544 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx.:2008/07/25(金) 00:22:16
俺は
→気晴らしに新都の方に行ってみることにした。
冬木市新都。そこは幾つものビルが並び、日々人が出入りする冬木の中心であり、古い町並みが残る深山町とは、同じ市内とはいえ様相を異にする。
例えば人の出入りが多い新都は、外来の魔術師が潜伏するにはちょうどいい環境だろう。
まあ、深山町は深山町で丘の上の洋館に魔女が住むなどという噂もあるのだが、その辺は遠坂の方が詳しそうだ。
ともかく、このまま木刀を振っているよりは、いっそ気晴らしでもするつもりで出かけてみる方が建設的な行動だろう。きっと。
「行ってみるか」
俺は半身に勢いをつけて立ち上がると、道場の床に転がったままの木刀を片付け、セイバーを探した。さすがに顔を合わせるのはまだ気まずいが、一言声をかけておかないといけない。
しかし、家の中を一通り見て回っても、なぜかセイバーの姿は見つからなかった。
「どこに行ったんだ?」
家の中にいないとなると、まさか外に出たのだろうか。
俺はとりあえずセイバー宛に書置きを残すと、財布をポケットに突っ込んで、一人自宅の門を後にした。見上げた太陽は、まだ高い。
一方その頃/
「ん……?」
美綴綾子が目を覚ますと、そこは控えめに言っても狭いアパートの一室だった。鼓膜には、カタカタと風で窓ガラスが震える音だけが届いている。
ぼんやりとした頭のままで無造作に上体を起こすと、体にかけられていた毛布が畳の上にばさりと落ち、毛布の下から現れたほこりとすすで汚れた制服が綾子の目に飛び込んだ。
綾子は制服の状態を見て、悪い想像に一瞬背筋を冷やしたが、上着が汚れている以外は身体にコレといった異常もなく、貴重品の類も無くなっていないことを確認し、安堵するとともに首を傾げた。
「襲われた、んだよな。多分」
口に出しては見るが、綾子が覚えていることは視界の端を横切った紫の光だけであり、身体に異常がまったく無いこともあわせて、襲われたという現実感は希薄だった。
くう
「う」
綾子の思考を打ち破ったのは、自分自身から響いた「おなかのおと」だった。日付が変わった直後から、昼過ぎまで眠り続けていた以上、人間としては無理からぬ現象である。
しかし、それはそれ、これはこれ。誰が聞いているわけでもないのだが、綾子の不覚に思わず赤面した。
「お、もう起きて大丈夫か?」
「わぁっ!??」
赤面の瞬間、突如として背後からドアの開く音と人の声。綾子は盛大に驚いた。
「わり。脅かすつもりはなかったんだけどよ」
バツが悪そうにしながら、頬を引っ掻きながら現れた闖入者は、綾子と同年代の少年だ。Tシャツの上から制服の上着を羽織っているところを見れば、まず間違いない。
「あんたは?」
「俺は玖珂光太郎。 ところで、あんた怪我とかはしてないか?」
玖珂光太郎と名乗った少年は、その短くそろえた髪と少年らしい真っ直ぐな瞳から快活な印象を受けるが、綾子を気遣う声は存外に優しかった。
もっとも綾子は、光太郎の言葉におもわず吹き出しそうになっていた。
冗談ではなく、光太郎の顔は試合後の格闘技選手もかくや、と言った具合に絆創膏とガーゼが張り付いていたからだ。
その状態で他人の心配はないだろう、と綾子は思う。
しかしその分、玖珂光太郎と名乗るその少年は控えめに見ても悪いヤツでは無さそうだった。
「あんたじゃなくて美綴。 むしろ、あんた……玖珂の方こそ大丈夫か?」
「こんなかすり傷、三日もすりゃあ治るぜ。 ところで、ええと、美綴は昨日のことは覚えてるか」
光太郎の問いに、綾子は静かに首を振った。
「紫色の何かと、あともう一人誰かが居たのは覚えてるけど、それだけだ。―――やっぱり、玖珂があたしを助けてくれたのか?」
「助けたっつーか一緒に逃げた。一人殴り飛ばしたまでは覚えてっけど、気付いた時にはボコボコにされててよ、犯人の顔見る暇もなかったぜ」
悔しそうに言葉を並べる光太郎を眺めつつ、綾子は呆れたような表情を浮かべていた。
説明を要約すると、光太郎は誰かが襲われていたから助けに入ったが、思っていたより相手が強くて綾子を抱えて命からがら逃げてきたということらしい。あまり格好良い、とはいえない話しだ。
「玖珂さ、よくバカって言われないか?」
「な、なんで分かったんだ!?」
図星らしく、光太郎は大仰に驚いた。綾子は思わず自分に苦笑する。恩人相手にバカ扱いは無いだろう。
「とりあえず世話になったな。なんか礼をしないと」
「いいって。俺が勝手にやったことだしな」
遠慮でも照れでもなく、光太郎はごく自然に綾子に返答を返した。
「それに、まだ犯人を見つけてお縄にしてねえからな」
「いや、なんでそこで犯人がえてくるんだ? 警察の仕事だろ」
唐突に出て来た犯人と言う言葉に、綾子は怪訝な表情を浮かべて光太郎に問いかけた。目の前の少年はどう見ても一介の学生だ。「犯人」ましてそれを「お縄にする」などという行為とは縁遠いはずだ。
