かうことにした。
「深山町へ向かうわ。詳しいことは歩きながら話しましょう」
「はい」
小夜は凛の言葉にうなずくと、音をたてることも無く立ち上がった。その所作には、かけらの無駄も存在しない。
「それじゃあ、行きましょう結城さん」
凛は小夜を先導して教会の外へと歩き出す。相対する凛を立ち上がり様に両断するような小夜の所作に、その背筋を冷やしながら。
/一方その頃 了
「うん」
体を包んでいた最後の包帯を解き終わると、俺はひとつうなずいて自分の身体を眺めた。白布から解放された身体には、引っ掻き傷ほどの赤い線がいくつも存在している。
もっとも、それは悪いことではない。朝の段階では熱と痛みを発し、夜が明ける前までは穴だらけであったとは思えない回復ぶりなのだから。
この点、言峰の治療魔術は本物なのだと思う。しかも特技と言える突き抜けた能力だ。今の俺には、それが少しだけ羨ましい。
「シロウ。少しよろしいですか」
「セイバーか? 待ってくれ」
部屋の外から届いた声に大慌てで服を身に着けると、俺は畳の上に散らばった血痕おびただしい包帯をゴミ袋に詰め込んだ。……この包帯は今日中にでも処分してしまおう。
俺はゴミ袋の口をキツく結ぶと部屋のすみに放り投げ、セイバーを招き入れた。
「傷はほとんど目立ちませんね」
「ああ。そのことはあの神父に感謝だな」
部屋に入るなりそんな言葉を口にしたセイバーに、俺は軽く返答を返す。セイバーの言うとおり、俺の体の傷あとは服を着てしまえばまず気付かれない。藤ねえと桜のことを考えると、この一点は非常に大きいものだ。
「ところで、わざわざそんなことを聞きに聞きに来たわけじゃないだろ?」
「ええ。……シロウ。バーサーカーとの戦い、なぜ貴方は前に出たのですか?」
セイバーは目を細め、元々感情の起伏に欠しい声からさらに感情を消して俺に問いかけた。
「なんでって言われても、気が付いたら体が動いていたって言うか……」
「なるほど」
うなずいて、セイバーが続ける。
「ではシロウ、自身が傷つき、死を賭してまで貴方が聖杯戦争を戦う理由は何か」
「この戦いに巻き込まれて不幸になる人を出さないためだ」
少しだけ冷ややかに、熱に浮かされていた昨夜に比べれば淡々と、それでも俺はよどみなくその決意を口にする。
英霊と人間の、絶対的とも言える実力差。正直、俺ではサーヴァントに勝てないと確信している。
しかし、それでも、自らが戦いに身を投じるその『理由』と、誰かを守るという『決意』。それだけは、何者を前にしても譲れなかった。
また少し、心が熱に浮かされる。
「では、シロウは私を守るべきではなかった」
しかし、高揚する俺の心は、セイバーが放ったその一言で、氷塊を叩きつけられたように沈黙した。
「そもそも、シロウが私を守る必要はなかった。問います。貴方はなぜ、無駄なことをしたのか」
「―――ッ!?」
『無駄』。その言葉に、俺の中にあった『誰かを守った』という自負……いや、滑稽な自己満足が崩壊した。
「たしかにシロウが居なければ、私はいくらかの手傷を負っただろう。だが致命傷には至らない」
俺は、無言。セイバーの言葉は真実だ。たとえ俺が動かなくとも、セイバーは致命傷を避けえた。それは、ランサーやバーサーカーと戦った時の彼女の動きを思い出すまでもなく理解できた。
「シロウの行動は、肋骨を守るために心臓を盾にするようなものだ」
その通りだ。俺が死ねば、セイバーは消える。
「シロウ。貴方は貴方の目的を果たすために私という剣を使えばいい」
「……」
俺は、セイバーに返す言葉を持たなかった。英霊と剣を交えるにも、セイバーを守るにも、俺はあまりにも弱いのだから。
「シロウ。―――剣は、折れるまで使えばいい」
そして、冷ややかな響きを帯びたその言葉だけを残して、黒い少女は俺の前から立ち去った。
ブン。ブン。と風を切って、手にした木刀が弧を描く。幾度も幾度も弧を描く。ぜいぜいと、肺の奥から空気が漏れる。その間にも、木刀は幾度も風を切っていた。
セイバーとの会話から10分程。道場に飛び込んだ俺は、ただがむしゃらに木刀を振り回していた。
こんなことに意味があるとは思えない。何度も何度も振ったその中一回も、ランサーのあるいはバーサーカーの一撃の、影にすら及ばない。
きっと、この棒を何度振ったところで、サーヴァントに勝つための手立てなど見つかりはしない。俺が、『戦う』ための手段になどなりはしない。
それでも俺は、木刀を振らずにはいられなかった。
しかし、病み上がりも甚だしいこの身体には、ただ木刀を振るだけの運動も相当に堪えていた。意思の方はもっと振り続けろと肉体に発破をかけるのだが、肉体はそれに対して傷口に熱を湛えて抵抗する。
カラン。
そして、案の定、と言うべきか、ついに木刀は俺の手から離れて道場の床に転がった。同時に俺の体も床に転がる。熱い体に木の床が心地よかった。
「ふー」
ただひたすらに木刀を振り、そのたびに己の無力感を噛み締める時間だった。過ごしておいてあれだが、非常に不毛な時間の使い方だ。
セイバーへの返答は、まだ出ていない。俺は、果たしてセイバーをセイバー自身の言う通りに扱ってしまっていいのだろうかと。
ジワジワと体温が床に吸い込まれていく。目を閉じれば、そのまま眠ってしまいそうだった。
結局、この時間で分かったことは、このままここで棒きれを振っていても、まったくなにも進展しないことだろうか。
「それなら、動いてみるしかないじゃないか」
口に出して、俺は勢いよく立ち上がった。
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最終更新:2008年10月25日 16:23