「話せるほど犯人の顔の特徴を覚えてねーからな。そうなると警察もたいして役にたたねえし、俺が捕まえるしかないだろ」
「あんたがする必要はないだろ。今度は怪我じゃすまないかもしれないんだぞ」
綾子は光太郎をなだめるように声をかけた。たしかに、綾子とて犯人が捕まってほしいと思うが、それはあくまで警察の仕事で、目の前の少年がやるべきことではないと思っている。
綾子が被害届けを出して、光太郎が出来うる限り犯人の特徴を警察に話す。後は警察が何とかしてくれる。綾子としてはそれで十分だった。
だが―――
「関係ねぇよ」
光太郎は、綾子の言葉を一考する様子もなく振り切った。当然のように。
「二人がかりで女の子闇討ちするヤツを野放しにできるかよ。ああいうヤツはぶっ飛ばしてお縄にするしかねえ」
光太郎はその瞳を輝かせ、一片の迷いも無く言いきった。光太郎を突き動かすものは怒り。一片の損得も考えぬ、誰かが不条理に傷つくことへの純粋な憤りだった。
「んで、どうするんだ?」
「え。なにが?」
単純、とでも称すべき少年の言動に綾子はやや茫然としていたが、当の光太郎の声で我に返った。
「だから、これからどうすんだ? ここで休んでいくなら鍵かけないで帰っていいけど」
「ん、いや、それも悪いし帰るよ。家族心配してるだろうから」
綾子の返答に、光太郎は「そか」と軽く返事を返して立ち上がった。綾子も続いて立ち上がる。
「ほんとに今回は助かったよ。ありがとな」
「おう。最近妙なことが続いてるから、あんまり夜遅くに出歩くなよ」
綾子は、玄関先でドアに鍵をかける光太郎に改めて礼を言った。光太郎は返事を返しつつ鍵穴から鍵を引き抜いてポケットにつっこむ。
「じゃあ、俺は行くぜ。犯人思い出したり、なんか困ったことがあったら言ってくれ」
言うやいなや、光太郎は綾子の返事を待たず、猛スピードで走り出した。その姿はすぐに見えなくなってしまう。
まるで、自分が一秒急げば、一秒早く犯人が捕まるといわんばかりの、潔い走りっぷりだった。
「悪いやつじゃなさそうだけど、変なヤツだな」
綾子は小さく苦笑を浮かべて周囲を見回した。周囲の様子から玖珂のアパートは、幸い少し歩けば新都の駅前に至る場所にあると分かる。
家に帰るなら、一度駅まで出た方がいいと判断した綾子は、遠くに見える駅の建物を目指してゆっくりと歩き出した。
見上げた冬の太陽が、綾子には普段よりも眩しく感じられた。
/一方その頃 了
「あれ、美綴?」
「衛宮?」
新都の駅前に到着した俺は、着いてすぐに見覚えのある顔に遭遇した。声をかければ、当然のように聞き知った声が返ってくる。
声の主は美綴綾子。俺とは同学年で、半年ほど前まで俺が在籍していた弓道部の主将だ。
「珍しいな。買い物か?」
「ん。まあ、色々な」
美綴の返答に、俺はどこかスッキリしないものを感じた。どうにも、普段の美綴らしくないと思う。
いや、今は日曜の昼だから、美綴が新都に居ても別におかしくはない。おかしくはないのだが、友人の多い美綴が一人でというのが少しだけ引っかかる。
「美綴、何かあったのか?」
「いや。別にたいしたことじゃないんだけどさ」
「まあ、それならいいけどさ」
美綴はやはり言葉を濁した。さすがに、つっこんで聞くのもはばかられるので、俺は適当なところで話しを切る。
「んー、それより衛宮、暇なら少し付き合わないか?」
「そりゃあ、いいけど」
俺は美綴に引かれるようにして、適当な喫茶店に入った。
日曜の昼ということもあり店内はそれなりに盛況だったが、昼食の時間からはやや外れているため席を取れないほどではない。
注文は、二人そろってサンドイッチとコーヒーだった。
「なんだ衛宮。腹減ってるのか?」
「昼抜きなんだ。そういえば朝も食べてなかったな」
さすがにミイラになってましたとは言えない。
「なんだ、衛宮もか。朝は食べないと体に悪いぞ」
美綴は軽く笑いながらサンドイッチを一口食べた。俺も自分の皿から一つとって食べる。
平和な日常の風景。
俺が守るべきものは、間違いなくこの平和な風景とその風景の中に生きる人々だ。そのために自らを道具として扱えというセイバーへの答えはまだ出そうにないが、俺は自分の目的を確認し安堵した。
このゆったりとした時間を、この時間を過ごせる日常を守ろうと思うことで、萎えかけていた闘志が沸いてくる。
「衛宮。何か面白いことでもあったのか?」
どうやら、感情が表情に出ていたらしく美綴が怪訝な様子で聞いてきた。俺は、美綴になんでもないよ、と返す。
「たまにはのんびりするのもいいなって思っただけだよ」
「? なんだよ、急に」
首をかしげる美綴。俺はサンドイッチを食べ終わるとコーヒをすすった。
……? あれ?
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最終更新:2008年10月25日 16:24